淡い朝
 


チュンチュン…


小鳥の声と、薄い陽の光に脳みそが覚醒する。



木目の天井、随分と久しい畳の匂い。

昨日のことは夢でも見ていたのかと思っていたが、そうでないらしい。
元の世界の私は恐らく、真っ白な天井に、薬品の臭いに囲まれているはずなのだから。


起き上がり、畳に視線を這わせる。





…ない。



「…。」


やはり"アレ"も、夢ではなかったのか。
刀が人の形を得たその瞬間を思い返す。


ほんの少しの頭痛に額に手を当てる。
障子を開け、外を見やれば日本庭園のような景色が広がっている。


下駄を履き、外を歩いてみる。

池には金魚が数匹泳いでいる。
季節はまだ春先なのか、ほんの少し薄ら寒い。
深呼吸すれば清らかな空気が肺を満たす。


「…。」


生きている。
元の世界では、咲き誇る花にも夜空に浮かぶ月さえも、全ての景色が無機質だったというのに。

どうやら私の感性は、まだ死にきってはいないらしい。


意外と、私は能天気なのか。
イタチさんが死んだあの日に、私の心も死んだと思っていたのに…



「君は相変わらず早起きだねぇ。」

そんな声に振り返れば、着流し姿の髭切さんが縁側に立っていた。


「…おはようございます。」

「うん、おはよう。」


ニコニコと笑いながら、髭切さんは縁側にそのまま座り、ポンポンと自分の隣を手で叩く。
…隣に座れということか。

断る理由もなく、素直に指定された場所に座る。


「まさか、君とこうして意思疎通できるようになるなんてね。
夜に、明日は君と何を話そうか沢山考えてたんだけど…寝たら忘れちゃった。」

ははは、と髭切さんは笑う。
そして、じっと私の目を見る。


「鏡の精はついてこなかったんだね。」

「…みたいですね。」

鏡の精…間違いではないんだろうが、彼らはそんなファンシーな感じではない。
鏡の神器の憑き物…髭切さん達のような付喪神に近い。

じーっと、相変わらず髭切さんは私を見たままニコニコとしている。


「あの…」

「うん?」

ニコニコ、どうしてか笑みを崩さない。
それはそれで何とも居心地が悪い。


「…ダンゾウ様の所へ戻したの、怒ってます?」

理由はどうであれ、一度は手放してしまった。
もしかしたら、刀にとってそれはとても屈辱的なことかもしれない。

うーん、と髭切さんは顎に指を添え考える。


「そういえば、どうして僕は彼処に戻ったんだっけ?」

こてん、と首をかしげそんな疑問を投げかけてくる。
クリーム色の髪がサラリと肩に落ちた。



「あー…私が川に落ちそうだったので…一緒に流されてはいけないと思って、クロとシロにお願いしたんです。」

流されそうというより、自ら落ちたのだけど。
あの時暁のメンバーと戦って、到底勝機はなくて、死体を残すくらいならと川に身を投げたのだった。


「そうかそうか、あの寒い日に黒ずくめの人達と戦ったときだね。
思い出したよ。」

あの日のことを思い出しているのだろうか。
懐かしそうに目を細める。


「髭切さん…」

「うん?」

私はこの刀で無差別に、沢山の命を斬って捨ててきた。
一つのものを守る為に、どれ程の人達の人生を犠牲にしたことか。

人を斬るための刀とて、きっといい気はしなかっただろう。

それを謝って許されるわけではないけど、そんな話しをしようとした矢先、廊下を歩いてくる足音に気付く。


「兄者、ここに居たのか。
徘徊して迷子にでもなっているかと思ったぞ。」

そう現れたのは、髭切さんの弟刀である膝丸さんだった。
刀の兄弟感覚というのは、打った人間の趣向が同じであれば兄弟になるのだろうか。


「おや、お前も早いねぇ。えーと…」

「…膝丸だ。」


本当に、兄弟なのだろうか。
いくら長生きしてても身内の名前くらい覚えてても良いのではないだろうか。
というかこれでこの茶番は何度目なのか。

髭切さんはごめんごめんと言いながらも、全く反省の色は見えない。
そんな膝丸さんを可哀想に思っているとパチリと目が合う。


「兄者が迷惑を掛けていなかっただろうか。」

それは今の話なのか、将又この世界に来る前の話なのか。
どっちともつかない話しだが、今も昔も迷惑を掛けられた覚えはない。


「いえ、全然。」

「それならば良かった。」

「当然だよ、なまえがこーんなに小さい時から一緒なのだもの。
今更迷惑なんてないよねぇ。」

と、自分の膝下くらいに手を添えながらクスクスと笑う。
流石にそんなに小さければ刀を持つことさえ出来なかったのではないかと思うも、気付けば何時も持っていたのだからあながち間違いじゃないのだろう。


そんな話しをしていれば何処からか朝餉の香りが漂ってきた。


「…そう言えば、食事の準備は何方が?」

「あぁ、基本は歌仙や燭台切がやってくれているのだが…
彼らがいない時は適当に空いてる者でやっている。」

彼らがいない時…遠征に行っている時の事だろうか。
しかし刀が料理をするなんて、何とも器用なものだ。


こうして朝早く起きて手持ち無沙汰なのも落ち着かない。
手伝いに行こうかと、服を着替えるために部屋に戻ろうとすると、後ろから何やら付いてくる気配が。

後ろを振り返れば、膝丸さんがガシリと髭切さんの肩を掴んでいた。


「兄者、いくら旧知の仲と言え女人の部屋に入るのはいかんぞ。」

「えぇー、別になまえはそんな事気にしないよ。」

ねぇ?と、コテンと首を傾げる。


「別にいいんですけど、今から着替えるのでちょっと待って頂けますか?」

「ほら、兄者行くぞ。」

と、髭切さんは膝丸さんに引っ張られて連れて行かれた。
また後でね、とヒラヒラと手を振る髭切さんに一応手を振り返す。




弟の方がしっかりしている兄弟もいるのだなぁ…



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