3.
今回の他校との模擬レースはどのレースも盛り上がりを見せたが、一際盛り上がったレースはあのマイルのレースだろう。
あれ以来、トレセン学園内のジュニア層は一層気合が入っているように見える。
クラシックを前に突然現れた思わぬ伏兵。
焦る気持ちはわからなくもない。
「姉貴…ん、気になるジュニアでもいるのか。」
「いいや、そうじゃないよ。
しかし…藪蛇というのか、寝ている子を起こしたというのか。
ブライアン、お前はつくづく話題に事を欠かないな。」
あれ程の走りをするジュニアが、今まで話題になっていないのはおかしい。
あのレースで、ブライアンと走った事で秘めていた力が発揮したと言ってもおかしくはない。
だが、ブライアンは不満げに口を開く。
「藪蛇でも起こしたわけでもない。
奴は今まで全力を出していなかっただけだ。」
「あの子を元々知ってたのか?」
「春の合同模擬レースでだ。
何が目的なのかは知らんが、その後のレースもずっと抑えて走っていた。
狩る側だというのに、その爪と牙を隠してな。」
ブライアンは、ジュニア達の練習風景を見ながら目を細める。
この子の勝負勘はレース中だけではなく、その人の本質もよく見抜く。
だから思い込みではないのだろうが…
「お前まさか、出走者リストを…?」
「私はマイルの希望を出しただけだ。」
全く、いつの間にこんな風にしたたかになったのか。
生徒会という立場故の、職権濫用と言っても良いだろう。
「会長であるルドルフの判断には何も言わないが、我がままばかり言って困らせるなよ。」
「我がままを聞いてやってるのはこちらだ。」
ふん、とブライアンは不満げに鼻を鳴らす。
こういうところも相変わらずだ。
だがしかし、一時はこのトレセン学園すら退学をしようとしていた妹が、三冠ウマ娘まで王手をかけ、こうして競う相手を自ら見つけていることに、私が示したものは少なからず間違っていなかったのだと、少し安堵した。
「そういえば、調子はどうだ?
菊花賞ももう直ぐ目の前だ。」
「悪くはない。これまで通り走るだけだ。
私の目標は姉貴を追い越すことだからな。
ここで負けることはない。」
絶対の自信、というよりもそうあるべきという信念。
この子の強さは身体的な能力だけではない。
周りの評価や価値に囚われず、自分の走りで走り抜く精神的な強さもある。
それがどれ程のことかを、本人は自覚をしていないのだが。
天賦の才とはまさにこのことだ。
「ふふ、今年の年末は楽しみだな。
だが、たとえ三冠ウマ娘だろうとそう易々と抜かせはしないぞ。」
そう言えば、幾分か大人になった顔が、昔と変わらず勝気に笑む。
私も気合を入れ直さないと…
トレーニングに励むジュニア達が、西日に背を向け影を追っていた。
[ 13/16 ]
[back]