今日は一日中雨だった。

お天気お姉さんが沈んだ表情で、強い雨が降る。と、テレビの向こうで言っていた朝を思い出す。

時刻は23時。
お風呂を上がり、ソファーに座ると悟空が「寝ちまうとこだった」なんて言いながらのそのそと起き上がった。

構わず、テーブルに置いていた携帯をチェックする。不在着信無し。メールも無し。

細いため息を溢したら、悟空と目が合った。「なによ」なんて訊く間もなく、すぐに悟空は大きなあくびをしながら、背伸びをしていた。

暇が出来ると、私の部屋に遊びに来る悟空は、22時を過ぎると眠くなるらしく、大抵、私がお風呂に入って上がる頃には、いつもうとうとしていた。

暇が出来た時と言っても、気紛れなもので、一週間連続で私の部屋に遊びに来る事もあれば、軽く一ヶ月や三ヶ月、間が開いたとしても顔を見せない事もある。

見かけは大きな犬だけど、この生態はまさしく愛想のいい野良猫だ。

実際は、愛想のいい野良猫なんて見た事も無いけど。

視線を悟空の横顔から、自分の足元へと移した。

ソファーに両足を乗せて、足の指に力を入れ、広げ、綺麗に塗れたペディキュアを眺める。

親指から順番に、ピンク、イエロー、グリーン、オレンジ、ブルー。

「そんなに足の指広げられんなら、おめぇ足でジャンケン出来んじゃねえか?」

「やってみよっか?」

「いーや遠慮しとく。つーかすんげぇ色してんな。特にこの黄色が」

隣に座る悟空は、そう言いながら私の人差し指を触った。

「足の人差し指って触るとさぁ、なんで中指触ってるみたいな感覚になるんだろ」

「ふーん。そんなもんか?」

私の話しは大して興味が無いみたいで、またすぐにソファーに沈んだ悟空の身体。

寝転ぶ悟空の大きな身体のせいで、私はソファーの隅に追いやられてしまった。
だから、冗談で悟空の身体に跨がり、馬乗りになって、首を絞めながら言ってやったの。

「どうすんの」

「うーん」

「そろそろ帰る?」

「なんか面倒くせー。雨降ってるし」

軽く首を絞めた所で悟空はびくともしない。それどころか、また寝ようとしている。


プルル───


その時、何の飾り気もない単調な着信音が部屋に響いて、慌てて悟空の身体から飛び降りた。

携帯を開くとメールが一件。

送信者は、私が何週間も連絡を待っていた男。
メールの内容は『暇。うち来いよ』だった。


簡素なメールは、もはや相手の気持ち、思いや考え、そして表情すらも読み取る事が私には出来なくなっていた。

本当に勝手で、こっちの気持ちなんて一切無視。何週間も放置しても強気な態度。それが私と男の主従関係を表している。


「暇。うち来いよ…?」


背後から声がして、振り返ると悟空が携帯を覗き込んでいた。

慌てて携帯を閉じる。

「私出掛けるから、ついでに悟空も送ってくよ」

肩に乗せていたタオルを取って、チェストから車のキーを持ち出し玄関に向かうと、悟空が大きな声で笑った。

「おめぇ、まさかパジャマのまんま出掛けんのか?髪だってまだ濡れてるし。風邪ひいても知んねぇぞ」

そう、パジャマのままの私。髪だってまだ乾かしていない。

でも、早く会いに行かなきゃ、もう会ってくれないかもしれない。

まだソファーでのんびりと寛ぐ悟空を見て、少しだけ苛々としてしまった。

「行くよ」

言いながら玄関を開けると、三流ドラマみたいな、嘘くさい大雨が降っていた。



*****

高速に乗って車を走らせる。雨の日の運転は自信が無かった。道路が反射して視界が悪くなり見辛い。

悟空は、おとなしく助手席に座っていた。嫌がる悟空に無理矢理シートベルトを着けさせたから、彼の横顔は何となく機嫌が悪いように見える。

気分を変える為に、ラジオをつけた。フロントガラスを叩く雨粒の、大きな音にかき消されないようにボリュームを上げた。

深夜にも拘わらず、DJが軽快な口調で話している。


気がつけば、ラジオから曲が流れていた。甘く切ないようなメロディーにハッとする。運転に集中していたから、曲紹介が頭に入って来なかったんだ。

これは私の大好きな歌。

「私ね、この歌好きなんだ」

全く興味を示さないような悟空は「へぇ」と、ただそれだけ言った。

叶わない恋の歌。
悲恋感たっぷりの歌。

切ない歌詞が、まるで私の事のようで、飽きもせずに何度も何度も聴いた。

「なんかさ、この歌が私にピッタリって感じがして」

「ふーん」

チラッと悟空を見れば目を閉じていた。シートは大きく後ろに倒し、両手は頭の後ろで組んで。

悟空は私の事、呆れてるんだろうな。パジャマで素っぴんで、髪の毛も半乾き。

車の中に漂うシャンプーの香りが、何だか余計、虚しい気持ちにさせた。

高速を降りて信号待ちをする。雨脚は強くなる一方だ。

「雨止まないね」

話し掛ければ、短くても返事はあったのに、悟空はとうとう返事すらもしなくなった。

ラジオのボリュームを下げると、ウィンカーの音が聞こえてくる。


カチカチカチカチ───…


「なぁ名前」

「ん?」

「おめぇ、痩せたか?」

ボリュームを下げたラジオから、再びDJの話し声が小さく聞こえる。

『この曲は映画でも使われ…』

知ってる。評論家が、B級映画でもヒロインがとても魅惑的だった。と、絶賛していたから。


「痩せたかな?」

「あぁ」

「変…かな?」

「いや。そういうんじゃねぇけど」


悟空と喋っているのに、頭の中では全く別の事を考えてしまう。


悲しい歌でもピッタリにハマる女優にもなれない私は、三流ドラマのヒロインにもなれないし、B級映画のヒロインも気取れない。

「そんなに辛いんならやめちまえよ」

嗚呼、カッコ悪い。情けない。悟空に言われた言葉が胸に刺さった。




ぼーっとしていると、突然大きなクラクションが聞こえた。

どうやら信号は青に変わっているらしい。後ろの車が、私達に痺れを切らして鳴らしたんだ。

「もう青になってんぞ。おーい、名前ー?」

悟空の声も聞こえるけど、顔を上げられなかった。思わず、ハンドルを握る手に力が入ってしまう。

「やっぱ行くの止めるよ」


やっと出た言葉はそれだけ。

ザザーッと雨の音が更に大きく聞こえる。一旦、車を路肩に寄せて停めた。

「い、一応行けなくなった事をメールしとこうかな」

この期に及んで、まだ未練がましい私はポケットから携帯を取り出した。

けれど開いた瞬間、もう一度パチンと、悟空の手に寄って閉じられてしまった携帯。

悟空の顔が暗闇の中でも近いって分かる。

「さっきからそいつ。どうしても会って、ぶん殴ってやりてぇ。って考えてた」

「え?」

まだ濡れている髪を優しく撫でて、頭の後ろをぐっと支えた大きな手。

一瞬、キスをされるのかと思ってしまった。息を呑むと、心臓が大きく弾む。こんな事をされると、ドキドキしてしまうっていう事を、彼はまるで分かっていない。

「だから行け」

「……」

「行け」

低く掠れた声と、真剣な眼差し。いつもの能天気な悟空とは違い、あり得ない程に威圧感が漂っていた。有無を言わせないような、そんな感じ。

交差点を曲がってきた車のヘッドライトが、雨のせいでユラユラと私達の車の中に光を差し込む。

その度に見える悟空の瞳が、本当に真剣だった。

「返事は?」

「は、はいっ!」












「まったく、夜中に女呼び出すような男にロクなもんはいねぇぞ。オラが分かんだから、そんぐらいおめぇも知っとけよな。くっそー、さっき名前ん家出る時にオラが飛んで行けば早かったのに。しくった。まじで腹立ってきた。名前、運転代われ」

「いいよ…大丈夫。だって悟空免許持ってないし」

「そうか、そうだった」

横目で見ると、悟空から屈託のない笑みが溢れた。それだけで、気持ちが軽くなったのも事実。

「言っとくけど、オラはおめぇの事がずっと好きだった。色々と、言うタイミング逃しちまったけど」


ラジオから、男性シンガーの甘いラブソングが流れ、思わず頬と口元が弛んでしまったのが分かった。


恥ずかしくて、凄く恥ずかしくて、雨の音で聞こえないフリをしていたら───…、


「愛してっぞー名前ー」


とても大きな声が聞こえて、日付が変わる頃、どうやら私は新しい恋に落ちてしまったようだった。


キスはそのあとで
(さっき悟空にキスされるかと思ったよ)
(あ、)
(え?)
(あっぶねぇ。腹立ち過ぎて忘れるところだった)



END


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悟空…、どうしてminamiさんの書かれるサイヤンは皆かっこいいんでしょうか。怒ってる悟空を想像してニヤニヤしていた私はなんなんでしょうか。(知るか
こんな素敵なゆめを書ける方と相互して頂けただけで奇跡です((゜゜;;
恐れ多いですが、これからも何卒こんな馬鹿と仲良くしてやってください^^

相互記念ありがとうございました!