6.
 


抑えて、抑えて、落ち着いて。
いつも通りのペース、いつも通りの展開を。

そう呪文のように頭の中で言い聞かせていたのに、体がいうことを聞かない。


これが、この場の空気に押されて掛かってしまっているだけならそれでいい。
終盤にはスタミナが切れて走りたくてもきっとバ群に沈み、あの人にその他多勢とともに抜かれるだけだ。


だけども聞こえる。
その息遣いが、地を蹴り風を切るその音が。
その音が近づくほどに、脚はどんどん進んでいく。


消さなければ。
この気持ちの高鳴りを消さなければ。
心と体がチグハグな状態で走り続ければ、苦しいだけ。

最終コーナーに差し掛かる。
ここで沈んでいく。どれだけ自分が望もうとも。


だが、消そうとしたその火種を
隣を抜き去るその人の呼吸が、風が、完全に煽った。

煽られた小さな火種は、山火事のように瞬く間に体中に燃え広がる。


離れていく背中。
これ以上は離させない。


重心を前につけるために上体を前のめりに
そのまま体が落ちないように地を蹴る回数を上げる。
少しでも風の抵抗をなくすために耳を絞る。


近づく背中、息遣い、風と地の音、熱。
それが再び隣に並ぶ。


「はァ!!!」


隣でゴッと勢いよく炎が燃える。
再びそれは離れていく。




「ナリタブライアン、差し切ってゴーーーーール!!!
1バ身差で2着、ナマエ!!
離れて3着...」



実況の声が、耳の遠くから入ってくる。
負けた、本気を出して負けたのだと理解する。

だがそれよりも、


「ハァ、はッ...、ハ...っ」


空を仰ぎ、呼吸をする。
足りない、まだまだ足りない。
肺が、心臓が悲鳴をあげながら飢えた体に酸素を送る。

脚も手も、付いているのかわからないくらい感覚がない。
血管の圧迫感で頭も耳もおかしくなっている。



「...、ぉぃ、おい。」



耳に入ってきた低いその声に、視線だけ向ける。

ほんの少しまだ肩で息をし、顔も少し紅色はしているが
それでも表情を崩さずブライアンさんがこちらを見下ろしている。


信じられない。
私は今にも心臓を吐きそうだし、血管だって今にも切れそうなのに。



「...、はぁ、はぁ...」

「お前、来年の京成杯に出ろ。」


信じられない(2回目)
こんな状況で受け答えできるわけがない。
だがしかし、このままだと沈黙は肯定と受けとられかねない。


下を向き、大きく息を吸って乱れた呼吸を無理やりに整える。


「っ...、中距離...、無理、っゲホ、ごほっ...」


あ、これ窒息死...いや、肺が破れて死ぬかもしれない。
喉も、カラッカラに乾いていたらしい。
咳が止まらない。食道吐きそう。


「おい。
...ここまで走らせるつもりはなかったが...、はぁ。」


ぐん、と視界が高くなる。
視界の端には黒くなびく髪、そして自分の鳩尾近くに柔らかいクッションのようなものが...


「けほっ、すみませ...っ...」

「まったく、どれだけいつもは手を抜いていたんだか。
たまに本気で走るからこうなる。」


そんな小言とともに、トラックが遠くなっていく。


後日、友人が撮った写真により
あのナリタブライアンに抱きかかえられて控えに戻ったという事実を知ることとなる。


こうして私がここまで積み上げてきた計画は、自ら完全に壊してしまったことは言うまでもない。



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