お前死んでも寺にはやらぬ
 


*女審神者


都々逸より



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いつか、きみも老いて朽ちてしまうんだよなぁ




気付けばそう、心の中から零してしまっていた言葉。


覆水、盆にかえらず。
主を見れば、ほんの少し驚いたようにこちらを見ていた。



「どうしたの、そんな話し。」


いかんなぁ、飲みすぎたなぁ。
杯の中の酒を回しながら、どう返答しようか考える。

もう千年以上の年月を存在した。
生きるものは必ず死ぬ。

そんなことはよくよく知っていることで、
何度も目の前で生死が繰り返されるのを見てきたわけで、
こうして人の身を得て、死について話したところでどうにもならないことなんてわかっている。

だから主とこの手の話は、生涯するつもりはなかったのに。


黙ったままの俺を心配してか、主は俺の顔を覗き込む。



黒く澄んだ瞳の奥。
血色の良い唇。
潤いを帯びた肌の色。


今から花盛りのうら若き娘だ。
終わりにはまだ遠い。
それでも常に、終わりは纏わり付いている。
だから…


「若いからといって、余裕をぶっこいていたらあっという間に殿方に貰われそびれるという話さ。」

「…結婚が女の人生のすべてみたいなの、かなり古い考えなんですけど。」


そう言い、主はクイっと杯の酒を飲み干す。

人の価値観は移ろいゆく。
永く刀をやっているからこそ、知ることであり
そして気付かないことでもある。


「そうすると、きみは生涯一人で生きていくつもりかい?」

「なによ、私の将来について心配してくれてるの?」


今日はよくお酒がまわってるのね。
と、ケタケタと主は笑う。


あぁ本当に、よくまわってるなぁ。


主の杯に酒を注ぐ。
主は俺のその手をそっと見る。


「ねぇ鶴丸。
貴方たちはいつも人の時間は短いだの、呆気ないだの言うわよね。」

「おや、他の誰かにも言われたのかい?」

「まぁ、ね。」


と、主は夜空を仰ぎ見る。
歯切れの悪くなった声に、何を言おうとしているのか。
次の言葉を大人しく待つ。


「でも私、思うのよ。
貴方達だって無限の存在じゃない。

私より先に死んでしまうことだって大いにあるのよ。」


まぁ人の身を得たこの身体は、戦場で依り代が折れれば共に消滅する。
それでも人がいる限り、不滅の存在だ。
人々の思いの中に、俺たち神はいるのだから。


そう伝えれば主は、そういうことじゃない。と首を振る。
それの意図がわからず主の言葉を待つ。


「私たち人間は、刻々と変わっていく。
だから、例え同じ人間が貴方達を顕現させようともその思いは違うもの。

だから何度だって甦ろうとも
今ここで私と話している鶴丸国永は、貴方以外に居ないのよ。」


私は二度と、貴方を顕現させることはできないの。


真っ直ぐに語られる言葉。
ならば俺が死ねばどうするのかと、思わず問うてしまった。


「本当に、今日はよくまわっているのね。」

「刃生一度は悪酔いするのもいいだろう。」



つとめて酔っ払いであるように見せる。
主とのここまでの会話はハッキリ覚えているから悪酔いは全くしていないのだが、そうでもしなければ明日から顔を合わせられない。


千年生きた刀の付喪神。
人に生死を問うなぞ矜持に関わる。


主は杯の酒をゆらゆらとさせながら考える。
まぁ刀の死後をどうするかなぞ、簡単に答えは出ないか。

そろそろお開きにしようか、と言おうとして主の口が開いた。



「貴方が折れて消えてしまったら、
貴方を粉々に砕いてこの杯で飲んであげるわ。」

そうして私諸共燃やすの。


と、あまりにも予想外な返答に思わず飲みかけていた酒で咽せる。


「おいおい、刀が折れた後依り代が残ってる保証なんてないし
何よりきみまで死ぬ必要もないだろう。」

「何を言っているの。
貴方が折れるその時は、この本丸が崩壊するその時よ。」




そう軽やかに言い切ったきみに、生涯敵うことはなかったのだが。

杯をゆらゆらと揺らし、思い出と共に飲み続ける。






「あぁ、今日はよく酒がまわるなぁ。」









お前死んでも寺にはやらぬ
焼いて粉にして酒で飲む



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