迷い子と
 



「主、文が届いてるよ。」

お茶の香りと共にそう言って障子越しに声を掛けてきたのは、歌仙さんだった。

私の部屋は基本的に入り口は開けっ放しにしている。
だから勝手に入ってきて良いのにと言うのだが、そうもいかないらしい。


「ありがとうございます。
どうぞお入りください。」

と、声をかければ歌仙さんが入ってくる。
ことり、と茶托と共にお茶を机に置き、文を渡してくれる。
その茶碗を見ていると、


「もうすっかり春だからね。
桜の季節は過ぎてしまったけど、まだ花は楽しめるからね。」

茶碗に描かれた濃い桃色のその花は、桜ではなく桜草と言うのだと、歌仙さんが説明してくれた。
確かに形が桜によく似ている。

そんな茶碗から視線を封筒へと移す。
政府のものらしいそれを
念を込めて印に触れれば、ハラリと封が外れる。

この世界の封筒の機能は、私の世界の暗号化した巻物に少し似ている。

そして文を取り出し見れば"招待状"と言う見出しが。
中を読んでいくと、公式の演習のお誘いらしい。
お誘いというか、内容的には半強制的な参加だった。


「四半期に一度、政府公式の演習があるんだよ。
殆どの本丸に出してるものだから、結構な規模の演習なんだ。

そこで知り合った審神者同士、交流が出来たりするんだよ。」

と、説明してくれる歌仙さんから文章に目を戻す。
部隊は一部隊、編成は自由と書いてある。
補充として加えて二振り可とも書いてある。


「成る程、審神者同士の交流の場でもあるということですね。」

「そう言うことになるかな。

前任のヤナギさんは顔も広かったからね。
きっと他の審神者も、君のことを興味深く見てるはずだよ。」


あぁ、それは面倒だな。
職業柄、認知されることを嫌う質だから、余計にそう思ってしまう。

そう思ってることを悟られぬよう、口を開く。


「では歌仙さん、貴方を隊長に
石切丸さん、膝丸さん、和泉守さん、大和守さん、堀川さんを主力部隊に。

補充要員として、乱君と…髭切さんを連れて行きましょう。」


そう言うと、歌仙さんは一瞬ポカンとしたのち
困ったように口を開く。


「僕としては、隊長に選ばれ恐悦至極だが、
編成としては、大太刀と太刀を主軸にするのがいいと思うよ。

今回の演習場は、日が昇る平地だ。」

大太刀や太刀が有利となる演習場だとわかっているから、その編成で行けば負けないということだろう。
確かにここの本丸の大物は練度が高い。


「勝つだけが目的ならそうでしょうが、あくまで演習です。
戦場と同じ感覚を養うにはもってこいでしょう。」

石切丸さんや和泉守さん、そして歌仙さんは古参だったからか、練度は中々高い。
だが、他のものはあともう一歩で伸び悩んでいる。

そこで実戦さながら戦える演習は、良い機会だと思った。


補充に選んだ乱君は言わずもがな、髭切さんは何となく、だ。


「そういう考えがあるなら、主の命に従うさ。
皆には僕から伝えておこう。」

そう言い、歌仙さんは部屋を後にした。



それから三日後、予定通り演習場へと足を運ぶ。
行けばまるで祭日のように、人や刀剣がワラワラといる。


「主、受付はあっちだよ。」

そう歌仙さんに誘導され、無事に受付を済ませる。
相変わらず政府関係者は皆面を着けている。

しかし、こうも人が多いと…


「大丈夫かい、顔色が悪いね。」

「もしかして主さん、人酔いしちゃいました?」


と、心配気に声をかけてくれる石切丸さんと堀川さん。
ズバリそうなのだが、今からというのにこれじゃ締まりがない。
現に隣にいる髭切さんをちらりと見れば、ニコニコと笑顔を貼り付けている。


「ご心配なく、すぐに慣れます。」

と、人を避けながら待機室に向かう。
これだけ審神者や刀剣がいるにも関わらず、一人一室、待機室があるのだから驚きだ。




「…あの人がヤナギさんの後任らしいわよ」

「あれだけの刀剣を初任から扱えるなんて…」

「…、今日は三日月は連れてないみたいだな…」


ひそひそと、自然と耳に入ってくる会話。
元の世界より"ノイズ"が多い。
ヤナギさんは余程この業界で有名人だったらしい。

そんな喧騒を掻き分けていくと、少しずつ静かになっていく。
それにそっと息を吐く。



「ねぇ主、
髭切さんと膝丸さんは?」

「え」

大和守さんの言葉に後ろを振り返る。
というか、石切丸さんもいない。


「なんで…?」

「あぁー…石切丸は人を掻き分け切れなかったんじゃねぇか?あの人大きいから…。
膝丸は恐らく、どっかふらつこうとした髭切を追って、巻き込まれたな。」

と、和泉守さんが慣れたように説明してくれる。


三人が離れてるのに気付かなかったなんて…

人混みに慣れてないせいか、はたまた勘が鈍ってるせいなのかはわからないが、忍としてこれはどうなんだ。

しかし気落ちしてる場合でもない。
早く探しに行かないと。


「僕と兼さんで探してきますよ。
主さんは…」

「いや、私も行きます。
すみませんが、歌仙さん達は待合室で待っててください。」

「じゃあ僕は主さんと一緒に行くよ。
これで二人ずつ別れて探せるでしょ?」

と、乱君が私の隣に並ぶ。
確かに、審神者が一人で出歩くのもあまり良くないかもしれないと、その申し出を快く受ける。


「それでは、すみませんが歌仙さんと大和守さんは留守番をお願いします。」

「わかったよ、気をつけてね。」

そう見送られ、迷子の捜索に出かける。
















「うーん…なかなか見つからないねぇ。」

キョロキョロと、兄者が遠くを見渡す。

待機室に向かう途中、急に兄者が何処かに行くから着いてきたはいいものの、厄介なことになってしまった。


「兄者、そろそろ俺達も戻らないと主が心配するぞ。」

「そうは言ってもねぇ…」

と、なかなか諦めない兄者に思わずため息をつく。
すると、ビクリと小さな肩が震える。


「ほら、お前が苛々するから怖がってるじゃない。
年長者らしく、気は大きく持たないと。」

「苛々はしていない。
だが、このままだと俺たちも演習に間に合わなくなるぞ。」

と、兄者が抱えている童に目を向ける。


ぐずぐずと、鼻を啜りながら童特有の大きな目からポロポロと雫を流す。

この場に何とも不釣り合いだが、これでも審神者なのだ。
大声をあげないのは認めるが、近侍と離れてしまったらしい。
要するに迷子だ。


「兄者、これだけ刀剣がいるんだ。
この中から探し出すのは無理だ。本部に連れた方が早い。」

「おお、その手があったか。
でも、それじゃあ面白くないよね。」

は?と、思わず兄者を見る。
面白いも何も、このままでは時間ばかり悪戯に食うばかりで、早く引き合わせてやった方が断然良いというのに。


「この子ね、さっきから必死に探してるんだよ。
近侍の気配を。」

「だからと言って…、大体近侍は何をやってるのだ。
主人から離れるなど…」

「山姥切は悪くないの!!」

と、急に声を上げた童に多少驚く。
が、余計に目から涙が溢れ出す。


「山姥切がおしごとしてる時に、飛んでっちゃった帽子を追いかけて…それで…だから、山姥切は悪くないの」

と、これでもかと言うほどボロボロと涙を流す。

そんな童を見て兄者は、うんうんそうかそうかぁー。と、聞いてるのか聞いてないのかよくわからないいつもの相槌を打つ。

と、そんなこんなで平行線なやり取りをしていると、慌ただしい気配が近づいて来る。
そして…


「主!」

「山姥切ぃ〜!!」

とん、と兄者の腕から降り、瞬く間に近侍と思しき山姥切の元へと走っていく。
そのすばしこさに少し感心していると、山姥切と目が合う。


「人攫い…ではなさそうだな。
あんたらが見てくれてたのか。」

「あぁ、兄者が泣いてるその子を見つけた。
兄者によくよく礼を言うことだ。」

そう言うと、山姥切は素直に兄者に礼を言う。
そして、ほんの少し視線を周りに向ける。


「あんた達も演習で来ているのだろう?
主人はどうした。」

「あぁ、それはねぇ。
…何処にいるのだっけ?」

と、予想を裏切らない言葉にため息も出ない。
そんな様子の兄者に、山姥切は俺に同情の視線を向けてくる。


「あなたも迷子になっちゃったの?」

「大丈夫だよ。弟が知っているから。」

「悪いが兄者、俺も待合室の場所はわからんぞ。」

俺の言葉に、兄者ではなく童が驚く。


「山姥切、この人達が迷子なのはわたしのせいなの。
何とかしてあげて!」

「待合室は先着で場所が変わる。
大人しく本部に行くさ。」


と、近侍に慌てて頼む童を制し、本部へ向かおうと踵を返す。
その時、少し離れた建物の屋根の上に人影が見える。

顔までよく見えず、目を細めていると、どうやら二人いるらしい。
軽い身のこなしで屋根の上を駆け、離れてる屋根も軽々と飛び、屋根から屋根へと移りながらこちらに近づいて来る。

相変わらずはっきりと目視はできないが、覚えのある気配にサッと血の気が引くような感覚に陥る。


「まさか…主?!」

短刀ならまだしも、生身の人間が屋根の上を走り回るなどありえない。
そんな信じ難い光景を目の前に呆気に取られていると、目視できる距離にもう一人が乱藤四郎であることを確認できる。

そして乱藤四郎が、屋根の上から軽やかに俺たちの前に現れる。


「よかったー、なかなか見つからないから焦っちゃった。」

「焦るのはこっちだ!
主に何処を走らせ…っ?!」

と、乱藤四郎に目をやっていると、主が同じ様に屋根から着地しようとしている。
日本家屋とは言え、こんな高さから飛び降りれば人間は大怪我をする。



止めなければ。

そう思った時には主の足は屋根から離れ、すとん、と地に着地する。
それから主は顔色一つ変えずこちらに歩いてくる。


「やぁ、随分迎えが遅かったね。」

と、屋根から主が飛び降りたのなんて気にもとめず、そう言う兄者に主は素直に謝罪する。


「それよりも、急に居なくなって一体何が?」

「私が山姥切と離れちゃったのを、一緒に探してくれてたの。」

「そうでしたか。
見つかってよかったですね。では…」

と、主は淡々と返す。
そうして踵を返そうとしたところ、童が主の袖を掴む。


「あの、お名前教えて欲しいの。」

「…。」

「なまえだよ。」

童の問いに主が躊躇していると、兄者が簡単に応えてしまった。
それに童は満面の笑みを浮かべる。


「私、アヤメ!よろしくね!」

と、無邪気に主に笑顔を向ける。
だが、主は無表情を崩さず、一礼しそのまま去ろうとする。



「演習、応援してるね!」

という声に背中を向けた、主の後に自分も続いた。



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