死がふたりをわかつまで
 


ほんの少しでも息を緩めれば
私はきっと立つことはできなくなるのだろう。



空は淡い青に染まり、
風が、土の匂いと芽吹きたての緑の匂いを運んでくる。

長い長い冬がとけたかのような、そんな日だった。



「いい風だな。」

隣に立つイタチさんの呟き。
その顔は至極穏やかだった。


「ここ数日は雨が多かったですし…お陰で草花も茂りましたね。」

息を吸い込めば、この季節独特の香りが鼻孔を通り抜けていく。
なんとなく、イタチさんの体にも良い気がする。

そんなイタチさんを見上げれば、何も言わずに歩き出した。


「イタチさん?」

「一戦、試合ってくれないか。」



今?この場で?


認めたくはない。

認めたくはないが、イタチさんの体はもう限界だ。
実際問題、サスケとまともに戦えるのかも不安なほどに。



「どうして」

「自分の状態を、把握しておきたい。」


その言葉で、先ほどまで感じていた芽吹く春は無機質なものになった。
誰よりも一番、イタチさんが冷静に現実を受け止めている。

それがあまりにも、哀しかった。



「…それは…、今、悪戯に体を使うべきではないのでは。
イタチさんが一番状態をわかって…」

「自分がイメージしていることと、現実は異なる。
それに、最近はお前と鬼鮫が戦いを収めてしまうから、感覚を忘れてしまった。」


らしくない冗談。
いや、そんな風に言わせてしまってるのは私の表情のせいだ。

自分で顔が強張っているのがわかる。


「わかりました。でも…」

「手加減はしなくていい。」


程々にしましょう、という言葉は遮られる。
自分の状態を把握する、そのままの意味だ。

これ以上の言葉は無意味。


了承の返事の代わりに、対立の印を結ぶ。
それを見て、イタチさんは口元に一瞬笑みを浮かべ同じように対立の印を結ぶ。


合図はない。
だが、二人同時に地を蹴る。


空気を吸ったと同時に刀を抜く。
その軌道はクナイで防がれる。

その反動を利用して後ろに下がる。
下がりながら武器寄せの術で大量の手裏剣を取り出し、風遁でイタチさんに向かって飛ばす。

しかしそれは写輪眼を持つイタチさんにすれば、全て弾くのは造作もないこと。
案の定イタチさんに到達する前に、手裏剣は無様な音を立てて地に転がっていく。

でも、


ローブの下で指を弾く。
一つの手裏剣に張られていたワイヤー。
所謂仕込み武器。

たぶん、今のイタチさんの目にはワイヤーは見えていない。
もしかしたら、体を傷つけてしまうかもしれない。
でも、躊躇はしない。イタチさんはそんなことを望んでいないから。


ワイヤーを引いたと同時に、地に落ちていた手裏剣が爆ぜる。
その爆発で、周りの手裏剣も爆ぜ破片が散り散りに飛ぶ。

殺傷力はない。
だが、人為的な動きではなく無差別に規則性なく飛び散るそれは相手の動きを止めるには十分。

案の定、それにイタチさんの動きが止まる。


…いや、今私が見ているイタチさんは分身だ。
イタチさんなら、最初に手裏剣を弾いた時に既に仕込んでいる。


ひゅん、と見えた黒い影に反射的に視線がそちらを向く。
それは起爆札付きのクナイ。

それを弾かず避けるように走る。


突如、進行を遮るように地面から吹き出す水の壁。
振り返れば豪火球が迫ってくる。

相変わらず、術スピードが早い上に居場所を隠すのも上手い。


幻術にかかってないのに、幻術にかかったように錯覚する。


あぁ、でも…


水遁で火遁を打ち消す。
水が蒸発し、あたりが霧に包まれたようになる。

視界に捉える複数の影と音。
クナイがキン、キン、と音を立てながら軌道を変えているのがわかる。


風遁・大突破


吹き荒む風が全てを払う。
そしてすぐ様背後に向かって腕を振るい、迫っていたイタチさんのクナイを手首を掴んで阻止する。


そのまま組手になだれ込む。

相手の動きを見切り先読みできる写輪眼、そして本人の身体能力と判断力の速さ。


イタチさんも、体術は得意だった。


瞬きの間のほんの僅かの間、イタチさんの重心がずれた。
その機を逃さず、脚を払い、クナイを持っている手首を捻ればその手からクナイが落ちる。

それを掴み、勢いのままイタチさんの喉元に切っ先を向ける。



「…もう、十分でしょう。」

「俺の負け、だな。」


一旦互いに離れ、和解の印を結ぶ。
イタチさんの呼吸は、少し乱れている。


「強いな、お前は。
これからまだ、強くなるんだろう。」


私が強いというのなら
サスケとの戦いを代わってあげられるのに。

でも私じゃできない、私ではダメなのだ。

私が腕を差し出そうが脚を差し出そうが
心臓をいくつも捧げようが、私では叶えられない。


命を賭けても、私では何もなし得ない。



「お前から見て、今の俺の状態をどう思う。」

「それは…」

「正直に言ってくれていい。
お前が一番、俺のことを知っているからな。」


以前は、こんな風に決着がつくことはなかった。
むしろイタチさんの方が優勢に終わることが多かった。

それに、ツーマンセルを組んでいた時と比べると動きがやっぱり違う。


瞳を伏せて、今一度考える。


私の知る、一番調子の良かった頃のイタチさんに比べて
印を結んでから術が発動するスピードが半テンポ遅れていること

呼吸の乱れから重心がずれやすくなってること

そしてやはり一番の問題は視力が格段に落ちていること


「たぶん、サスケは仕込み武器を使ってきます。
…私が、唯一教えたことなので…」

「剣術も、お前のを見ていただろうからな。
なんとなく、どういう戦い方をしてくるのかはわかるよ。」


ふっ、とイタチさんは笑む。
それは昔のことを懐かしんでなのかは、わからないけれど。

それでも確かなのは、こうしてイタチさんと手合わせするのは、これで最後だということ。


「おかげで、算段はついた。
お前とここまでやれたなら、十分だ。」

「私なんて…サスケはきっともっと…」

「いいや、身体能力も反射スピードも、お前に勝る忍はそうそういないよ。
本当に、昔からお前はいつも俺の持っていないものを持っていた。」


良き友人であり、良きライバルだった。


雨上がりの、輝く雫のような
そんな笑みを浮かべる。


そんな風に思ってくれてるなんて、知らなかった。
こんな風に笑うなんて、知らなかった。


きっと、まだまだ知らないイタチさんがいるのだろう。
この先一緒にいれば、知ることのできるイタチさんがいるのだろう。


でも、それはもう叶わない。
彼の終わりはもうすぐそこだから。


「イタチさんは…私のことを買い被りすぎですよ。
私は…わたしは、…こんな…」


息を吸う。
今は、何も考えてはいけない。

かなしくて、立っていられなくなるから。


それなのに、イタチさんは震える私の頬をその手で包む。


「なまえ…お前がいてくれたから、俺はうちはでも木の葉でも兄でもなく、ただの一人の人間としての"うちはイタチ"を見失うことがなかった。」


ありがとう。


その柔らかな声が、私の凍てつかせた精神をとかす。
だめだ、だめだ、この人を心配させてしまうから、泣いては…


「泣いていい。
泣くなら、ひとりじゃなくて俺のもとで泣いてくれ。」

でないと、こうして抱きしめられない。


その言葉に、イタチさんの温度に、もう止めることはできなかった。



「っごめ…、ごめんなさい…ごめんなさっ…」



もっと、ゆっくり生きてくれればいいのに。
もっと…もっと、自分自身を愛してくれればいいのに。


この人と離れたくない。



心から泣くのはこれが最後。
私も、イタチさんがいなければ一人の人間としての"はたけなまえ"ではなくなるから。


だから…
今だけは、ほんの少しだけこうして抱きしめていてほしい。


最後の、その時までには
ちゃんと一人で立っているから























あとがき−−−−−
リクエスト、ありがとうございました!
死に着実に向かうイタチさんと、その先を生きていく主人公、のような対比を書ければなぁと思いお話を書いてました。

晩年のイタチさんは、本当ならまだまだこれから忍として成長していくはずだったのに、病や己でピリオドを決めたが故に、たぶんサスケとの戦いの時には暗部時代よりも動きが悪かったのかなぁと(ゼツも言ってましたが)

あの生き様こそがうちはイタチたらしめてるわけですが、やっぱり生きて欲しかったですね。
もっとうちはイタチという人を知りたかった。

そんな思いも込めて書きました。

改めて、私自身、イタチさんに思いを馳せられました。ステキなリクエスト、ありがとうございました!(*´ω`*)



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