少し、大人の関係を
 


いつの間にか、君は大人になっていて。





「…というここで、なまえにも来て欲しいんだけど。」


義父の会社で行われる事になったパーティ。
親族は勿論、友人なども呼んでいいということなので、最近あまり時間を取れていないし、まぁ後は諸々の事情でなまえを呼ぶ事にしたのだが。


「職業柄目立つ場所は行きたくないのだけど。」

「うん、無理を言ってるのはわかるんだけどさ。
ちゃんと紹介しておきたいんだよね、君を。」

「…人を虫除けに使うつもりか。使用料は高いよ。」

「いや、それもあるけど義父と会った事ないだろ?」

「まぁ、うん。わかった。いつ?」


予想してた通りに乗り気ではないなまえ。
元々そういう場所が苦手らしい。
だが申し訳ないがこれも良い機会だ。

ぶっちゃけおっしゃる通り、見合いや交際話が後を絶たないので、その終止符を打ちたい気持ちはある。
でも義父に紹介したいのも事実。


「じゃあ2週間後、迎えにくるから。」

「場所はわかるからいいよ。当日忙しいんじゃないのか。」

「そんなこと気にしなくていいから。
ともかく、迎えに行くからちゃんと家で待っててよ。」


わかった、という返事を聞き山を降りる。



そして当日、約束通り迎えに行く。

なまえに会うのもパーティの話をして以来だ。
存外仕事が忙しく、お互いマメに連絡をするタイプでもないから声も聞いていない。


屋敷に着くと、なまえ以外の気配がある。
声からしてぼたんと静流さんだろう。


「こんばんわ。」

「あ!お邪魔してるよ。
静流さーん、王子様の到着だよ〜!」

「もうちょっと待って!あとマスカラ…」


どうやらまだ粧し途中のようだ。
縁側に座って待つ。


「なーんか久しぶりのようで久しぶりじゃないねぇ。」

「ついこの前天界に呼ばれた時に会ったでしょう。」

「あれ?そうだったかね?
やだねぇこの歳になると日付の感覚が狂っちまって。」


天界人に歳なんて関係ないのでは。
という言葉は飲み込んでおく。


「静流さんは兎も角、まさかぼたんまで手伝いに来てくれてたなんて。」

「ちょっとなまえちゃんにお願い事があってさぁ。
でも逆になまえちゃんが困ってたから事情を聞いて静流さんを召喚したってわけさ。
いや〜中々楽しかったよ、なまえちゃんのドレス選び!」


ぼたんと静流さんが騒ぎながら選んでいるのを傍観してるなまえの絵面が簡単に思い浮かぶ。
でもそうか、やっぱり困ってたのか。


「なになに、僕の許嫁ですーって紹介でもするんかい?」

「ぼたん、凄く下品な顔になってますよ。」

「どうせ会社でもモテモテなんだろ?
そんくらいやっとかないといつまでもキャーキャー言われるさね。
ていうかなまえちゃんも心配してるだろうに。」


どうだろう。
最近の彼女はあまりそういうの表に出さないしなぁ。

と、ぼんやり夕暮れの空を見ていると、ガラリと襖が開く。


「いやぁもう完璧!
蔵馬くん、今日なまえちゃん連れてかない方がいいかもよ〜?」

「あはは、それは困るな。」

なんて、軽く受け流してたのだけど。


「…。」


いつもシンプルに一つ結ばされているポニーテールは、緩く頭上に纏められている。
前髪で見えていなかった額も露わになり、飾り毛がフワリと頬に揺れる。

その頬に乗せられた淡いピンク、そして唇には鮮やかな、でも控えめなルージュが。
そして程よく引き締まった体に纏う瑠璃色は、なまえの白い肌と赤い髪に相まって驚くほどの色彩だ。


「…蔵馬、おーい。」

「すみません、普通に見惚れてました。」

「ほほほ、蔵馬くんも案外若いわね。
はい、なまえちゃん。ここに靴を置くわね。」

「何から何まで…すみません、ありがとうございます。」


スッと、静流さんとぼたんに会釈をするなまえ。
そして靴を履くために縁側に腰をかけ、前屈みになる。
あれ?なまえってこんなに…


「ごめん、待たせた。」

「いや全然。それよりヒールは大丈夫?」

こういうのは慣れてないはずだから、ちゃんと歩けるのだろうか。
すぐに支えられるように手を差し出す。
そこに躊躇なく静かに乗せられる自分よりも細い手。
その爪も桜色に染まっている。


「気をつけて行ってくるんだよ。
蔵馬!ちゃんとなまえちゃん見てないと連れてかれるよ!!」

「それよりもちゃんとパーティ会場に行くのよ。」

「ご心配どうも。」


軽く躱したものの、自分から紹介したいと思っていたはずなのに、多勢に今のなまえを他の人間に見せたくないなんて考えてしまっている。

静流さんの言う通り、このまま二人でドライブなんてと思ったが、そこは義父の顔を思い出して思い留まる。


そのまま手を引き車まで来るが、予想外になまえは普通に歩いている。
シルバーのドレスヒールと引き締まったふくらはぎが眩しい。


「結構慣れてるんだ?」

「慣れはしてないけど…まぁ、潜入捜査とかで何度か。」


ナニソレ聞いてない。


「…いつ?」

「結構前からあったけど。」


なまえの稼業を考えるとあってもおかしくないけど。
そういうのは断ったりしているのかと思っていたし、そんなことやってる素振りを見せなかったから意外だった。


「まさか共寝とか…」

「そんなことはやってない。俺はもっぱらトドメ専門なんだから。」

「そうか。少し安心した。」


などと言いながらまだ若干疑う。
余計な気負いをさせまいと、案外嘘をつくことがあるから。

さて、会場についたら男共から向けられるであろう視線をどう断ち切るか…


















「はじめまして。
秀一さんとお付き合いさせていただいているなまえと申します。」

「やぁやぁ。志保利さんや秀一君からは聞いていたよ。
はじめまして。よく来てくれたね。」


志保利さんの再婚相手の畑中という男性は、
蔵馬が”母を任せられる”と信頼していた通り、その声色や表情から温厚な人物だと伺える。
100人ほどの従業員の社長でもあり、よく人も見ている。


「いや…しかし、秀一君、悪いことをしたね。
こんなに素敵な彼女さんがいたというのにお見合いの話を持ち掛けたりしちゃったりさ。」

「社長としての立場もあるんだし、気にしないでよ父さん。」

「なんでも高校からの付き合いなんだって?
秀一も一人息子で…あ、僕の息子も全く同じ漢字で秀一って名前でね。
だから娘ってどう接したらいいかわからないから、失礼があったら申し訳ない。」

「父さん、父さん、気が早いよ。まだ結婚してないから。」

「あぁそうか、早速失礼してしまったね。」


ははは、と笑う声に合わせニコリと笑う。
天然なのか、狙ってなのかはわからないが前者だろう。

そして会場に入ってからずっと刺さる視線たち。
その一部がざわざわとしているから、蔵馬の狙いは大方クリアしたのではないだろうか。
あとは俺が夜道で刺されないように気を付けるだけだ。


パーティには志保利さんや義弟君も来ているから、蔵馬が挨拶回りしている間は2人と話す。
蔵馬からは会場に入る前に1人にならないようにと釘を刺されていた。


が、その当の本人は質の悪いのにつかまっている。
俺の話題を肴に酒の勢いに任せて絡んでくる女性がチラホラと。


「ちょっと、風にあたってきますね。」

「あら、なまえちゃんお酒苦手だったかしら。
お水でも…」

「後でいただきます。仕事の電話もかかってきたので。」

志保利さんをやんわりと制し、蔵馬のいるテーブルから距離を置いて外に向かう。
その際、チラリと蔵馬に視線を投げれば女性たちを相手にしながらもちゃんと目が合った。
こういうところ、抜け目がないな。


外に出ると洋風の庭があり、テラスのようにイスとテーブルがある。
すっかり日も落ち、月明かりが花々を照らす。
こういうの、ドラマで見た気がする。


「お一人ですか、お嬢さん?」

「あら、存外お早いことで。」


椅子に座りふぅと一息ついていたら、グラスを両手に蔵馬が現れる。
庭に咲く花に交じり、蔵馬の薔薇の香りが夜風に吹かれる。


「当然。あんな誘われ方をしたらすぐに来ますとも。」

「随分繁盛しているようだから、そろそろ休憩が必要かなと思って。」

「お気遣い、痛み入るよ。
ま、俺が君を1人にしたくないんだけどね。」


翡翠の瞳がじっと見入ってくる。
長く付き合っているけども、この瞳は未だに慣れない。


「今日はやけに心配するんだな。
ここには妖怪も、同業者もいないのだから大丈夫だ。
万が一だって対応できるように酒は控えて…」

「…わかってないね。
今日の君がどれだけ艶やかで、男たちを惹きつけてるか。」


リップ音とともにそんな科白を囁かれる。
鼻先に、花香と酒の匂いが絡まる。


「ちょ…っと!
外だし人もいるのにわかってるのか!」

「あ、いつも通りのなまえだ。」


バクバクと心臓が鼓動する。
蔵馬は先ほどの雰囲気はどこに行ったのか、ケロリとおどけた顔をする。
完全にからかわれた。


「あのなぁ…、そりゃこういう場でこんな格好でいつも通りとはいかないだろ。
これでも頑張って役作ってるんだよ。」

「迎えに行った時から頑張ってくれてたしね。
一人称まで変えてくれて、俺のためにやってくれてるんだなぁって感動してた。」

「他人事だな。
慣れない努力もしたというのに、肝心の虫よけはあまり効果なかったようだけど?」

「あ、もしかして妬いてくれてる?」


いけしゃあしゃあと煽ってくる蔵馬を横目で睨む。
そりゃ話に聞いてたことが目の前で起こってるといい気はしない。
いつも食事に誘われたり、差し入れとか持ってくるのはこの女たちかと思うとムカムカもする。

が、それを言ったところで状況が変わるわけでもなし、蔵馬がからかってくるだけなので言わない。


「はぁ…そろそろ戻ったらどうだ。探してるんじゃないか?」

「なまえが戻るなら戻るけど。
言ったろう、君を1人にはしたくないって。」

「別にここで目をつけられたところで、今後会うこともないのだから気にしなくても…」

「俺が嫌だ。
他の男が、さらには同僚が君に恋慕なんてしたら何するかわからない。」


あ、これ本気だ。真顔が怖い。

まぁ確かに自分の知り合いが自分の恋人を慕ったりしたらいい気はしないか。
いや、俺相手にそんなことないと思うのだけど。


「わかったよ。従業員が突然減ったら義父さん困るだろうし。」

「やだなぁ、流石に抹消はしないよ。」


さっき何するかわからない、と言ったやつがよく言う。


サラサラと、風がそよぐ。
もう少し、この心地よい夜に浸りたかったけど戻らないと志保利さんも心配するだろう。

お手をどうぞと蔵馬の手が差し出される。
その手を取り、立ち上がる。


「今夜、家に行っても?」

「…この状況で断れるとでも?」


そう返せば蔵馬は確信めいた笑みをたたえる。
そうしてそのまま2人で会場に戻る。


明日の朝は仕事は入っていないっけ。
特に何をと約束したわけでもないけど、翡翠の瞳の熱から自然と翌朝の予定を思い返していた。

















−−−−あとがき
はぁぁぁあめちゃくちゃめちゃくちゃ遅くなって申し訳ございません…!!!!!
亀にも程があります…
まだご訪問頂いてるかわかりませんが、ルシアンの憂鬱で原作より大人になった2人を書いてみました!
長編、まだ未完のままで蔵馬が社会人になった後のお話を書くタイミングがなかったので、とても楽しかったです(o^^o)
長編の方は、いつになるかわかりませんが完結まで持っていきたい所存なので、また見ていただけたら幸いです。
改めて大変遅くなり申し訳ありませんでした。゚゚(´□`。)°゚。
そして、リクエストいただきありがとうございました!!!



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