戦いと人の身
 


「それでは、行って参ります。」


一礼をし、一期さん率いる先遣部隊は大きな門の向こうにある、これまた術式が書かれた大きな円の上に足を踏み入れる。


「怪我人が出た時点で撤退してください。
呉々も、無理をしないように。」

私が念を込めればそれは光の柱となり、光が収まった後は、そこにいた刀達はいなくなっていた。



「…これで本当に目的の場所へ?」

「政府から貰った術式通りだし、問題はないと思うけど…。
どこかに着いたら連絡があるさ。」

穏やかに石切丸さんが微笑む。

確かにそうなのだろうけど、そのカラクリが本当に使い物になるかもわからない分、色んなものに疑心をもってしまう。

自分が共に行ければ然程心配することもないのだろうが、こんな風に人任せに戦ったことがないため、待つだけというのが何とも落ち着かない。


「いやしかし、まさか主がここまで心配性とはなぁ。
初めて審神者を勤めるようには思えんと、一期が感心しておったぞ。」

「ここの世界の勝手はよくわかりませんから…ほんの少しの判断ミスが命取りになりますからね。」


部隊構成は、一期さんを隊長に
大太刀の次郎太刀さん
打刀の歌仙さん、加州さん
脇差の鯰尾さん
短刀の小夜君

いずれも各刀種で練度の高いものをメンバーにしている。

練度で言えば、今隣で笑っている三日月さんと薙刀の岩融さんを入れるのが良いと一期さんに言われたが、未知の時代に未知の場所。
夜戦になった場合、大太刀と太刀が中心の編成では分が悪いらしい。
それも踏まえて編成しなければ。

その事を伝えると、一期さんはすんなりと私の案を受け入れてくれた。
とは言うものの、短刀や脇差は防御面でやはり不安がある。
刀装に特の盾を持たせたが、大丈…「主よ。」

ぽん、と三日月さんの手が肩にかけられたので、ようやっと自分が突っ立ったままなのに気付く。


「一期が隊長ゆえ、主の言いつけは必ず守るだろう。
無茶はせんさ。」

「…そうですね。」


主である私が心配されていてはいけない。
出来るだけ態度に出さないようにしていたのに、まだまだ修行が足りない。

ああそういえば、修行といえば…










道場を覗くと既にギャラリーが出来ていた。
私に気付いた今剣君がぴょんぴょんと跳ねながら手を振ってきたので、自然と足はそちらに向かう。



「どれどれ、先輩が胸を貸してあげよう…と、
言いたいところだけど、ここじゃそうも言ってられないみたいだね。」

「生半可やってっと、怪我するぜ。」


髭切さんと対面する刀剣は、無表情ながらもその瞳はギラギラとしていた。
かなり好戦的な神様なのか、闘気がピリピリと空気を伝ってここまで伝わる。


「うわぁ同田貫、やるきまんまんですね。」

「やるきっつーか…殺る気だな。」

「…主、何故兄者と同田貫を?
まだ兄者は顕現して間も無い、手合わせなら俺が引き受けるというのに。」

今剣君と獅子王さんは呆れ気味に、膝丸さんはヒソヒソ声で耳打ちしてくる。


「確かに膝丸さんなら上手に手合わせ出来るでしょうが、恐らく髭切さんはそれを望まないですよ。」


はじめ!という審判の光忠さんの合図に、同田貫さんが思い切り踏み込む。
そして、カーンッ!と小気味の良い音が道内に響き渡る。


「おお、流石に現役の太刀筋は違うなぁ。」

カランカラン…と、髭切さんの手から離れた竹刀が乾いた音を床に立てる。


「おいおい、あんたも現役の刀じゃねーのか。」

トントン、と同田貫さんが呆れ顔で竹刀で肩を叩く。
髭切さんは笑みを崩さず落ちた竹刀を拾う。


「あはは、確かに確かに。
いやしかし、人の身とは難儀だねぇ。
竹刀を弾かれただけなのに手が痛い痛い。」

「おい嬢さんよ、俺じゃ手加減できねぇ。
これじゃ手合わせになんねーんじゃねぇのか?」

ほんの少しつまらなさそうな同田貫さんの表情がこちらを向く。

確かに膝丸さんや、同じ日に顕現した鶴丸さんで手合わせした方が良いのだろうが、多分髭切さんはそういう易しいやり方は好みではない。

恐らく私と同じ…


「いやいや、手加減など要らないよ兜割りの。
むしろ殺す気でかかってきてほしいな。」


髭切さんが竹刀を構える。


「そうでないと、この人の身をなかなか理解できそうにない。」


スッと黄金色の瞳が細められる。

痛みをもって戦い方を会得し、死線を見て己の力量を知る。
このやり方はきっとこの刀に宿る精神が私にも及んでいたのだろうと、遠い記憶を思い返す。


「はぁ…んじゃあ、手加減はしねぇが折れた後で泣き言ゆんじゃねーぞ!」


ドン!と力強く床を蹴り、同田貫さんは気持ち良いくらい真っ直ぐに刀を髭切さんに向けて振り落とす。

それを髭切さんは寸での所でいなすが、同田貫さんの力が当然上回りチリッと音を立て、竹刀が腕を掠める。


「おお、痛い痛い。
へぇ…血が出るとこんな感じなのか。」

同田貫さんの神気の強さか、掠めただけなのに腕がスパリと切れて服に血が滲んでいる。


「一々感動してたら日が暮れちまうぜ!」

ビュン!と同田貫さんが竹刀を水平に振り切る。
髭切さんは受け止めるが、力に押されそのまま思い切り弾き飛ばされる。


「兄者?!おい同田貫の、貴様は手加減というのを知らんのか!!」

「ちょっと膝丸さん落ち着いて!
主、やっぱり練度が違い過ぎてこれじゃあ…」

審判の光忠さんが困り顔でこちらを見る。
膝丸さんは余程兄の事が大事なのか、今にも抜刀しそうな勢いで、それを獅子王君が止めてくれている。
同田貫さんとはといえば、やはりつまらなさそうに竹刀を肩に掛けている。


「髭切さん、大丈夫ですか。」

床に盛大に倒れている髭切さんに近寄り声をかけてみる。
あの当たり方だと肋骨を折っているかもしれない。
その上盛大に床に受け身を取らずに倒れたものだから呼吸困難か、最悪意識を失っているかもしれない。

髪で表情は見えないが、ふるふると肩が震えだした。
もしかして呼吸困難かと背中を叩こうと手を振りかざした。


「っく、あははははっ!」

いきなり笑い出した髭切さん、呼吸困難では無さそうだがもしかして気が触れたのだろうか。
いつでもビンタ出来るように手は構えたまま様子を見る。


「いやいやいや君、なんだいこの痛みは!
ちょっと打たれただけでこんなに痛いのに、よく胸を串刺しにされて平然とできるねぇ!」

ひぃひぃと、それこそ呼吸困難になるのではないかと思うくらい笑う髭切さん。
一応どこも異常はないようだ。


「人の身をもって日が浅いから、痛みに敏感なんですよきっと。」

髭切さんの手を取り起き上がらせる。
胸を串刺し…きっと仮面の男が髭切さんを使って私を刺した時のことを言ってるのだろう。


「とりあえず私は部屋に戻りますが、折れない程度に頑張ってください。」

「ありゃ残念。折角君に良いところを見せれると思ったのに。」


同田貫さんの本気の太刀を受けても酷い傷は負ってないようだから大丈夫だろうし、何かあれば周りの刀達が止めてくれるだろうと判断し、道場を後にした。











「ホントに出て行ったよあの主…」

と、獅子王が皆の心の声を代表して声に出す。
まさか、こんな状態で主が本当に出て行くと思わず、俺自身も道場の出入り口を呆けて見ていた。


「ということで、引き続きよろしく頼むよ鎧割りの。」

兄者は相変わらず笑みを崩さず竹刀を構える。
あの主にもだが、能天気なこの兄にも頭痛を覚える。


「俺が言うのもなんだが、あんたぁこっちでもなかなか手に入らねぇレアもんだぜ。
良いのかよこんな扱いで。」


前の主もだが、俺や兄者、そして天下五剣のような重宝は特に大事に扱われる。
それは折れればなかなか手に入らないというのもあるが、審神者にとってそういった刀を所持している事が一種の矜持になるからだ。

中にはそういった刀は戦に出さず、観賞用にしている審神者もいるらしい。


「あぁ、彼女にとってそういうことは然程重要ではないんだよ。

無銘だろうが名刀だろうが敵を殺せればそれでいい。
戦えるならその辺の枝でも良いんだよ、なまえは。」

だから君とは気が合うと思うんだよね。
と、同田貫に向けて笑みを深める。


この時代でまさか現役の人間に…あまつさえ女人に仕えることになろうとは。

再び鳴り渡る竹刀と打撃の音に耳を傾けながら、赤髪青眼の主人を思い浮かべていた。



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