嗜虐的弾丸論




3.彼等の1人は酷く甘党であり同時にサディストである




兎のような色をした隻眼の青年が大広間でお茶をしていると、黒髪の青年が紙の束を片手に話しかけて来た。黒髪の青年――アリスの表情がこの時途端嫌な顔に激変した理由としては、話しかけた青年、つまるところ名前をラビと云うが、彼が紅茶に砂糖菓子とミルクを大量に入れていた事、そして紅茶の横には大きな苺のケーキと幾多ものマカロンが転がっていた事にある。アリスは甘味は嫌いではなく、寧ろ好きに大を付けても支障がない程なのであるが(尤も彼は男らしくないと思い隠しているので、この事実を知るのは当人だけである)、この光景には甘過ぎて吐き気がする、と舌を出した。糖尿病予備軍の彼の味覚や嗜好は理解不可能である。

「お前に仕事」
「本官?」

これが内容だとアリスに出された書類をキャラメルを舐めながら受け取ると、故人の住所へと目を通したラビは露骨に厭な顔をすると云うよりは、呆気に取られたと云うか、惚けたと表現する方が適切な顔をした。包帯で隠れてない側の左目を幾らか瞬かせ、腰に手を当ててラビが「了解した」と云うのを待つアリスに向かって、

「此処は今、治安が悪いと大層な噂じゃあないか」
「だからお前なんだろ。ケイティとかは行かせられんからな」
「…」

何を当然な事を、とでも云わんばかりのアリスにラビはケイティを頭に浮かべる。同じ5使である彼とは話す事も多々あるが、銃を持たず丸腰の状態で武装した彼と喧嘩しろとでも云われたら、生憎勝てる気はしない。彼の殴るだとか蹴るだとかの単純な力は愛くるしい見た目を裏切って恐らく此処、白兎では疑うことなく堂々1位であろうからだ。最強最恐の女王様であれ、当然勝利の目は皆無である程。
そんな訳でケイティを行かせられないとのアリスの言葉には色々と突っ込みを入れたくなるのであるが、ラビはそれを止めといた。彼は見た目と性格を重視し過ぎではと思ったが。

「あ、あー…。後な、その場所は」
「うん?」
「その。何だ、お前のような節操なしや色魔が好くような、だな」
「………」

散々な云われ様であると思いながら、あながち間違ないでもないので否定をせずにアリスの次の言葉を待っていたが、彼はと云うと吃りながら視線を床に落としたり横を気にしたりして、中々続きを云わない(この場合は云えないのだが)。顔もほんのりと赤らめた彼にラビが首を傾げると、大体粗方を今ので察してくれるのを期待してたらしいアリスは、苛立った様子でラビのシルクニットタイを乱暴に己の方へと引っ張った。そして必然的に至近距離になったラビの耳元で、周囲に聞こえぬような小さな声で、

「…ッ売春宿が多いんだよ」

そう耳打ちすると、ばつが悪い顔をしてタイを離し、顔を戻して距離を保った。ああ、と納得してラビがアリスの顔を見ると頬が紅潮しているのが伺えて、どれだけ純情なんだかと思わず揶揄したくなったのだが、そんな事を云うと腰の日本刀で叩っ斬られてしまいそうであるし、その前に兎も角!とアリスがラビの胸元を有無を云わさぬ勢いで指差したので、ラビは何も云えなかった。

「絶対そんな所に泊まったり、遊んだりすんなよ。億が一したら、」
「したら?」

大体予想は出来たが、鋭利な目を更に鋭くさせて改めて本気の顔で云うものなので、ラビはこれは肝に銘じなければならない、と踵を返してその場を後にする彼の背中を見ながら強く思った。

「白兎から永久に追放する」






仕事では戦車を使うなと以前釘をさされてしまったし、場所は眩暈がする程遠くもなかったので、ラビはそこに蒸気バスで向かう事にした。ラビが乗車したのは真っ赤な蒸気バスである。
死化粧も依頼内容の一つなので片手に持つ黒のトランクの中に化粧道具を入れて来ている訳なのだが、コットンとウールを織り込んだジャケットを着こなす優れた容姿は実に魅力的なのか、何処から来たのだと女性に話しかけられてはトランクの中身を尋ねられる。仕事のものがと答えると、そうなのとウットリと魅了された目で見られた。
そうこうしてる内に時間はあっという間に過ぎて行き、目的地に到着した時にはもう夜になっていた。何処に宿泊しようかと見慣れぬ土地であるそこらを見回すと、アリスが云っていたように、男が女の肩を抱きながら、煙草の強力な匂いを放つ口で軽々しい口を叩き、世界の主人公にでもなったかのような態度でいるのを見る。ラビとしては別に売春宿で泊まっても何ら不都合はないのだが、白兎から追放されても困るので、何処かに普通の宿はないかと首を動かした。

魅惑的な女性が誘う通りを適当に歩きながら(身体を密着させ甘えた声を出した女性の頬に触れ髪を弄りはしたがそれ以上の、例えばキスなんかはしなかった訳であるし、その後あしらったのでこれらは遊びではないと考える)そこらから離れた場所に漸く普通そうな宿を見付けた。素朴な外観をしたその中を伺うと、先程の周囲のざわめきが嘘のようにがらんどうであり静寂である。客足は向こうに取られているのかと思っていると、カウンターの向こうに居る店主と木のテーブルを水で濡らした雑巾で拭く店主の娘がラビを見た。店主がおお、と客の姿を見て喜んだ顔をする。

「一晩泊めて頂きたいのだが、大丈夫だろうか」
「おおよ、あたぼうだ。入れ」
「助かる」

まあ他の客も居ない事だし先ずは座れとカウンターを指差され、ラビは云われるがままに1つの席に着座する。先程の身体を売る女性達とまでは行かぬものの、それでも中々どうして色香のある豊満な女性がスカートを靡かせながら何を呑む?と意味ありげな笑顔で尋ねたので、何があるのか聞いた。

「そうねぇ、ビールとポーターと林檎酒…、後、坊や向けの砂糖の入った甘々ホットミルク」
「ではミルクで」
「…。お客さん本気?」

冗談で云ったものを注文された娘は怪訝な顔を示したが、至って真面目だと返されると肩を竦め、それでも用意しようとその場を後にする。店主が大きな口を開けて豪快に笑い、何か食うかと云うものなので、何でもと返せば茹でた野菜とじゃがいもを出された。出されたフォークでそれを口に含むと、店主が己の髭を触りながら、

「アンタ、元軍人さんか何かか」
「?」
「貴方のその腰のものよ」

温めたミルクをはい、と置いた娘に指で指されたのは腰のホルスターである。それから右目の包帯も気になったと云われると納得して差し出されたミルクを呑み、もう少し砂糖が欲しいと云えば太るわよ、と正論を返されたので仕方なしにそれを呑む。物足りない感に好きに砂糖を入れられる白兎が早くも恋しくなった瞬間だ。無論、アリスには結構な頻度で注意をされるのだけど。

「ああ」
「何処の軍だ」
「コーカス軍」
「銃の扱いとなるとぴか一の軍か。あれだな、白の髪と赤の瞳の、運動能力の優れた少数民族で固められてんだろ」

よく知ってるだろと云わんばかりに歯をむき出しにして笑顔を見せる彼に頷いて肯定を見せると、やっぱりな!と誇らしげな顔をされた。軍が著名なだけに有名な話であるのだが、そちらには興味もなく精通をしてない娘がパパってばよく知ってるわねと云うと、威張ってまあなと返した。ところで茹でた野菜はそこまで美味しくなく、野菜ばかり食べるケイティが此処に居てくれたらと密かにラビは思った。


「…でも、軍を潰されたってな。まさかとあん時は耳を疑ったぜ、戦争にもコーカス軍が残ってたら、さぞ状況も変わってたろうになぁ」

少なくとも文明が退化だとかふざけたことにはならなかったろう、と店主が溜め息混じりに云うと娘が「潰された?」と眉を顰めた。店主が煙草を胸ポケットから取り出して頷く。それを咥え、カウンターに常備されたマッチを擦って火を点した。煙草の煙が出るとラビがぴく、と一瞬だけ厭な顔をしたので、気が付いた店主が煙草は苦手かと尋ねると一瞬躊躇って、それでも肯定した。店主は悪ィと云うと、水の入ったコップの中に煙草を迷わず突っ込む。煙草が苦手な客は少なくはないのだろう。

「よくは覚えてねぇが、当時のあの騒ぎは凄かったな。何かの鎮圧に向かった指折りの1軍だけでなく、基地に残ってた2軍以下と、デスクワーク派の中央本部の全員が惨殺されたと」
「でも、」
「生き残りさんが居るたぁ驚きだ。その右目はその時にでも――」

そこまで云って客であるラビの顔が曇ったのに気が付いて、店主はしまったと口を手で覆った。沈黙がもたらされたのを困った風に視線を動かすと、時計が深夜を指している事に気が付いた店主はこれ幸いとばかりにわざとらしく手をポンと叩いて、

「あ、ああ、もうそろそろ部屋に移動した方が良いかもな。2階だ、ベティ案内しろ」

ベティと呼ばれた娘はラビの荷物を持つと云ったように右手を出したが、ラビは軽いから大丈夫だと答えた。そう、と素っ気なく返したベティは軋む木の階段を先導するよう上がり、2階へ到達してから数個ある内の1番奥の部屋の扉を開き、中に入るよう促した。その中には簡易なベッドと服を掛けるスペース、小さな窓とカーテン。小さな棚の上に鞄を置いたラビを見て、ベティは右手の人差し指で室内にある左の扉を差して、

「シャワーは此処」

また解らない事があれば私は隣の隣の部屋だから来るようにと云って、彼女は胸までの巻かれた髪を揺らして部屋を後にする。1人になったラビは肩を下ろし、黒色のニットタイを緩める。棚の上に小さな鏡がある事に気が付いて、その中を覗き込んだ。顔の右側に巻かれた包帯をじっと見て、ピアスの沢山開けられた耳に視線をやる。
直ぐに視線を鏡から逸らし、タイを全部解くとベッドの上に投げた。それからシャワー室に入った。




「ベティよ、開けて」

数回のノックの後、扉の向こうから声が聞こえてくる。ラビは壁に掛かった時計を見て、もう夜更けも夜更けなのを確認する。こんな時間に来訪かと疑問に思いながら扉を開けば、そこにはネグリジェ姿のベティが立っていた。彼女は人差し指を口の前に立て静かに、と云うと中に入って扉を閉める。薄暗い部屋の中で性急に抱き着かれたと思えば誘うように細い指で首筋を触られて、熱の籠ったまなざしで見られるものなので、ラビは彼女が来た意味を理解した。

「良いでしょ」

朱唇を動かされラビは彼女の頬に右手を添えたけど、そこで黒髪の青年を思い出す。彼に今朝云われた白兎から追放の言葉。実際遊んでも何もしなかったと云えば恐らく通用してしまうし、疑われはしようも実際に追放される事もないのだが、あの気炎の宿った瞳は何でも見透かしてしまいそうであると思うし、日本刀を首に突き付けられ真偽を尋ねられては嘘を貫き通せる自信もなかったので、ラビは彼女の頬から右手を離す。どうしたのかと目で訴える彼女に、

「悪いが、相手は出来ない」
「どうして。可愛い彼女でも居るの…。バレないわよ」
「ああ。バレないだろうが嫉妬深い」

アリスがこの場に同席していたら誰が恋人で嫉妬だと冗談でも本気で怒って厭がったろうが、それを知らぬ彼女は不可解そうに目を不機嫌なものにした。次いで貴方ってばツマらない男ねと云われるものなので、ラビは小さく苦笑を見せた。





ラビが襲撃されたのはそれから2時間後の事である。襲った相手は確かにベティであって、彼女が可愛い姿でもう一度誘惑してくるのであれば未だ良かった訳なのだが、彼女が幾ら可愛いネグリジェ姿でも、大きなバッファローの頭を被って両手で斧を振り回してくるような悪夢のような光景を見せられては全然良くない。ラビは勿論動揺を見せたが、斧を振り回す彼女がベッドにも傷を付ける程の本気を見せるので、ホルスターからH&K社のUSPを取り出して躊躇せずトリガーを引いた。斧に当たると耳を塞ぎたくなるような大きな音がして、ベティが怯む。もう一度斧を撃つと只でさえ重たい重量に加え振動が来ては持ち堪えられるべくもなく、彼女は斧を落とした。
すると今度は彼女はガーターベルトに差したナイフを持ち、ラビとの距離を縮めてラビの首元にナイフを振り翳す。そのナイフをラビは銃身で防いだ。ぐぐ、と力を込めながら銃身を外側に向けると彼女のナイフは彼女の手を離れ、床へと弾かれる。舌打ちしてベティは間合いを取った。

「最近の女性はこんなにも過激なのかい?」
「貴方が私を抱かなかったからよ。そうしたら貴方、死なずに寝てる間に鞄を失うだけだったのに」
「鞄」
「見たところお金がありそうだもの、中には幾ら入ってるの」

そこで彼女の目的が強盗であったことを理解して、どうせそれでも盗まれる事はなかったろうが一応アリスに感謝する。ラビが油断したように見えたベティはもう一本ナイフを取り出すとラビの腹部を目掛けたが、ラビはそれを受け流して彼女を後ろから抱き締めるような体勢を取り、拳銃を持ったまま利き腕である左手を彼女の首に回し、右手で彼女の右手を捻り上げた。少し拘束を強めると彼女の手からは呆気なくナイフが床に滑り落ち、首を絞められる側の彼女は苦しげに呻く。息をさせる為にラビが拘束を緩めた時、幸いとばかりに彼女は大きな声で父親を呼んだ。

刹那ボウガンを構えた店主が扉を破って入って来たが、そこで彼の動きが一瞬止まる。軍の事情も幾らか知っていれば武器の知識も多少なりともある彼は、故にラビが持つH&K社のUSPはドイツで軍用・警察用として製造された基本性能がとてつもなく高い自動式拳銃で、ドイツ連邦軍の制式拳銃としてや日本警察の特殊急襲部隊、又韓国海洋警察特別攻撃隊にも採用されている事を知っていたからである。
だが彼はどうせふぬけた軍人である相手は撃ちはしないと踏んだのか、抱き締められる娘の状況も問題にせずボウガンをラビの頭に発射する。あの大きさでは銃身では到底防げないと思ったラビは、窮屈なベッドと壁の間に立つこの状態では避ける行為は状況を不利にすると判断し、棚の鞄を迷わず取るとそれを盾のようにしてボウガンを防いだ。

「あ」

がシャンッ。貫通したボウガンが中の物を貫く厭な音がして、ラビは思わず声を出した。ベティは中に高級な何かが入ってると期待していたのか悲鳴に似た声を出し、お金目的であった男もまたぎゃあと叫ぶ。ラビは中の物は大したものでもないと気にはしなかったが、アリスに怒られる、と溜め息を吐きたい心情の元で小さく呟いた。そして左手の拳銃を男の手元に向けたかと思うと、迷わず狙撃する。男が悲痛な声を出すと同時鮮血が辺りを舞い、男の手のボウガンは音を立てて落ちる。ベティが叫ぶがそれを気にした様子もなく、ラビは今度は彼の足に向けて、

「次、許可なく動くと撃つ」
「はんっ、何だ脅し…っぎゃああ!」

空薬莢が飛ぶと同時に銃声が再び鳴り響き、ナイフを構えようとした男はその場に崩れた。撃たれたのは先程の手元と今の足だけであったので致命傷ではないのだが、今まで自分達が撃たれたことはないのか、ベティは父親の名前を必死に呼んだ。ラビは彼女の頭をストックで殴打し気絶させ、力をなくした彼女の身体をその場に横たわらせる。
鞄を開けてみると、最早使い物にはならないであろう乱離骨灰した化粧道具達。解ってはいたものの気を重くしながらラビは鞄を閉じ、呻きながら苦しむ男の側を通り過ぎる。男が声に出すのも憚られる単語を口汚なく出してラビを罵ると、ラビは振り向いてもう一度彼に拳銃のマズルを向けた。男は息を呑んで硬直し死を覚悟したが、ラビは拳銃を発砲することなく下ろすと口角を上げ、それから部屋を出て行った。
汗を滝のように流し心臓を鐘のように大きく鳴らした男が見たラビの最後の顔とは正真正銘のサディストの表情であり、男はもうこんな真似は辞めよう、と思った。





1階の電話を使って電話をかけると出たのはクイーンであり、アリスに代わって欲しいと云えば数秒後にアリスが代わる。そうしてどうしたと聞く彼にラビが数言云うと、

『…。何しに帰って来るって?』
「壊れた化粧道具を替えに」
『ああ解った。斬られに帰って来るんだな』
「わざとじゃあない。浮気もしなかった事だし許してくれ、愛してるよハニー」
『許す訳ないだろダーリン。第一浮気しないのは当然だ』

冗談のやり取りも恐ろしく思える声色、乱暴に切られた電話。受話器を見るとそこからはもう応答はなく、ラビはおっかないと肩を竦めながら受話器を置く。そこで思い出したように、他の場所に電話をした。状況の詳細を聞こうとする相手に此処の住所と怪我人が居るから迅速に来るようにとだけ伝え、ラビは受話器を置いて電話を切った。
それから彼等が来る前にと宿屋を出る。未だ深い色をした夜の暗さを目で見ながら、アリスに日本刀を突き付けられないようにとそっと願った。



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