4.
 


ーーー大外から!大外からナリタブライアンが追い上げてくる!!
ナリタブライアン!!後続を突き離して今1着でゴーーール!!
去年、ビワハヤヒデが記録したタイムを上回り、ナリタブライアンが菊花賞を制しました!!
ここに史上5人目となる三冠ウマ娘の誕生ですっ!!!ーーー


菊花賞、クラシック路線最後の冠。
それをナリタブライアンは2着に7バ身の差をつけて勝ち取った。

皐月賞、ダービー、菊花賞。
どれを取っても圧倒的な勝利に、文句なしで世代最強と評され、あの皇帝・シンボリルドルフにも迫ると言われている。


テレビや新聞雑誌に、街の液晶には"ナリタブライアン"という名前で持ちきりだ。


友人の誘いで、菊花賞のレースは現地に見に行った。
秋も深まったというのに、真夏のような熱気が冷めることを知らない場内は、私にとって未知の世界だった。

その中心にいるその人の走りは、"強い走り"としか感想が思い浮かばないほど、どうしようもなく、やはり鼓動に焼き付くものだった。


"ナリタブライアンが負けるイメージができない"
観客の1人がそう言っていたが、確かにそれは納得できた。


だがしかし、ブライアンさんはこれ程の勝利を受けても満ちた顔はしない。
あの人は、何を求めて走っているのだろう。


三冠という栄誉をその手にしても、表情の変わらないターフ上のブライアンさんを見てそんな疑問が浮かんだ。






「っ…はあぁぁ〜ブライアン様かっこよすぎ…
winning thd soul ヤバすぎでしょ。
走ってもかっこいい、歌って踊ってもかっこいい、立ってるだけでかっこいいとか…はあぁぁ…」

友人は、今回のレースですっかり骨抜きにされたらしい。
気持ちはわかる。


「もっと近くで見たい…。
いやでもこれ以上近くで見たら気絶するかも…」

「シャーロットももう一度走ればいいのに。
レースに出ればもっと近くに行けるよ。」


足音だけではない。
その呼吸も、熱も、風を切る音も、誰よりも近くで感じられる。

もう1ヶ月は前のことなのに、脳裏と鼓動にまだあの感覚が焼き付いている。


が、私の思惑とは真反対に友人は宇宙人でも見るかのような表情でこちらを見る。


「う"ぇっ、え、うぇええ?!!
あんたバッカじゃないの?!
まずはおめぇ、ブライアン様と同じレースに出るのが奇跡だし横に並ぶぅ?!!!
ゲートで隣に並ばない限り並べなんだよ普通わ!!!
ゴール前で並びかけた貴様の脚がおかしいんだよ世間知らずめ!!!!」


鈍感力がカンストしてるんか!!


と、凄い形相で罵倒されてしまった。


そうか、そうなんだ、そうだよな。
と、その勢いで納得してしまった。









「こんなところで何をしている。」


そんな会話を友人とした翌日だというのに、そのナリタブライアンさんが目の前にいる。

街の外れの古いお寺。
その境内の屋根の下で雨宿りをしていた私に、話題の渦中のその人は、傘をさして目の前にいた。


「雨宿りを…。走ってたら降ってきてしまって。」


普通に答えてしまった。
ここに友人がいたら首を締められていたかもしれない。

ブライアンさんはこんなお寺に何か用事かと、訊こうと思ったが詮索されるのは嫌いそうだなと思い、口を開くのをやめた。

このまま黙っていれば、ブライアンさんは用事を済ませてとっとと去ってしまうだろう。
そう思うも口下手なので、何の話題も思い浮かばない。

が、ブライアンさんは予想外にも傘を畳んで隣に座ってきた。
友人がいたら気を失っていたかもしれない。
そうこうしてるうちに、さらに雨が強まった。


「ブライアンさんも、雨宿りですか?」

「…そうだな。このままだと靴が水浸しになる。」

「まだ強くなりそうですもんね。」


通り雨ではなさそうだ。
暫くこのまま降り続けるのだろう。
昨日はあんなに晴れていたのに。

昨日…


「あ。三冠、おめでとうございます。」

「…お前、ちょっと変わってるな。」


ブライアンさんにも言われてしまった。
私は他と感性がズレてるらしいのが、この年になってわかった。


「そうかもしれません。昨日友人にも言われたので。」

「そうか。」


雨音と、濡れた木の匂いがこの場を彩るだけの空間。

不思議だった。
ターフ上にいるブライアンさんも、一緒に走ったブライアンさんも、こんな情景とは無縁な人だと思ったのに、これが自然な気がした。


広がる沈黙。
不思議と気まずさはないが、話したくないと誤解されても悲しいので先に弁解しておこう。


「その、すみません。
私口下手で、楽しい話はできません。」

「構わん。静かな方が落ち着く。
後輩に、お前の爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。」


あ、やっぱりそうなんだ。
この人は、静かな方が好ましいらしい。


「後輩さんは、賑やかな人なんですか?」

「賑やかというよりガキだ。
いつもいつも周りをチョロチョロと…子犬のようでもあるな。」

そういうブライアンさんは、本気で嫌がってるわけではないようで。


「年相応で、可愛らしいと思います。」

「くっ…ふふ、年相応か。たぶん、お前と同期だぞ。」


あぁ、それは…私よりも幼い人だと思ったので失言だった。
そう伝えると、ブライアンさんはまた笑う。


「本人に言えば、面白い反応が返ってくるぞ。」

「流石に、喧嘩を売りたくはないです。
会うならきっと、レースですから。」


同期なら、同じレースに出ることだってあるだろう。
レース以外で険悪な感じにはなりたくない。
争うのは、走りだけで十分だ。


「次のレースの予定は決まってるのか。」

「暫くは、レースに出ないです。」

そう言うと、ブライアンさん顔には「何故?」という言葉がありありと浮かんでいた。
どこまで話すか…


「今、体の成長期らしくて…無理な鍛え方はしないで基礎をしっかり作る方針になったので、レースはもう少し仕上がってからになります。」

「それが、お前のトレーナーの方針か。」

「私自身もクラシックにこだわりがなくて…あ、三冠の価値を否定するとかじゃなくて。」


余計なことを言ってしまった。
でもブライアンさんは気を悪くしてるようではないのでほっとする。


「ならばお前は、何のためにレースに出る?
目標はないのか?」


言い訳を考えようと思うも、この人の瞳に嘘が通じないのは、私の走りを見極められた時点で知っている。

少し、頭の中を整理する。
目的、目標…


「私の祖母も、ウマ娘です。
祖母は、クラシック挑戦中に怪我で引退しました。」


走れなくなれば、レースで功績を残すことができなくなる。
走れなくなったウマ娘が選択できる道は…


「…、夢半ばで走れなくなった祖母の代わりに、私は長く走りたいんです。
1日でも長く走って、少しでいいから功績を残して、そして…"普通に"余生を送りたいんです。」


嘘と本当を少し織り交ぜて。
身内を引き合いに出すなんて酷い奴だと我ながら思う。
自分自身の問題でもあるのに私は…


「すみません。
物凄く身の上話しな上に、面白くない理由で…」

「いや、走る理由はそれぞれだ。
三冠だの無敗だの、それは周りが勝手に決めた価値だ。
私とて、三冠を獲るために走ったわけではない。」


ブライアンさんは雨降る空を見上げる。
煌々と、金の瞳が曇天の中に輝いている。


「だがその目標はきっと、難しいものだろう。
お前の祖母のように、クラシック半ばで引退を余儀なくされる者は少なくはない。

三冠ウマ娘はこれからも現れる。
だが…お前が誰よりも長く走る時、それを越せる者はきっといないのだろうな。」


こんな風に、肯定してもらえるとは思ってなくて。
この人には、私の走りを見続けて欲しい。などと烏滸がましくも欲張ってしまいそうになる。

そして何より…


「ブライアンさん。
いつになるかわかりませんが、今度はターフの上で勝負してくれますか?」


もう一度、いや、一度だけでなく何度でもこの人と全力で走ってそして、本気で勝ちたい。
この人が追い求めてるものを見てみたい。

鼓動が煩く、加速して体中に熱を送る。


金の瞳が私を映す。
その金色の奥は、ほんの少し揺らいでいて。

その理由が何故なのかは、私に分かるわけがないけど。


「あぁ。ならば早く上がってこい。」


圧倒的強者が、孤独な戦いであることは知っている。



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