鉢の中の金魚
 


※「ルシアンの憂鬱」番外編、クラスの女の子





「今日も部活こないの?」


授業が終わった途端にテキパキと帰る準備を始める南野君に、私は思わずそう聞いていた。
すると南野君は少し困った顔をして


「当分部活に行けないって部長に伝えているんだけど...。」

と答えてくれた。



そんなこと、部長から聞いてるから知ってるよ。
私が聞きたいのはそういうことじゃなくて...

私が口を開きかけた時には、彼はもう教室から出ていくところだった。



「もしかして、彼女できたのかな。」

「まぁ、いてもおかしくないもんねー。」

「えー、ショックー。」


なんていうクラスの女の子の声がぼんやりと聞こえた。




南野秀一


盟王高校で知らない人なんてそうそういない。


そのルックスと物腰柔らかな話し方、そして頭脳明晰で運動神経抜群

天は人に二物は与えない、というのは彼には例外らしい。


本当にすべてが完璧すぎる人。



それ故に、盟王高校だけでなく、他校の女子からの人気も高い。
校門で出待ちなんてこともよくある。


私は入学当初から生物部に興味があって入ったら、たまたま南野君も同じ生物部に入部していた。

それを聞きつけた女子たちが、ぞくぞく入部を志願したらしいが、ことごとく当時の部長に排除された。


今となっては入部試験なるものが科せられるくらいだ。
(生物部の活動部屋にギャラリーができ、今となっては部員しかその部屋に近寄れないようになっている)



きっと私はこの学園生活での運をすべて使い果たしたんだろうなと思った。

だってこんなにも近くで彼を見ていられる。



私と彼の共通点は植物に興味があること。
だから、一緒に研究したりすることが多い。


南野君はとても植物に詳しいからとても勉強になるし、私も負けてられないとさらに研究に没頭して、南野君も知らないことを見つけてやろうと躍起になっていた。


それゆえ、私はほかの人と比べて南野君と親しくなれのだ。


でもただの友達、部活仲間。
それ以上の垣根はどう頑張っても越えられなかった。


私の想いを知ったら、南野君は瞬く間に距離をとると思う。

つかず離れず、南野君の心に踏み込まないからこそ、今の友達というポジションを維持できているのだ。


きっと南野君も気兼ねない友達、それを私に望んでいる。


南野君が部活にこなくなって数か月。
といっても植物の世話をしにたまに部室にきていたのだけど...。


それでも本当にたまにだったから、なんだか植物がかわいそうで私は毎日南野君の植物たちも一緒に世話をしていた。



リナリア



もうすぐ小さくてかわいい花を咲かせる筈だ。


そんなある日、南野君が授業を早退してあわてて帰って行った。
あんなに取り乱している彼を見るのは初めてだった。



先生が言うには、お母さんが倒れたらしい。

それであんなに焦ってたんだ。
大丈夫かな。何か力になれたらな...なんて思っても、思うだけ。


だってそこまでお節介やけるほど、彼との壁が低いわけじゃない。


それから、南野君は部活に来なくなった。
きっとお母さんのお見舞いに行ってるんだろう。


家事とか大変だろうな...

そういえば南野君、兄弟はいるんだろうか。
一緒に部活をしてきたのに、誕生日も血液型も、好きなものも知らない。


そう、私は南野君のこと何も知らない。



きっとこの先も知れない。
あの人は、自分のことを知られるのを避けている。


表面上はどんなに笑顔で、柔らかく人に接していても、必ずそこには誰も立ち入れない境界線があった。



いつかその境界線を越えて南野君のすべてを知る人が出てくるのかな。

確実に言えるのはそれは自分ではない。


そんなことを考えるとチクリチクリと胸が痛む。



でも、それでも、今のポジションでもいいじゃないか。
少なくとも、ほかの人よりはこの学校で一番南野君の近くにいるはずだ。


それでいい...。
これ以上高望みするのはいけないこと。


そんなことを考えながら夕焼け色濃く、向こうの空が黒くなり始めている道を帰宅していた。


すると目の端に、見慣れた征服と深紅色の長い癖のある髪の毛が移った。



南野君...


偶然にも会えたことがうれしくて声をかけようとして口を閉ざした。



彼の横には彼と同じ赤髪でも、少し違う色合いをした小柄な子がいた。


弟さんか妹さんかな...。


最初はそう思ったが、それは違うと第六感がささやく。


そういえば、この近くに大きな病院がある。
きっとお母さんのお見舞いの帰りなんだろう。



あの子は、一緒にお見舞いに行ける仲なんだ...


それに気付くとズキリズキリと胸が痛んだ。



あれから数カ月、お母さんは無事に退院したらしい。
南野君が久しぶりに部活に来た。



「...もしかして、俺の植物も面倒見てくれてた?」


本当に久しぶりに彼の声を聞いた。
それも自分に向けられる。


突然のことで面喰っていると、彼がクスクスと笑った。


「リナリアの花。
てっきりもう枯れちゃってたと思ってたけど...##name_2##さんがちゃんとお世話してくれてたんだね。」


リナリアに向かって良かったね、と微笑みかける。


「それくらいいいよ。
それよりもお母さん、無事に退院できてよかったね。」


私のその言葉に、南野君がこっちを向く。



「こんなんじゃお礼にならないかもしれないけど...。」


そう言って南野君はリナリアを数本手折り、近くにあった紐でそれを結ぶ。


「ありがとう。」


そう言って、リナリアの花束を差し出し、今まで見た中で一番きれいな微笑みをくれた。

心からの笑顔。


そんなことをするから、いつまでも私はあなたの隣に立ちたいと、欲を捨てられないのよ。


リナリアに込めた気持ちを、あなたは知らない。
これからもずっと...






鉢の中の金魚 fin.2013.7.27



リナリア=和名:姫金魚草。 花言葉(幻想、私の恋を知ってください)



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