夕立
 


畑仕事に馬の世話、洗濯に掃除に買い出し。
今日一日でそれらを教えてもらえば、気付けば太陽はすっかり山の向こうに沈もうとしていた。


慣れないことばかりで意外と疲れた。
自室の畳に背中から転び、沈む太陽を見る。


疲れたはずなのに、心地良い。
こんなことは、今までなかった。
任務後は、成功しても心は曇ったままだったから。


それにしても、生活するというのはこんなに大変なことだったのか。
戦う術は幾らでも知っているのに、生活の術を全く知らなかったことに驚く。

出来たものを店で買うのが当たり前だったため、
特に畑仕事なんて何一つ知らなかった。


なんて、物思いにふけっていると
ポン、と小気味良い音と共にこんのすけが現れる。

そして矢継ぎ早に口を開ける。


「主さま!至急の任務です!
時間遡行軍に動きが!」

余裕のないその様子に、一瞬で気が張り詰める。


「時代は幕末、1864年の京都です!!」

すぐに舞台の編成を!















「隊長は獅子王…
それに平野藤四郎、骨喰藤四郎、鳴狐、同田貫正国、太郎太刀、か。

この時代の京なら加州や和泉守が詳しいはずだが、
外したのには主の考えあってのことだな?」


部隊の編成を終え、近侍であった三日月さんに意見をもらう。
そして三日月さんの指摘の通り、加州さん達を意図的に外した。


「私達にとっては未知の時代に場所です。

本来なら、この時代、この場所で現役で活躍していた彼らを選ぶのが定石ですが
この時代は彼らの元主と鉢合わせする可能性もあります。

それに、加州さんは…」

全ての史実を見れたわけではない。
それでも、加州清光という刀はここで折れている。
その事実だけは目に入った。


「まぁ、そういうところか。
不安要素は取り除くに限るな。

皆練度も高いもの達だ、先遣隊としてはこれでいいと思うぞ。」

よし、では皆に伝えるか。
と、三日月さんは立ち上がり部屋を出て行く。


今回もまた、誰も行ったことのない場所だ。
時間遡行軍は過去に出現した場所と同じ所にも現れることはあるらしいが、ここ最近はまさに神出鬼没らしい。
さらには同時出現も多いという。

それは彼らに余程数で余裕があるのか、はたまた隊を分けられる程粒ぞろいということなのか。

何にしてもいい気はしない。


ここの戦いで嫌なのは、先が見えないことだ。
相手の数も、力もわからず対処法で潰していくだけ。
先手を打つことが出来ないのだ。

相手が弱ってきているのか、あとどれだけ戦えばいいか、全く見通しが立たない。


「…。」

やはり違和感の拭えないこの戦いに、今を見るしかないと、湧き出る疑問に蓋をした。











"軽傷二名に中傷一名。
敵は建物の中で籠城中だ。"

とある地点で、隊長の獅子王さんからそう連絡を受ける。
軽傷は平野君と鳴狐、中傷はまさかの太郎さんだった。

画面に映るは夜の市街地。
長物の太郎さんには圧倒的に不利だったようだ。


「屋内はこちらには不利です。
敵を開けた所に誘き寄せることはできないですか?」

"開けた所っつっても、ここは京だぜ?
どこも碁盤目の細道だ。"

同田貫さんの言葉に、今の隊じゃ打つ手なしと判断する。
演習の時のように、直接私が彼らに力を付与することはできない。

それもあり、帰還を指示しようとしたその時、遠くで人間の悲鳴が聞こえた。


"もう一部隊いたようです!
見廻りの人間を襲っています!!"

"主、この状況で帰還なぞ言わねぇな?!
先にそっちを片付けるぞ!"

「獅子王さん待って…!」

プツリ、と制止の声は届かずそのまま画面は閉じられた。


この状況はまずい。
中傷の太郎さんよりも軽傷の平野君が気掛かりだ。
短刀にとって、夜の市街地は独壇場となるはずなのに、それでも傷を負っている。

明らかに、敵の戦力がこちらを勝っているということだ。


「ふむ、敵が優勢の様だが、部隊と暫くは連絡は取れんか。
どうする主。」

いつものペースを崩さない三日月さんとは対照的に、手立てが見つからないことに手に力が入る。


今わかったのは、夜の市街地、屋内の戦いもある。
そして敵が二部隊以上。
さらには様子を見る術もない。
ならば…


「こちらから干渉するのみ。
もう一部隊送ります。」

「ほぉ、もう一部隊と。
二部隊同時に送り出すというのは、今まで聞いたことはないぞ?」

「それでも、やらなければ確実に第一部隊は全滅です。
それをただ待つだけはできません。」


これは理屈ではなく、勘だった。
画面越しに伝わる部隊の息遣い、そして周りの雰囲気。
今までの経験上、このままだと誰かしら命を落とす。


「わかった。
して、隊員はどうする?」













一時間ほど前に使用した、術式の前に立つ。
日はすっかり落ちており、暗闇の中、松明の明かりが風とともに揺れる。


「主、揃ったぞ。」

三日月さんの声に振り向けば、
和泉守さん、長谷部さん、青江さん、小夜君、薬研君
そして…


「もぉ〜、どうせなら最初っから俺を隊長にしててよね。」

と、ふくれっ面の加州さん。
そんな彼に何と言えばいいのか、返答に困っていると、彼も困った笑みを浮かべた。


「大丈夫、これだけのメンツなら必ず皆で帰ってくるよ。
それよりも、二部隊も送って主は大丈夫なの?」

「前例はないとのことですが、まだまだ余力はあります。
私の尻拭いをさせてしまい申し訳ありませんが、お願いします。」

「へぇ…主は夜も結構体力があるんだね?
…勿論仕事のことだよ?」


と、青江さんの茶番に長谷部さんが睨みを利かせたのを横目に
深呼吸し、手を合わせ念を込めれば、術式は淡い青色に輝く。


準備はできた。
あとは…


「じゃ、行ってくるよ主。」


そう手を振り、加州さん率いる第二部隊は幕末の京へと飛び立った。
光の円が、少しずつ小くなっていく。



「…。」

「さて、反省にはまだ早いな。
送ったからには帰りの段取りもしてやらんとな。

それに、帰ってきた部隊の手当の準備もせねばならん。
もう一踏ん張りだ。」


三日月さんの言葉に、俯いていた視線を上に向ける。
煌々と輝く月の光に目が覚めたようだった。


「万が一の場合、帰還の段取りはこんのすけが代行でできます。
手当は、幾つか応急処置用の式神のストックがあるので、頭の片隅に置いてもらえれば。」


そう、歩きながら三日月さんに自分が倒れた場合の対応を伝える。
刀剣達に時間を遡らせることに、どんな風に負荷がかかってるのかわからないが、頭はスッキリしているのに心なしか足は重い。


「あいわかった。
万が一の時は、よしなにしておこう。

だがしかし、意外だな。
鶴丸のやつがそろそろ来るかと思っていたのだが。」

と、三日月さんが鶴丸さんの部屋の方角へと向ける。


「…いや、鶴丸さんは貴方が今日、
手合わせで重傷負わせたんじゃないですか。」

「おお、そうだったか。
いやはや、長く出陣してなかったからなぁ。
力加減がわからんかった。」

はっはっは、と当事者なのに大らかに笑う。


年長者ということで、上手く立ち合えると思ったのが大誤算。
カウンターついでに吹っ飛ばされた鶴丸さんは、まだ人の身で戦うのに慣れてないせいか
壁に思い切り背中と頭を打ち付け、予想外にも重傷を負ってしまった。





「…。」




二時間後、
軽傷四名、中傷三名、重傷二名と
多くの負傷者を出しながらも、遡行軍を打ち
全員が無事に帰還した。



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