それは思いもよらぬ
 


※2013クリスマス







「じゃあすみません、お先に失礼しまーす!」

「お疲れ様です。」


本日何回目か、同僚たちのいつもより明るい声を聞き、それに応える。
そしてすぐにパソコンのキーボードを叩く手を動かす。



時刻は19時。
いつもならほとんどの社員は残っているが、今日に限っては残っている社員の人数が少ない。


そう、今日は世のカップルにとっては特別な日。
12月24日、クリスマス・イヴ。

今日の夜を共に過ごし、クリスマスを迎える。

まあ、カップルに限らず
クリスマス予定のない会なんてものを作って、なんだかんだ楽しむ人達もいるのだけども。



私はどちらにも属せず、いつもと変わらず仕事仕事。
というよりも、会計課の私は年末調整やら何やらでいつもより仕事量が増えるため、必然的に12月は残業が多くなるのだ。


そんな現状に特に不満をもってるわけじゃない。
ただ一つ気になるといえば、周りの目だ。

え、クリスマスなのに今年もお仕事ですか、お疲れ様。

みたいな目線。
いや、ただの被害妄想なんだろうけど。
なんだ、クリスマスは誰かと過ごさないといけない法律でもあるのか。
そこまで考えて、ふと意識をパソコンの画面に戻す。

ああ、いけない。今は仕事中だ。
こんなこと考えてる場合じゃない。
会計は正確さが命。
1円でも数字を間違えれば大変なことになる。


余計なことを考えていたため、打ち込んだ数値がちゃんと合っているか確かめようと、少し顔を画面に近づける。


すると不意にクスクスと笑い声が聞こえる。


その声に顔を上げると、缶コーヒーを持った南野さんの姿が。

南野さんは私と同い年だが、高校を卒業してすぐに父である畑中社長の元で働き出したため、大卒入社の私より4年先輩の社員。

というより、かなり優秀なため
到底同い年には見えない。


そんなカリスマな南野さんが私を見てクスクス笑っていらっしゃる。



「…えーと私、何かおかしいことしてました?」

南野さんが笑ってる理由が検討つかないため、率直に聞いてみる。



「あぁ、すみません。
##name_2##さんが、いつもと変わらない顔でパソコンに向かってると思ったら、急に眉間にしわを寄せだして、かと思えばいきなりハッとしたような顔して目を細めて画面を見出したり…

##name_2##さん、見てて飽きないね。」


そう言いながら、片手に持ってた缶コーヒーをさりげなく私の机に置く。


「えーと…?」

「##name_2##さん、ここ最近ずっと根詰めてるからね。
俺からのささやかなプレゼント。」


そう言いながら南野さんは今はもう帰宅して誰もいない、私の隣の同僚の席に座り、もう一つ自分用に買ったのだろう缶コーヒーを開けて飲んでいる。


「あ、ありがとうございます。」

そうどぎまぎしながらお礼を言い、缶コーヒーを開ける。


いつの間に皆帰ったのか。
オフィスは南野さんと私以外誰もいなかった。

それに少し安堵する。
こんなところ見られたら、女性陣から一体どんな目で見られることやら。


缶コーヒーを一口含むと口に広がる甘さと苦さ。
疲れた頭が少し覚める。



缶コーヒーで少し覚めた頭。
そしてはっとする。

「南野さん、最後の戸締りとかなら私しておきますよ。」


今日はクリスマス・イヴ。
南野さんなら絶対に誰かと約束してるに違いない。
きっと優しい南野さんのことだ、最後の戸締りをするために残ってくれてるんだ。


しかし、南野さんを見るとキョトンとした顔。
わぁ、こんな南野さんの素な表情初めて見たかもしれない。

そして缶コーヒーに口をつけたまま、暫し考える様に黙る。



「##name_2##さん、この後何か予定とかある?」

「え…いや特に何も…。」

「じゃあ、その仕事が終わったらちょっと付き合ってくれないかな?」


南野さんの言葉に今度は私がキョトンとする番だった。





仕事が終わり、南野さんの車の
しかも助手席に乗った私。

ちょっと付き合って、ということなので近場まで歩いて行けるとこなのかと思えば、車じゃないといけないところに行くらしい。
確かに今、南野さんの車は山中を走っている。


というより私が助手席なんかに乗っていて大丈夫なんだろうか。
そんな考えが顔に出てんだろう、


助手席に女性を乗せて、俺を怒る人なんて誰もいないよ。


と、南野さんが少しおかしそうに言った。



すなわち彼女はいないってことなんだろうけど、残念ながらいるんですよ南野さん。
私こんなこと職場の女性陣に知られれば八つ裂きにされます。


とは言えず、私は大人しく南野さんの隣に座っている。


そして暫く走ると暗い山道がひらける。
そこで南野さんは車を止める。



「ちょっと寒いけど、外に出ようか。」

南野さんに言われるがまま外に出て南野さんの後ろをついて行く。

すると目の前に広がるのは宝石を散りばめたような街の灯りだった。



「すごい…。」

思わずそんな声が出ていた。
会社の近くにこんな場所があったなんて…。


「この時期になるとね、いつもよりここから見る夜景が綺麗なんだ。」


そう言う南野さんの横顔を見ると、エメラルドグリーンの瞳が街の灯りを反射してキラキラと光っていた。

そんな瞳を見て思わず、綺麗…と声に出してしまっていた。
しかし運良く南野さんは、私が夜景に対して言った言葉だと思ったらしい。
そう言ってもらえて良かった、と微笑んでくれた。


「ここ、良く来るんですか?」

「仕事場じゃないんだから、もう敬語じゃなくていいよ。
同い年だろ?」

「え…あ、は…うん。」

何だか急に距離が縮まった気がして、恥ずかしくなって下を向く。


「たまにね、仕事終わりにふらっと来ることがあるんだ。

暗い道を進んでると、急に視界がひらけて…
きっと街がイルミネーションとかで賑わえば、もっと綺麗な夜景が見れるんじゃないかって思ったら、案の定綺麗な夜景が見れた。」


そう言い、南野さんはふっと軽く笑う。



「今更だけど…迷惑、だったかな?」

いつもと違う南野さんの声色に、ばっと顔を上げる。


「まさか…!むしろありがとうございます。
その、南野さんとこんなところに来れるなんて思ってもみませ…」


そこまで言うと、ふいに南野さんの人差し指が唇に触れる。


「敬語、戻ってるよ?」


すっと私の唇から指をひくと、イタズラ気な瞳を南野さんから向けられる。
今日で一体何回私はこの人に心臓を乱されただろう。

恥ずかしさを逸らすために眼下に灯る夜景に目を移す。


「来年も、一緒に見れたらいいなぁ。」

隣からそんなつぶやきが聞こえた。




そんなつぶやき通り
来年の今日の日にまた同じ場所で、この夜景を寄り添い合いながら観る姿があったとかなかったとか。









それは思いもよらぬ fin.2014.1.1



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