うまくできないたし算
クルンクルンとバトンのように器用に刀を回すなまえ。
身の丈とさほど変わらないそれを、小さな女子が刀身剥き出しで回す様は些か奇妙だと思った。
大人でも刀を抜くのは難しい。
刀の柄だってあの小さな手では握りきれない筈なのに。
たったの八歳。
そんな齢でこの少女はその腕を見込まれ、暗部入りを果たした。
あの夜、一戦交えた時にもその強さは目に見えていたが、同じように任務をこなすにつれ一層身に染みた。
どうやって、一体何をして彼女はその強さを手に入れたのか。
天賦の才など、そんなものだけでは到底身につくものではないと感じた。
日々の努力と彼女の意志が成せたものだと。
ではその強さを何のために手にいれたのか?
それを何に使うつもりなのか?
気付けばそんな疑問ばかりが頭に浮かんでいた。
ひょんなことで弟がなまえを知るようになり、それも手伝ってよく時間を過ごすようになった。
殆ど表情を表に出さず、意志表示もせず、一般の子どもとはかけ離れたものだったが、忍の子だと言われれば納得のいくものだった。
このご時世、孤児も少なくはないし、忍の子はやはり特殊な部分もある。
それは自分自身もそうである自覚もあるし、時たまこういう子どもは里内でも見かける。
それでも納得のいかない"何か"。
何ぞ得体の知れない"何か"が彼女の中にいるような気がした。
「イタチさんは、すごいなぁ。」
クルンクルンと回っていた刀がぴたりと止まる。
あぁやっぱり手が柄にまわりきってないと思いながら、なまえの言葉を頭の中で反芻する。
「何がだ?」
「クナイ捌きは先輩達より凄いし、忍術も色々使えるし…あと、判断力とか洞察力とか色々ですよ。」
そう言われても素直に嬉しいとは思えなかった。
なまえだって、剣術ならその辺の大人顔負けの技術を持っているし、忍術もチャクラコントロールが上手いおかげで少量のチャクラで大きな術を発動させている。
それに咄嗟の瞬発力も感知能力もかなりのものだ。
なまえは俺に足りないものに長けている。
そして幻術は効かず、火遁も水遁で対抗され、写輪眼も体が反応できなければ意味をなさない(何よりチャクラを使わず術を発動してきたりもする)。
そう、尽く俺の力を潰しに来るのだ。
まるでそのために在るかのように。
「私はクナイとか手裏剣みたいに、手から離れる道具は苦手ですね。
火遁だって練り方がわからないし、幻術もからっきし使えないんですよ。」
カチン、と小気味良い音ともに刀は鞘に収まった。
「その歳でそこまで出来れば十分だろう。」
それは本心だった。
これ以上強くなってどうするのだ。
その力を何に使うつもりなのか。
心の中で幾らそう問うても、もちろん答えは返ってこない。
「イタチさんは…どうしてそこまで完璧な忍になろうと思ったんですか。」
心の中で問うたものと類似した問いがなまえの口から零れた。
"この世から争いを無くすため"
自分の頭の中で即答する。
だがこの答えを素直に返す気にはなれなかった。
「別に俺は完璧な忍なんかじゃない。
まだまだ非力だ。」
これも本心だった。
まだまだ足りない。
あの日決意したものを実現させる程の力が全く足りない。
なまえを見ていると更にその思いは増すのだ。
「イタチさんで非力じゃ、世の中の忍なんて殆ど使い物にならないですね。」
そう言いながらいつの間にやら出していたクナイは、的目掛けて一直線に飛んでいく。
ただのクナイじゃない、風の性質のチャクラを纏ったクナイだった。
「そう…なれればいいな。」
世の忍が使い物にならない程の力…当たらずも遠からず、そんな力を持った唯一の存在になることを目標にしているため、
なまえの言葉はほんの少し心を揺すった。
「でもそうなってしまえば、忍は世の中から消えて隠れ里も無くなりますね。」
それも目標の一つだった。
最終的には忍が世の中からいなくなれば、戦争はなくなるのだから。
「忍の次は何でしょうね。
また侍が世を謳歌するんでしょうか。」
その言葉は、酷く心を揺らした。
「そこまで…考えたことはなかったな。」
そう素直に言うと、なまえは珍しく目を丸くしてこちらに振り返った。
「意外ですね。
イタチさんは何でもかんでも予知してるのかと思ってました。」
「俺は予知能力者でも何でもない。
…お前と居ると、勉強になるな。」
そう言うと、やはりキョトンとした顔をする。
そんな子どもらしい表情に、思わず小さく笑いがこぼれた。
お前にあって俺にないもの。
俺にあってお前にないもの。
もっと早くに互いのものを合わせていれば、
もしかしたら何かが変わっていたのかもしれないと
今更になって思うよ。
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