思惑と意志と
 


「はぁ…」


はなれの一室で一息つく。
今日一日、非日常的なことが当たり前のように起こって疲れた。


あれからというものの、息つく暇もなく刀達…主に私の刀に振り回されっぱなしだった。
どうやら私の刀、鶴丸さんと髭切さんはかなり希少価値の高い刀のようで、結構な歴史のある刀なのだそうなのだ。

三日月さんもそうらしいのだが、何だろう。
長く生きるとマイペースに箔がつくのだろうか。


もう夜だというのに、何処からか笑い声が聞こえる。
酒好きの刀剣がいるらしい、酒盛りでもしながら昔話に花でも咲かせているのだろう。

"そうだ、なまえも呼ぼう"など、そんな声が聞こえたが気のせいにして眠ることに徹した。


「なまえ、きみどうせ眠れなくて起きてるんだろう?」

そら来た。
てか来るのが早い上に、もう寝たフリがバレている。
ここはシカトを決め込むか、放っておいてくれるように説得するか…


スパン!

と小気味良い音ともに障子が開かれた。
遠くで "鶴丸殿!お疲れでしょうから休ませて差し上げては…" と、一期さんの声が聞こえた。
この本丸の中では彼が一番人間の常識を身につけてるらしい。


「ほら、引き篭もってばかりじゃあモヤシみたいになっちまうぞ。」

「いや…ちょっと今日はもう勘弁してください。」

と返せば、ほらやっぱり起きてるんじゃないか。と言いながら布団を引き剥がそうとしてくる。

寝ててもこんなに豪快に障子を開けられたら誰でも起きるわ。
というより、どっちかと言えばモヤシは鶴丸さんの方だ。
と、言い返す気力もなくベリっと布団を引ったくられた。


「…顔見知りがいるんでしょう?
こんな機会もうないのだから、水入らずで飲めばいいじゃないですか。」

「もうないなら、尚更きみにも来てもらわなくてはな。
明日にでも、もしかしたら元の世界に戻ってしまうかも知れないんだぞ?」


いや、それならそれで夢だったと割り切れるから尚更放っておいて欲しいんだけど。
最後の抵抗に枕を頭に被せる。


「きみなぁ…こういう時くらい色々忘れて楽しんだらどうだい?
世知辛い任務もない、辛気臭い忍である必要もない、命の危険は…まぁ今のところない。

それに何より、ひとりじゃないんだ。
こっちにいる時くらい、"人"として生きてみたらどうだ?」

と、呆れ声に言われても、私の心は揺れなかった。

"人"として生きるなんて今更必要ない。
そして何より、忘れられるはずなんてないのだ。
私一人がのうのうと楽しむなんて出来るはずもないし、する気にもならない。


何も言わない私に諦めたのか、鶴丸さんは静かに布団を掛け直してくれた。


「…まぁ急にそう言われても、生き方は直ぐには変えられんかぁ。
邪魔したな、ゆっくり休め。」


おやすみ。という言葉とともに障子が閉められた。
相変わらず遠くで笑い声が聞こえる。

そんな声を聞きながら、いつの間にか眠りについていた。



あぁ、本当に彼は"私の刀"なんだと。
イタチさんの忘れ形見なんだと…














「お、新しい主にフられたかい?」

ガッハッハ、と豪快に笑いながら俺が帰ってきたのに一番に反応したのは大太刀の次郎太刀。
彼の周りには酒瓶が所狭しと置かれている。
…多分全部空っぽだ。


「もう今日はお眠の時間だとさ。」

よっこいしょ、とドサリと元居た場所に座る。
隣には三日月と光忠が静かに酒を堪能していた。
しかしまぁ、よくもこんなに飲兵衛が集まったもんだ。(約一名無理矢理付き合わされてる者もいるが)


「残念だねぇ。酒を飲めば少しはお嬢ちゃんも打ち解けてくれると思ったんだけどねぇ。」

「まだ会って1日も経っておりませんよ。
そう焦らずとも良いでしょう。
それに…慣れないこちらの世界では、相当お疲れでしょうに。」

と、無理矢理付き合わされてる約一名の一期が空になった石切丸のお猪口に酒を注ぐ。


「あぁ、すまないね。
しかし、彼女も中々肝が据わっているというか…あれだけの神気を前にして顔色一つ変えないとはね。

見たところ戦慣れもしているみたいだけど、一体何者なんだい?」


どこまで話してしまって良いのやら。
少し言葉を選ぶ。
別に彼女は何を言おうが気にしないのだろうが、言葉一つで何が起こるかなんてわからない。


「そうさなぁ…こっちの世界で言うと、兵士に当てはまるかねぇ。
中でもなまえはとびきり優秀な兵士だ。
戦のことなら大船に乗った気持ちで任せてもらっていいぜ。」

「あんな娘さんが兵士だなんて、鶴さんの世界は大変なようだね。
…でも、ずっと気になってたんだけど、"なまえ"ってもしかして本名なのかい?」


と、問うてくる光忠の表情は眼帯に隠れてこちらからは見えない。
でも、他の奴らの顔を見りゃ何となく想像はつく。



「あぁ、そうだぜ。
なんだい、こっちの世界では人間全員仮名で生きてるってのかい?」

そんな風に茶化してみるが、何故彼等が本名を気にするのかなんて考えなくてもわかる。
名前に関しては、神の世界では共通の慣習がある。
それは…



「はっはっは。
鶴丸よ、最近の人間は参拝ですら名を名乗らんらしいぞ。
なぁ石切丸。」

「そうだね…願い事だけ一方的に言うだけだから、何処の誰の願いかわからないって祭神様が困っていたよ。」

「そう考えると、随分礼儀正しいお嬢ちゃんだねぇ。」


と、ケラケラと一同は笑う。
全く…油断も隙もありやしない。
そんなにこの世界では審神者が枯渇しているとでも言うのか。

ふと、三日月と目が合う。


「いや何、前の主ではないが…あわよくばと思っていたんだが
鶴丸を怒らせるのも恐ろしいからなぁ。」

「おやおや、暫く見ないうちにおべんちゃらが下手になったんじゃないかい?」


そう言えば、三日月は声を上げて笑う。



開け放たれた障子から、真っ黒な外を見やる。

さて、あの娘は無事に帰れるのか…
猪口に入った酒をくいっと飲み干せば、身体を巡る何かが熱くなった。
そう言えば、もう一振りはこの事態をどうするつもりなのだろうか。


…まぁこんなまたとない機会、とりあえず今は俺も楽しむとするか。




いつの間にか猪口いっぱいに酒が満たされていた。
夜の宴は明け方まで続いたのは言うまでもない。



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