うつくしいもの
 


「うつくしいものを見ると、悲しくなりませんか?」

桜の花びらが春の風に舞い散る中、そうこぼすとイタチさんがこちらをすっと見る。
そして何かを考えるように少し、眉を寄せる。


「悲しい…?感動ではなくか?」

「悲しい…というより、虚しくなるの方が正しいですね。」

そう言うと、イタチさんの感性にはピンと来ないのか、満開に咲き誇る桜を仰ぎ見る。


桜色とイタチさんの漆黒のコントラスト。
風に吹かれてキラリとなびくぬばたまの髪。
その繊細な横顔も。


うつくしい、けれども胸にポッカリと穴空く感覚。


夏の真っ青な空と、秋の鮮やかな紅葉も、冬を彩る新雪も。

同じように、見ていると虚しくなる。




暫し、2人の間に言葉はなくなる。
ただただ、溢れんばかりの桜の花を見つめる。


どんなにこの景色を頭の中に焼き付けようと、必ず記憶は薄らいでゆく。
例えまた来年同じこの場所で満開の桜を見たって、今この瞬間と同じ気持ちにはなれないのだろう。


それが、虚しい。
これ以上の感動を味わえないのなら見なければ良かった、と後悔するのだ。



「…"うつくしいもの"は、なまえにとってとても尊いものなのだろう。」

イタチさんを見れば、変わらず桜を見ていた。
漆黒の瞳が、チカリチカリと淡い桜色に染まる。



「きっとそれが、変わらず在るものではないと知っているから、虚しいと感じるんだろう。

ある意味、執着心の類かもしれんな。」

ずっとそれを見ていたい、同じ気持ちでいたい、という執着心。


そう言われて納得した。

夏の真っ青な空は日毎に変わり、秋の鮮やかな紅葉は冬の訪れと共に枯れ、冬の新雪は数時間後には土と混じる。

春の満開の桜はまさに一瞬で散る。


イタチさんは…





キュッと、心臓が縮む。


頭に少しの振動が伝わる。





「俺も…お前を見ていると、同じ気持ちになるよ。」


その言葉に顔をあげれば、髪についた花びらをとってくれたのか
イタチさんは一枚の花びらを風に乗せていた。

こちらをみたイタチさんは私が間抜けな顔をしていたのか、ふっと柔らかく笑む。



そろそろ任務の時間だ。



そう言い、桜の木に背を向け歩き出したその背を追いかけたのはいつだったか。



それは忘れたが、今は満開の桜を見ると、夏の真っ青な空を見ると、秋の鮮やかな紅葉を見ると、冬を彩る新雪を見ると

何故か懐かしく思うのです。



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