拉致、誘致U




白兎内部、大広間。
豪奢なシャンデリアが耿耿たる光を放つ中で、成行きで此処まで連れて来てしまった少女を今後どう対処すべきかと、クイーンは頭を悩ませた。少女は何も喋る事なく、ラズライトのような瞳を好奇心の赴くままに(無論、表情の1つも変えはしなかった)広間の壁に貼られた新聞記事を見た。戦禍を熟熟と述べたものや、何処の国が何の兵器を開発した等、少女は未だ幼かった故によくは解らぬ戦争に関したものである。興味をそそられなかったのか、少女はテーブルを囲んで話す先程の青年らを見渡した。

「彼女の親にどう連絡しよう」
「まさか亡くなられてたりは、しませんよね」
「今は未だ何とも云えないが、有り得るかも知れんな」

女の子のような顔をした少年、哀婉さを漂わせる青年、兎のような色香ある青年と皚皚たる清廉さの少年、絵本で登場する王子のような青年の全員を桜色の唇を閉じながら確認した少女は、迷う事なく日本人の青年の側へ寄り、ちょこんとの擬音語がピッタリの動作で足の間に座を構えた。アリスが驚いたような目をしたままグリムと目を合わせると、懐かれましたかねえと優雅に微笑ましそうに笑われる。

「…君は双子と云い、何、子供に好かれるタイプなの?」
「や…、大抵俺、目付き悪いから逃げられてた筈なんだが…」
「子供には大抵ラビが懐かれるでありんすけんど」

ケイティにそう云われ、試しとばかりにラビはポケットから取り出した苺味の飴をちらつかせ、こっちにお出でと声をかける。少女はラビを見たものの、数秒でそっぽを向き、アリスと向き合うや否や彼の服を強く握って抱き着くように身体を密着させた。子供の扱いを存じぬアリスは大層困ったが、それでも大日本帝国に置いて来た妹のようであった存在の少女を思い出しながら、取り敢えずと頭を撫でてみた。

「おわ、髪質天使みたい…」
「…。可愛いのは解るけど、癒されるだけじゃ駄目でしょう」

せめて名前を聞くだとか、とクイーンが発言をする前に、金の把手が回る音がする。そこから入って来たのは先程まで血戯えしてたとは思えぬ程の清々しい顔をした純粋無垢を装ってみせる双子であり、椅子に座るアリスの姿を見るなり『アリスたん遊ぼーっ!』と声を高くして走り寄ったのだが、彼に擦り寄る1人の同年代の少女を見て、

「わ、わわあ…! どどうしようドルディー、ライバル出現だよお!」
「本当だよドルダム、ドルディー達でさえアリスたんの足の間に位置したことはないのに…!」
『アリスたんの浮気者お!』
「…。よし、お前ら同い年なんだしこの子と遊んでやってくれ」

アリスの言葉に双子は唇を尖らせたが、素知らぬ顔をしてアリスは少女を下ろす。双子が威嚇するのではとクイーンは懸念したが、双子は自分達以外の子供を白兎では見ないからか、笑って一緒に遊ぼうと話しかけた。すると少女も縫いぐるみを抱き抱えたままコクリと頷いて、双子は少女の腕を引っ張り再び扉から消えて行く。それと擦れ違いに入って来たのはジャバウォックである。レモン味の風船ガムを膨らませながら、赤色のiPodで埋まってない側の右手を陽気に上げて、ヘッドフォンを装着したまま、

「5使勢揃いで話し合い?」

呑気に大きく首を傾げて聞く。アリスがまあと適当に返事をすると、その態度は冷たい!と不満げな様子でジャバウォックは彼を指差した。そのような彼をグリムは普段の温厚な態度は何処へやら、不機嫌そうな顔を隠すこともせず腕を組んでいるが、そんな態度をされる側の本人は気にした様子もなく、笑顔で髪を掻き分けながら、

「お兄たん、さっきの子が誰か思い出しちゃったー」
「…! だ、誰だ?!」
「聞いたら驚くよきっと。うん、連れて来たのは良い選択だった」

まるで焦らすように質問に答えない彼を見て、勘の良いアリスはもしやと思いつつ、「金が要るのか?」と尋ねた。グリムからの嫌悪感丸出しの視線が突き刺さるにも関わらず、悪びた様子も見せず「当ったりー」と嬉しそうに右手の指で銃の形を作ってみせる。
『情報料』は幾ら、と頬杖を突きながら尋ねるクイーンに、流石話が解るねと云いながら、右手で数字の『4』を作ってみせた。

「40ストロ…? 否、400…」
「ぶー。4000ストロ」
「千ッ…、ほ、法外だろそれは!」

だって日本で新しいコンポが出たって帽子屋が云うから買いたいしー、と宣う彼を叩きのめしたい衝動に駆られグリムは握り拳を作ったが、それを見たのは生憎ケイティだけである。
それなら買わんとアリスは云うが、ジャバウォックは金蔓を逃したくないのか顔を不平不満と歪ませた。
そうしてコロリと直ぐに笑顔に切替えて、それを云ってから「また必要になったら放送室に来てね」と手を振って出て行った。彼の以下の言葉で、アリス達は少女の解らぬ正体を更に悩む事になる。

「でも。それだけの価値は、あると思うよ?」







「それだけの価値は、ありませんでしたよ」

翌朝。玄関から新聞を取って来たグリムの声は、忌み嫌う昨日のジャバウォックを思い出してはまた不機嫌になったのか、少々刺のあるものだった。そして新聞を持ったまま、アリスの前に腰掛ける。彼の席には先程淹れたローズヒップが置いてあり、それに上品に口付ける。マイセンのカップをグリムが置いたところで、アリスはどういうことかと尋ねた。

「これをご覧頂ければ分かりますが、彼女は■■国の大統領の娘です。一面記事ですし、有名な話ですね。新聞は1ストロもしないのに4000ストロだなんて」
「どれ…、ああ、本当だな。話題は知ってたが、写真は初めて見た」
「私もです。どうやら表にはあまり出てなかったようですね」

目を通した記事によると、小さな国の■■国で大統領が暗殺された。犯行動悸も犯人も未だ不明であり、だが現在の政情は大変不安定であるので、これから或る政策で国の復興を図ると大々的な彼の宣言に期待を寄せていた国民は戸惑いを隠せない。そんな時に警察の聞き込みで秘書により娘が大切なことが書かれた紙を渡されていたとの事実が新たになった。国民が娘のそれに政策が書かれた紙ではないかと騒ぎ始めたが、そんな中で娘は行方不明。

「…昨日の男達は暗殺側の奴等か?」
「恐らくは」
「名前…、…キャンディ。…キャンディちゃん?」

変わった名前だなと呟いたところで、大広間にクイーン達が入って来た。グリムが少女について説明を始めると、一同は納得した顔を示して、ならば■■国へ返すべきであると云う。だが、政情の不安定な今、わざわざあちらから派遣を送って来てくれるかは謎であるし、暗殺側の者達が来てもことである。
自分達があちらまで送り届なければならない事を察したクイーンは、中々大きな問題に首を突っ込んでしまったねと溜め息を吐いた。

「国は近いから良いとして、大統領って大統領官邸とかだよね。僕達がキャンディちゃんと一緒に歩いてくと警備に撃たれたりしない?」
「…、有り得るな」
「いきり立った国民もどう落ち着かせるでんすか。内戦ものでありんす」
「大統領官邸のバルコニーで国民全員に向かって直接紙の内容を読んで貰えば皆も納得するんじゃないかい?」
「莫迦、だから大統領官邸にどうやって入――」

そこまで話したところで、グリムが新聞ではない少々分厚い冊子を5人の真ん中に置く。それは通販のカタログのようで、状況が飲み込めないアリスの前で、頁を素早く捲る。ある一点でその手は止まり、その頁は多種多様の警備員服を掲載してた。そしてその中で灰色の警備員服を見て、そこの国はこれを採用してますから、5着頼めば大丈夫ですかね、と。

「おお、その手があったか。流石副幹部さんだね」
「電話しますよ」
「ちょっと待て、そのカタログは一体何処の」

足を組んで感心したようにクイーンが頷く中でアリスはそれが何であるかを理解出来ずそう聞くと、カタログを片手に電話の元へと向かっていたグリムが踵を返して笑顔を向けた。弧を描いた口元にすらりとした人指し指を当てて、

「裏社会御用達、何でも揃う通販会社帽子屋ですよ」

そういえば我等が幹部と副幹部がそこを愛用していることを思い出し、アリスはいよいよ帽子屋が気になって来た。






「しかも直ぐに届くとは」
「頼めば迅速な対応をしてくれるんですよ、会社は此処と近いらしいですし」

発注してから数時間も経っていないにも関わらず、注文と違う事なく完璧に届いた警備員服の袖に腕を通す。フリーサイズであるにも関わらずどうもぶかぶかで、指が少ししか出ないとの男としては屈辱の事態になったアリスは、ならば自分より小さな女王様とケイティは更に困ってるのではないのかと2人を見たが、どうやら小さい者用のサイズがあったらしい。2人共ピッタリである。
後の2人は当然ながら袖が余ってもない訳であるし、自分の身長は決して小さくないにも関わらず一体全体外国人は何を食べてそんなに体格を大きくしてるのかと舌打ちをしそうになりながら、アリスは大人しく腕捲りをした。

『えぇっ、ドルダムドルディーは連れてって貰えないのう?』
「子供が居ると目立つでしょう」

兄と大人しくお留守番しておきなさい、と窘めるクイーンに双子は声を揃えて大ブーイングをしたのだが、理由としては子供云々以前に双子が再び血戯えして暴走するのを良しとしないからである。双子を無視して髑髏の装飾の施された悪趣味なスピア(彼曰く矢張り帽子屋で入手とのこと)を壁から外すクイーンを横目に、兎の縫いぐるみを大切に抱き抱えて自分を見上げるキャンディの目線に合わせてアリスは屈み、

「今から■■国に連れて帰るけど」
「………」
「良いよな?」

大丈夫であるかの意味を含有して尋ねたところ、彼女はこくりと頷いた。それに安心しながらも、国民が大統領官邸の下で社会運動をしているだとか、暴動によって国民だけでなく警官も命を失ったりしているとだとかいうそこに行くのは、大分不安ではあるのだが。何より少女、母親(大統領の妻である)は見切りをつけさっさと自分の国に帰ったらしく、味方が一人も居ないのだ。

「それじゃあ皆、行くよ」

然しこちらには一騎当千の最強な女王様が居らっしゃる訳であり、彼が自信満々に槍を構えて鼓舞するようにそう云うので。颯爽と出口へ向かう彼の後に皆は着いて行った。





■■国、上空。そこからは優れた視力を誇るグリムですら現在下では何がどうなってるか生憎解らないものであり、屋上にヘリポートはないものの置ける空間はあったので、幾多もの人が集結する前方からではなく後方からヘリを着地させようとの話になった。普通の時には流石に気が付かれるだろうが、熱狂の中に居る国民は警官と揉めるのに必死だったので、案外気が付かれずに着地も出来るのではと云いながら、ラビはホバリングしていたヘリを垂直降下しにかかる。

「然しヘリで進入とはな…」
「車よりは速いだろう?」
「…まあ、そうなんだけどな…」

もう少し目立たないよう出来ないものかとほとほと呆れ返るアリスを余所に、ヘリは音を立てて無事に着地する。何でもラビの軍には同じ隊に優れたパイロットが居たらしく、彼から伝授されたとの腕前は中々どうして立派であった。安定感を見せたそれは停まり、中からケイティ達が出る。一応とキャンディは大きなフードの付いたコートを羽織ってた。双子の服である。
屋上には下に続くであろう扉があり、気を付けながら下を見下ろすと演説に打って付けのバルコニー。紙を読んで貰ってもと尋ねると彼女は頷いたのでそこは問題ないのだが、

「では、私はあちらの建物の屋上で待機しますね」

弓を持ったグリムが、私は今日は後衛ですからと云って指差したのは、バルコニーがよく見渡せるような、斜め前にある小さな建物である。バルコニーよりは高い位置にあり、あそこからであれば狙うには打って付けであると判断したクイーンは了解と云った。それを聞いたグリムは階段から降りるのではなく、建物の端に移動したかと思うと、怯みもせずそちらの建物へと跳んだ。
そこで初めて少女は動揺の色を見せたが、無事を確認することなく4人が反対方向の扉へと向かうので急いで後を追う。もう一度振り向くと、向こう側の建物の屋上には、平然とした態度で弓を用意し始める彼の姿が見えた。






扉には鍵が掛かっていて開きはしなかったが、ラビが無理矢理に旧タイプのCz75で破壊した事で開けた扉の先に見えたのは、横たわる警備員の亡骸である。一同は目を合わせ、もしや警備員の服装は失敗であったかと思った。黒ずんだ血を踏まぬよう階段を降りながら、クイーンがバルコニーはこの下で合ってるよねと確認する。恐らくは、とラビが云うと同時に階段を降り終わる。すると右と左と前に連なった廊下には、ものの見事に船で見たようなサングラスの男達がうようよ居た訳で。
ラビが一人の男の手を撃った銃声を皮切りに、一斉に男達からの銃声が鳴り響いた。

右に向かったラビのマズルからは正確で鋭敏な軌道の銃弾が次々と発砲され、それは目標地点とずれる事なしに男達の指を襲い「あああッ?!」痛みに動揺する男達の頭をストックで殴打。彼等が白目を向いて気絶すると同時、左に向かったケイティは刺の付いたナックルで降り懸かる銃弾を弾き跳ばすや否や小さな身体を大きく反らし、マシンガンを持って向かい来る男の懐を一回のみ殴打――すると一閃、男の身体は有り得ないような吹っ飛びを見せ、何Mも離れた壁へめり込んで激突し、その過程で後ろに居た男達も轟音と共に壁にめり込ませた。
そして迷わず真ん中に向かったクイーンは、男達が銃を撃つ前に柄の太いスピアを構え、遠心力に任せてそれを――振り回した。狭い通路でスピアは壁に食い込みながらも威力は決して落とさずに、男達の胴体に次々とめり込んで床にキスさせる。全員が気絶したのを確認するとクイーンは動きを止め、静寂の空気に満足そうにアリスに向かってピースサイン。キャンディと居て今回は何もしなかったアリスは、自分はピースは柄ではなかったので小さく苦笑して「お疲れ」と云った。





ざわめきの広がる中、それに気が付いたのは乞食のような身形をした1人の男である。バルコニーに少女が立つが、よくよく見るとあの大統領の娘ではないか。男が声を張り上げて指差すと、他の者達も一斉にそれを見る。紙を見せろとの声に怯む少女のこれからするであろう行動を止めようと、そこにずっと潜んでいたらしいナイフを持った男が少女の背後へと走り寄ったが、突然弓が足元へ射られて男はそこで止まる。斜め上を見上げると、見知らぬ青年が弓を構えている。男は怯み、動きを止めた。
少女が兎の縫いぐるみの背中のファスナーを開ける。そこからは1枚の手紙が姿を現したが、それは紫色の封蝋がなされたままの未開封であった。少女も内容を知らないのだろう、それを小さな手で破る。

『…、親愛なるキャンディへ』

発声器官の一部となるマイクを用い、少女が手紙を読み始める。その出だしに眉を顰めたのは数名だけではなかったが、少女は続けた。

『君がこれを読んでいるということは、残念ながら今はもうパパは死んでいるのだろう…。』

―本当は君の成長過程を見届けたかったのだが、今は何しろこの国は不安定だから仕方がない。さて、今や政治は壊滅も良いところだろうが、そちらはまた選挙で新たな大統領が選ばれたら立ち直るだろうし、我が国に資金を投資して貰えるよう、隣国の偉い方と話もしてるので何とかなるとして、そこは幼い君が関与する問題でもなく、だから少しの思い出話をしよう―

少女が読むのは今まで仕事で忙しく相手も出来ずに悪かったと云う事、昨晩食べた肉は硬かったが少女が根をあげず根気よく切って完食したのには感動した事、である。政治とは無関係なそれに国民の1人がふざけるなと怒鳴ると、それを皮切りに周囲も大声で罵詈雑言。まさかこのような話が書かれてると思いもしなかったクイーンはこの事態に後ろから焦燥感を覚え、机上に置かれたマイクを取ってバルコニーに出、

『ちょっと君達、子供に向かってその言葉は――』
『それから、キャンディ。君の名前は、飴が由来する。名前をどうするか決め兼ねていた時、赤ん坊の君が飴を見るや否や喜ぶ素振りを見せたので、単純かもしれないがそうした。成長するにつれ君は笑わなくなったが、それはパパのせいだろう。けれどもパパもママも、君の笑顔が好きだから。勝手で怒るかもしれないが、どうか笑って生きて欲しい』

あんなに騒がせておいてふざけた内容だと頭に血が上った若者が、市場の籠からトマトを掴んで投げようと振り翳したが、頭にスカーフを巻いた女性が彼の腕を掴んで止める。苛立った男は腕を振り払おうとしたが、そこで彼は彼女が赤ん坊を抱き抱えていることに気が付く。母親である彼女は、力強いまなざしで男を見ていた。
他でも何かを投げようとしていた者は居たが、いずれも母や父である周囲にそれを止められる。信じられないと下を見ながら驚きを隠せないクイーンの隣で、ポト、と水の落ちた音がした。見ると今まで無感情であった彼女が顔を歪め、小さな涙を手紙に落としたのである。震える声で彼女は最後の一行を読んだ。

『愛してる、キャンディ』

彼女が父親を亡くしたことで泣くのはこれが初めてであり、慟哭する彼女を見て、最早1人とて騒ぎ立てる者は居なかった。周囲を静寂が包み、国民は悲愴感を漂わせ、国の為に全身全霊をかけて生き、そして死んだ彼への追悼を漸く此処でしたのである。


そして国の暴動は治まりを見せ、新たな大統領が選挙によって選出された。未だ若い彼は今後の国の在り方に見通しを持った者であり、暗殺された大統領の意志も引き継ぎ、隣国との交友を持ちながら国を発展させゆくと宣言した。
暗殺された大統領の娘は父方の両親に引き取られ、新しく通う学校では笑顔を見せているだとか。その記事を見たラビがケイティに「チミも笑ってご覧」と云ったが、ケイティは軽微に表情筋を動かしただけで笑顔を作りはしなかった。尤も、笑顔のケイティも想像すると別人であったので彼は彼のままで良いか、とラビは砂糖を沢山投入した紅茶味の砂糖とも云えるような紅茶を呑んだ。

――さて、その国が落ち着きを見せたある日のこと。






「アリス、貴方宛てに手紙が来ていますよ」

そう云ってグリムが手に持って来たのは、桜色の封筒である。誰からかと思って受け取ってから差出人を見ると、彼の大統領の名字の下に幼き字でキャンディと書かれてた。宛先人の名前には『どくやアリス様』と。そう云えば彼女の唇の色を思わせるな、とあの朱唇を連想しながら封蝋を開けた。
中の便箋も同じ色であり、それを開くと差出人と宛先人と同じ彼女の字体で文字が書かれてた。

「今、そこの国では大切な方に手紙を送るのが流行っているらしいですよ」

便箋を見て小さく微笑んだアリスに、隣で座るクイーンは「何笑ってるの。大きくなったらお嫁さんにして下さいとでも書かれてた訳?」と眉を上げて云う。まさか、とアリスは返し、その便箋を畳んで丁寧に封筒の中へ戻す。再三内容を尋ねる少年に根負けしたアリスは、観念してその手紙を右手に持ちながら、

「『ありがとう』だと」
「…。それだけ?」
「ああ」

何だと安心と落胆の色を見せて肩を落とす少年に何を期待していたのか、と思う。十分な内容ではないか、とアリスは思ったのだ。

濃厚なピンク色で真ん真ん中に書かれた大きな『ありがとう』の文字。それだけで感謝の気持ちは伝わるのだから。



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