Sickness
 



暗黒武術会から全員無事帰還でき、蔵馬に対する自分の気持ちに気付いた今日この頃。

今までのことを思い出すと、恥ずかしくなってまともに蔵馬の顔を見れない。
(相部屋だったり、相部屋だったり、相部屋だったり)


自分がまさかこんな感情に陥るなんて夢にも思ってなかった。
そして、自分をこんな風にしてしまう人と会うことも予想外だった。


自然とため息が出ているらしい、師範には呆れた顔で見られる。


障子をあけて外を見れば、一面銀世界だった。
通りで昨日から吸い込む息が冷たかったわけだ。


銀色...妖狐姿の蔵馬が混じれば、その雪に融けこんでしまうんだろうな...


そんなことを考えてしまう自分に自嘲気味な笑みが浮かぶ。
なんでもかんでも蔵馬を連想してしまう自分は最早病気だと思った。

もう少し銀世界を見ていたかったが、何せ寒い。まだ自分の体温が残る布団に戻って二度寝することにした。


もう頭がくらくらする。
動悸も早いし、顔がぼーっと熱い。
心なしか体も怠い。
布団から出たくない。

恋の病とはこんなに本格的な病なのか。
どうやったら治るのか。


そんなくだらないことを考えながら、再び深い眠りに落ちた。









「...40.6℃...。」

師範のやっぱり呆れた声が、鈍い頭に染み込んでくる。


いつまで経っても起きてこない自分を不審に思ったらしい。
障子をあけてもピクリともしない自分をいよいよおかしいと思い、師範が肩を揺らして起こしてくれたのは10分ほど前。

どこか具合が悪いのかと聞かれ、ありのままを伝えれば、師範がどこかに行ったかと思えば体温計と水を持って戻ってきた。

そして熱を計ってみれば冒頭の数字。
恋の病も何も、ガチの病だった。


「喉の腫れもないし、咳も出てないみたいだ。風邪じゃなさそうだね。
暗黒武術会が終わって気が抜けたんだろ。

熱下がるまで大人しく寝てな。」


そして部屋を出ていく寸前、ふと師範がこぼす。

「先生呼ぶかねぇ...。」

「...やめてください。」
余計に熱が出るわ。と心の中でごちりながら、師範の小さな背中を見送った。



どれくらい眠っていたのか。
徐々に意識が覚醒していく中、なんだか外が騒がしい。

...幽助か。

あいつも暇人だなぁと思いながらぼんやりと天井を見る。


「なまえが熱だぁ?!あいつ風邪なんて引くたまかよ。
なんだよ最近暇だから組手してもらおうと思ったのに。」

お前、学校があるだろ。


「え、風邪じゃない?インフルか?ノロか?
...恋の病?!」

師範、本当やめてください...


「ぶっ、ははははは!恋の病とか一番無縁そうじゃんあいつ!!
インフルエンザとかの方がよっぽど現実味あるぜ!!」

...



ドタドタと足音が近づいてくる。
そして、あいさつもなしに勢いよく障子が開かれる。



「おい!おめぇ恋の病にかかってるんだって?!
先生呼んでや...」



ジャキリ


俺が刀の切っ先を幽助の鼻先寸前に向けると、その先の言葉を発せずに幽助は固まっている。


「...先生が...なんだって...?」

「ごめんなさい。調子乗りすぎました。」


その言葉に刀を下ろし、鞘に仕舞った後、無造作に刀を床に置き、そのまま寝床に戻る。


「...本当におめぇ大丈夫か?」

鈍い動きの俺を見て、先ほどとは違い
幽助が心配そうな表情を見せる。


「大したことはない。熱があるだけだ。」
ふーっといつもより熱い息を吐きながら、再び意識は歪んだ微睡の中に引きずり込まれていく。











キーンコーンカーンコーン...


長い長い学校生活の終わりを告げる鐘が鳴る。
暗黒武術会で死闘を繰り広げた10日間。
この日常の生活は酷く退屈で、長く感じた。


久しぶりに部活に行こうかな...

そんなことを考えていると、ふと見知った気配を感じる。
窓から校門を見ると、幽助がひらひらと手を振っていた。



「よぉ。突然わりぃな。」

「全然大丈夫ですけど、珍しいですね。幽助がくるなんて...。」

相変わらずにかにかと笑っている幽助。
何かおもしろいことでもあったのか。



「聞いて驚け蔵馬。あいつが病気になった。」

「...はい...?」

いきなりの話題で面食らうが、瞬間的に頭がせわしなく働きだす。

病気になって幽助が喜ぶ人物...
喜ぶ、というよりも面白がる。の方が正しいのだろう。
要するに病気になるのが珍しい人物のことか。

自分と幽助の交友関係で共通人物でそれが当てはまるといえば...

なまえか飛影か、幻海さん...のことはあいつとは言わないだろう。
となればなまえか飛影だが、飛影が病気になった姿を他人に晒すとは思えない。
となると...


「なまえが病気?」

俺がそう言うと、幽助がにんまりと笑みを浮かべる。
どうやら読みは当たったようだ。


「今日暇だったからよ、ばーさんとこ行ってあいつに組手してもらおうと思ったんだが

行ったらあいつ熱出してるみたいでよ。」


暇って...学校あるだろうに。と思ったが幽助に言っても無駄なので思うだけにした。


「病気って...風邪か何かじゃないんですか。」

幽助と肩を並べ、歩きながら話を進める。
朝少し積もっていた雪は、すっかり解けてしまっていた。
雪解け水に時折反射する夕日が眩しい。


「いや、それがよ。ばーさん曰く、恋の病らしいんだ。」

「...はい...?」

本日2度目の面食らい。

恋の病?なまえが?



「どういうことです...?」

「俺も詳しくは知らねーんだけどよ。
あのばーさんが言うんだ。間違いねーよ。」
幽助はいつにも増して真剣な顔でそう話す。


「...それをわざわざ言いに?」

「だって蔵馬なら、そんな病治せるような薬作れるだろ?
あ、蔵馬が行けば治るか。」

でも熱、40℃以上あるらしぃしなー


頭の後ろに腕を組みながら幽助は何の気なしに話す。
確かに40℃以上はきつい。
病院に行けば薬を処方してもらえるのだろうが、行くにはあの山を下らないといけないし、なまえの素性のこともある。
病院に世話になんてなれないだろうな。

そんなことを考えていると


「じゃ、俺今から打ちに行くからここでな!」

と後ろ背にひらひらと手を振って幽助は角を曲がって行ってしまった。



俺が行けば治る...か


どうやらなまえの周りにはお節介人が多いらしい。
ふっと笑みをこぼしながら、歩む方角を変えた。












ぼんやりした意識の中、ふと薔薇の匂いが鼻をくすぐる。
あぁ、やっぱり熱で頭がおかしくなってるのだ。

夢うつつで蔵馬の匂いまで再現するなんて...


ゆっくりと重い瞼を開けると、見なれた自分の部屋の天井が見える。
熱のせいか、目が乾燥する。
再び瞼を閉じようとしたその時...


「すまない、起こしてしまったみたいだね。」


鈍い耳にもやんわりと響く声。
ついに幻聴まで聞こえて、いよいよ熱に浮かされたこの頭は相当やばい。

そんなことを思いながら、自然と目が声のする方に向く。


「...くらま?」

これは自分の都合のいい夢なのか、はたまた熱に浮かされている目が見ている幻覚なのか。
どちらとも取れず、そのまま蔵馬の顔を見つめる。


「幽助から君が熱出してるって聞いたんだけど...。」

すっと蔵馬の手が伸びてくる。
自分の額に手を当てているのだろう。
ひんやりとした手の感触を額に感じる。
その感覚に、本当に蔵馬がいるのだなと思うと、少し意識がすっきりとした。


「あぁ...これは酷い熱だね...。」

そう言う蔵馬の顔が心配そうに歪む。


「ただの熱だ。寝てれば治る。」

「...君のことだ。どうせ熱に気付かず普段通り修行してたんだろう。」

そう言って蔵馬は呆れた笑みを浮かべる。


言われてみれば、いつから熱があったのかなんて覚えていない。
師範に熱をはかってもらわなければ恐らく気付かなかっただろう。


「とりあえず、気休めにしかならないだろうけど、これ飲んで。」

蔵馬が懐から薬包紙を取り出す。
のろりと重い頭を上げ、蔵馬から薬を受け取る。
師範が置いてくれていた水の入ったコップがあるので、薬包紙を広げて飲む準備をする。







「...。」

薬の臭いに顔をしかめる。
凄く効く薬なのだろうが、臭いから大体味が想像できる。
そっと蔵馬に目を向ける。


「良薬口に苦し。それ飲んだらすぐに良くなるよ。」

にこにこと答える蔵馬に、つい最近もそんなこと言われた気がするなぁと思いながらも、薬に手を付ける気にならなかった。

もう一度蔵馬を見る。



「...もしかして、飲ませてほしいの?」

そう言い俺からコップと薬を奪い取る。

いや、蔵馬から飲ませてもらって薬がおいしくなるわけでもないだろうに。

そんなことを考えながら、蔵馬を見ていると
何故かコップの水を口に含みだす。



え?



そして薬包紙をそっと広げ、蔵馬はそれを自分の口に近付けていき...




「待て待て待て!なんで蔵馬が薬を飲むんだ!」

そう言い、蔵馬から薬を奪い返す。
蔵馬はごくんと口に入れた水を飲み込む。


「だって飲ませてほしかったんでしょう?」
そう言う蔵馬の瞳がいたずらに細められる。

「一言もいっとらんわ。」

からかわれてたのか。
そう思い、コップも蔵馬から奪還し、一気に薬と一緒に飲み込む。


「...間接キスですね。」


蔵馬のその言葉に思いっきり水と、水に混じった粉末の薬が気管に入りこむ。
そうなると、必然的に盛大に咳き込む。


大丈夫?
そう言いながら、蔵馬が背中をさする。


誰のせいだと思っているんだ。

その意味を込めて、蔵馬の顔を睨もうと顔を上げる。
だが、思った以上に蔵馬の顔が近くにあった。
長いまつげの一本一本が見えるほどに。

その至近距離に思わず固まる。
蔵馬も特になにか動くわけでもなく、お互い暫く見つめ合う形になる。


どくどくどく。
心臓の鼓動がはやくなる。


はっとして、蔵馬と距離を取るために布団に倒れ込む。
すると、乱れた布団を蔵馬がきちんと肩までかけてくれた。


「また明日くるよ。」
ぽんぽんと、頭を撫でながら穏やかに蔵馬は微笑む。

そして立ち上がり、障子を開け
最後に、ちゃんと寝てなきゃだめだよ。と言って部屋を出て行った。

再び静寂を取り戻し、薔薇の香りだけ残した部屋に少しの寂しさを覚えた。












いつもの凛として力強い瞳ではなく
熱で浮かされうるんだ、熟した赤い果実のような瞳。

発せられる声もどこかよわよわしい。


そんな弱ったなまえを自分の中にある野生が狩りたいとうずいた。
あのままなまえが布団に倒れ込んでくれなかったらどうなっていたか。


冬の冷えた空気が、熱くなった頭を冷やしていく。
ふーっと息を吐くと、またたく間に白くなった。


恋の病か...
そんな可愛らしい病気ならなぁ...




再びため息交じりの息を吐く。
煌々と輝く三日月に笑われているような気がした。








Sickness fin.2013.9.29



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