惚れさせ上手のあなたのくせに
 


※非審神者と三日月宗近


都々逸より



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八百万の神

古来日本では、全てのものに神が宿ると考えられてきた。


そうした人々の信仰により生み出された神々。

その思想がなければ、私は唯の樹木として存在するだけだったのだが
とある屋敷の名物として崇められているうちに
八百万の神の一つとして、神格を得た。




「やぁ、見事に咲かせたなぁ。」


その声に、下を見やれば藍色の狩衣を纏ったその人が眩しげにこちらを見上げていた。



三日月宗近

人と言ったが、自分と同じ八百万の神…刀の付喪神だ。
その優美な瞳には、名のとおりに三日月が浮かんでいる。



「庭師がよくよく世話を焼いてくれるから。」

「あぁ、奥方がそなたの事を大層気に入っているからなぁ。」


そう言いながら、三日月宗近は木の根元に座り、幹に背を預ける。
そよそよと通る風の子は、花を散らすことはなく
彼の藍の髪をふわりと撫ぜる。



「そなたもこちらにかけてはどうだ。」

「遠慮しておくわ。
あまりウロウロしていると、お局様が煩いのよ。」


神といえども人の思想から生まれた産物。
人間同様、縄張りには煩かったりする。

特に声明が弱い程に、だ。


三日月宗近程の力を持つものであれば
こうして依り代から離れて好き勝手に動いても
誰も文句は言わぬし、難なく帰れるのだ。



「なに、俺の居るうちは大丈夫だ。
何か言われれば無理強いをされたと言っておけば良い。」

こんな風にな。


と、三日月宗近が私に向けて腕を広げれば
自分の意とは関わらず、風に押される様にその懐に抱きとめられていた。


「はっはっは、捕まえたぞ。」

「こんなことに力を使うものじゃないわ。」


上品な顔立ちからは印象の少し離れた豪快な笑い声を上げる三日月宗近に、仕方がないと大人しくする。

彼とのこうした戯れは、どこか心地が良い。



「ほんに、美しいなぁ。」


先程までの笑い声とは違う、落ち着いた、しみじみとした声で上を見上げる。

満開の花が隙間なく咲き溢れ、その美しい瞳にちらちらと映り込む。


「貴方にそう言ってもらえるのなら、咲かせた甲斐があるわ。」

「そうか、そうか。
しかし、青い葉を纏う姿も赤く染まる姿も
雪化粧を施した姿も、いつでもそなたは美しい。

人に愛でられるのは当然だ。」


そう、褒め称えてくれる三日月宗近の瞳をじっと見る。
人の子はさることながら、神でさえ魅了してしまう美しい刀の付喪神。

聞こえてきた鈴の音に、名残惜しさを振り払う。



「さぁ、そろそろ行かねばならないでしょう。
他の者達とはお別れは済みましたか。」

「…風の子は話を広めるのが早いなぁ。」


するりと頬を撫でる三日月宗近の手に、自分の手を重ねる。
彼が鉄の塊であることを忘れさせるほど、その手は温かい。


ちりん、ちりんと催促する様に再び鈴の音が鳴る。



「その様な顔をしないでくれ。
永く生きればまた逢えるさ。」

「…えぇ、そうね。
待っているわ。」


御武運を。


そう言うと、三日月宗近は引かれるように消えていった。




高い枝に登ってみれば、
遠くに人の行列が、籠車を幾つか担いで歩いて行く。


旅立つ彼への餞(はなむけ)にと
咲かせた花は、風に追わせるように一つ二つと散っていく。


いつ戦場で折れるかもわからぬ刀。
いつ人の気紛れで折れるともわからぬ樹木。


いつか逢えるなど、可能性はないに等しいことは互いにわかっているというのに
最後の最後まで期待させるなんて。












惚れさせ上手のあなたのくせに
あきらめさせるの下手な方



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