所詮はひとの子
 


一体どれだけの刀剣が、この女を主と認めたのか。



自分の人格…付喪神だから神格と言うのかもしれないが、
主への忠誠心は他の刀剣よりも高い傾向にある。


顕現された頃より、主にずっと仕えていた。
審神者といえども人間だ、そんなものに終わりが来ることは今までの経験上わかりきったことだった。

主がいなくなれば、俺たちも元の依代に戻るなり、別の本丸に渡るなり、消滅するなりすると思っていた。

だが、予想外にも新たな人間がこの本丸をそのまま引き継ぐ事となった。
しかも異世界から来た、審神者の経験もない者だ。

この際性別や年齢は問わない。
審神者にそんなものは関係ないからだ。

どうしても引っかかるのは
素性も知れず、しかもすぐにでも元の世界に戻ると断言していることだ。

そんな先行き短い者にこの本丸を任せるというのはいかがなものか。
どんなに忠誠を誓おうが、この女はすぐにここから居なくなるのだ。

主が変われば本丸を包む気の流れも変わる。
この本丸は長らく主が守り抜いてきた場所だが、すでに纏う空気が変わってきている。

言わば慣れ親しんだ場所を、この女に壊されている様なものだ。
他の本丸に自分が移動するなら兎も角、思い出の場所に手を入れられるのは心地よくない。


最近入ってきたものや、特段執着のないものは既に女を主と認めている様だが
俺の様に思うものも少なからず居る。

戦の経験や、審神者としての素質は申し分ない。
それは認めるが、どうしても主として誠に受け入れられないのだ。


「貴方が主命主命と口喧しくないのは清々しますが
そうして仏頂面で居られるのは気が滅入りますね。」

「元々この顔だ。
貴様こそ、その陰鬱な空気をどうにか出来んのか。」

そう嫌味を返せば、宗三は態とらしく笑みを浮かべる。
普段ならそんな表情を見ればイラつくばかりだが、今だけは何も思わなかった。


「まさか、貴方がそう不貞腐れるとは思いませんでしたね。
主人であれば、誰にでも主命主命と尻尾を振ると思っていたのに。」

「貴様、いよいよ圧し斬られたいようだな。」

睨んでもどこ吹く風。
宗三は相変わらず作り笑みを浮かべたままだ。


主にはよくよくあの女に仕えるよう言葉を残された。
俺も若くない。
だから、表面上は従事している。


「主人が誰であろうといいじゃないですか。
人が変わったところで、僕たちの処遇は変わらないのですから。」

「よく言う。
今の主に近寄りもせず、巣に篭りきりなのは何処の鳥だか。」


そう言えば、その面から仮面が外れる。
そうしてふいっと顔を逸らし、何処かへ行ってしまった。

そろそろ自分も内番だ。
読んでいた本を仕舞い、目的地へと足を向ける。


その通りすがり、道場の前を通れば何やら騒がしい。
手合わせで騒がしいのは日常茶飯事だが、今日は別段だ。


たまたま出入り口付近に居た、にっかり青江に声をかける。
というか、こいつは今日畑当番だったんじゃないか。
そう咎めれば、にっかりは無言の笑みを浮かべ、道場内を指差す。


そこには三日月宗近と見慣れぬ赤髪の…


「…主か?」

「そうそう、経緯は知らないけど手合わせしてるようだよ。」


何をやっているのだか。審神者と刀が手合わせなど。

しかも相手は三日月。
主が丹念に育てていた太刀だ。

どちらが稽古をつけられてるだなんて明白だが、何故あの女が稽古をつけてもらう必要があるのか。

呆れて放っておくところだが、それが出来なかったのが三日月の目が戦の時のそれだったからだ。

暫く見ていても両者共一ミリたりとも動かない。
道場内を満たす気迫。
気付けば目が離せなくなっていた。



「…。」

暫く、女が静かに木刀を下す。


「私の負けです。」

その一言で、呪文が解けたように自分の時間も動き出す。


「あーあ、やっぱり気が弛んじゃってるかぁ。
こりゃ鍛え直しだねぇ。」

「はっはっはっ、これは手厳しいなぁ。
主は十二分に強いぞ。」


バシバシと髭切に背中を叩かれるも、女は何も言い返さない。
あの刀はあの女が元の世界で振るっていたものだと聞く。
付き合いが長くとも、主従関係が逆になっているのは如何なものか。


すっと、女の青眼がこちらを写す。
その視線に、刀を構えそうになる。


「随分と、見物人が多いなぁ。」

三日月の言葉に後ろを見れば、何名か同じように道場を覗きに来ていた。
これにも気づかないほど、見入ってしまっていた。

中には明らかに仕事途中で来た者もいる。
普段なら怠慢は許さんと言うところだが、今は他人に言える立場にない。

これ以上長居は無用だ。
再び納屋に向かおうとする。


「長谷部さん。」


思いもよらぬ呼び止めに、自分でもわかるくらい訝しげな表情を主に向けてしまう。
それを直ぐに正し、なんでしょう。と努めて穏やかに返す。


「今度は、貴方がお相手してくれますか。」

「…何故、俺なのです?」


相手してくれる刀は他にもいるだろうに、何故あえて自分なのか。
いつもなら素直に承諾するだろう。
どうしても、疑問がそのまま口から出てしまった。


「貴方なら、実戦通りに手合わせしてくれるでしょう。」


それは遠回しに、"殺すつもりで"と言われていると直ぐにわかった。

そう言ったのが俺の性質を観察してのことなのか、
はたまた、俺の本性を察してのことなのか。

女の目を見てもそれはわからなかった。


「主の思うままに。
…お前たち、持ち場に戻るぞ。」




















「おまえは、たまに八方美人な時があるよね。」

木刀を片していれば、後ろからそう言葉を投げ掛けられる。

そういうつもりはない。
ただ私を主人と受け入れられない者がいるのは事実で、それはそれでいいのだが、戦いに影響が出るのが嫌なだけだ。


「主は周りの状況をよくわかっておる。
軍を統率する者としては、良い判断だと思うぞ。」

「…ありがとうございます。」


職業柄、自分に向けられる負の感情は直ぐに察知する。
忍の世界は騙し合いの世界だ。
いち早く誰が敵なのか知ることが任務成功に繋がる。

ここでは私の命を取ろうとするものは居ない。
だが、主として認めていないのはものがいるのは確か。

私を主と認めなくてもいい。
だが、信じるものをなくしたままでは戦いに勝ち続けることはできない。

なにか、彼らにヤナギさんの代わりとなる指針を見つけてあげられればいいのだが。


「ほんに、主は小さな体躯で健気だなぁ。」

そう言い、三日月さんが頭を撫でてくる。

千年以上も生きているこの刀にとって、人間なんて赤子同然なのだろう。
この年代の御刀様は私に遠慮がない。


「こらこら、あんまりその子を甘やかさないでよ。
人が、曲がりなりにも僕たち神様の道標になるなんて、できやしないんだから。」


あーあ、体動かしたらお腹すいちゃったな。
そう言い道場を出て行く髭切さんの後を、自然と追う。


別に何があるわけでもない。
ごく自然と脚が動いたのだ。



暫くして、髭切さんが振り向き


「いいこ、いいこ。」


と頭を撫でてくる。

そこで自分が何故、髭切さんの後を追ったのか。
それを理解できたのは、忍の性だったのかもしれない。



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