1.
 


何のきっかけでレースに出たのかは覚えていない。
母に言われてだったかもしれない。

もう記憶も朧げで、一緒に走ったウマ娘の顔なんて覚えていない。


だけども、必死で鹿毛の尾を追ったのだけは覚えている。
この人についていけばずっとずっと疾く走れる。
幼いながらの本能だった。

ゴールのテープを1番に切ったその人の次に白線を超えた私に、その人は振り返り何かを言う。
その言葉ももうすっかり忘れてしまったけど、だけど、そのレースが私のウマ娘としての始まりだったに違いない。


幼い子どもの、幼いレースだ。
情景を殆ど思い出せない。
それでも、それが始まりだった。




朝が来た感覚で目覚める。
全身がどっしりと重い。
懐かしい夢も見た。


今日は土曜日だから学校はないが練習はある。
早く支度せねばと思うも、怠さと共に全身が痛む。

昨日の模擬レースのせいだ。
あの後、ブライアンさんに控えに戻してもらったものの、完全に燃え尽きて灰になっていた私はその後のレースなんて勿論見る余裕なんてなく。

あまりの燃え尽きぶりに、トレーナーや保健医がトレセン学園の医務室で状態を見てくれたけど、幸い肉離れなど故障はなく、激しい筋肉疲労なだけだった。

ただただ疲弊していただけだが、観戦なんて出来るわけもなく、そのまま家まで送ってもらった。


結果的にかっこ悪い感じで終わった。


「はぁ…」


昨日のことが夢だったらよかったのに。
とりあえず、今後のことをトレーナーに相談しないとと、スマホを見る。


「…はぁ…。」


スマホのロック画面には、スヌーズの通知が。
そして時刻はとっくに練習が始まる時間を過ぎていた。

目覚ましに全く気付かなかったのだ。
無断欠席、最悪じゃないか。


益々やる気をなくし、枕に突っ伏す。
その時、ガチャンと玄関の扉が開く。


「あ、やっぱりまだ寝てた。
トレーナーから鍵借りたよ。」

「ナギノ先輩…」


想定外の先輩の来訪に固まるも、先輩の言う通りトレーナーには合鍵を預けていた。
というのも、関西から出てきたので一人暮らしで何かあると困るからと、親が渡したのだ。

まさかこんなに早く活用されるなんて。


「大丈夫?脚痛む?」

「脚どころか頭から爪先まで痛いです。」


未だかつてない筋肉痛。
ホントに筋肉痛なだけなのかさえ疑わしい。


「よっぽど昨日のレースが堪えたのね。
まぁあのナリタブライアンについて行ったんだから仕方ないか。
とりあえず、今日は練習お休みで。
夕方にトレーナーが迎えに来て、念のために病院行こうって。」


はい、これ朝ご飯と昼ご飯ね。

と、コンビニで買ったおにぎりやサンドイッチを机の上に置いてくれた。


おもてなしもできず、すみません。といえば
そんなのはいいから早く元気になりなさいよと、先輩は家を出て行った。


扉の閉まる音を見送り再び布団に身を沈ませる。
目を瞑り、黒鹿毛の尾を思い出す。


「…また、追い越せなかったな…」



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