それだけで
 


「おーい、蔵馬ー!
ちょーど良かった!何か魔界の美味い酒とかねーか!?」

「幽助…君はまだ未成年だろう。
また螢子ちゃんに叱られるんじゃないか。」




「あ、秀一君!
次の文化祭のことなんだけどさ…」

「え?王子様役??そんな柄じゃないよ。
…えー困ったなぁ…」

……

「あ、蔵馬!
数学で躓いちまった!教えてくれねーか?」

「いいですよ。どの問題ですか?
あぁ、これはこの公式が…」

………

「蔵馬!
ちょいと聞いとくれよー。
またコエンマ様が頭抱えちゃってさー…。」

「コエンマも苦労人ですね。
今度は何があったんですか?」

…………





いつ見ても、蔵馬の周りには蔵馬を頼る人が自然と集まる。
それは南野秀一として生活しているときでもだ。


そしてその名前が何度も飛び交う。


一体この人は一日に何回その名前を呼ばれ、頼られているのか。


そして自分は一体何回、頼みごとを笑顔で引き受けるこの人を見てきたのか。
(たまにノラリクラリとかわして誰か他の人間を身代わりに立てていることもあるけど)


たまには誰にも名前を呼ばれない日もあっていいんじゃないか。
というより、そんな事蔵馬に頼まなくても自分か、または別の誰かに頼めばいいじゃないか。

なんだ、単に皆蔵馬と話したいだけなんだ結局。




………。

なんで自分はこんな卑屈になってるんだ。
別に蔵馬は誰のものでもない。
ましてや自分と特別な関係じゃないのに。







ふわぁ〜っと、口を抑えることもせず欠伸をし、そのまま背中から縁側に寝転がり目をつぶる。


木々の葉がこすれる音をBGMに、次第に意識はどこか遠くへ誘われる。





















「なまえ。」







その声に、瞬時に意識は浮上し目を開ける。
すると、青空を背景に
上から自分を覗き込む蔵馬の顔が視界いっぱいにうつる。


さっきまでの眠気や卑屈な自分はどこにいった。
この人にたった一言名前を呼ばれるだけで、意識は全てこの人へと向く。


誰が何度蔵馬の名前を呼ぼうと、蔵馬がこの名前を呼んでくれるだけで、それだけですべて満たされる。



この人に呼んでもらえる名前が、声を聴ける耳があってよかった。
そう思った日。








それだけで fin. 2014.1.12



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