女王と云う事U




そこからは前述した通り、クイーンは父親の言葉に従って、強靭なコーカス軍から1人を引き抜いて、貴族からもまた1人引き抜いた。最初は先行きが不安だった組織も『白兎』と云う名前を持ちメンバーが少しずつ増えて行く事で、組織らしさを増して行く事になる。
残りの5使であり五重奏の意味も持つアリスは自分から来たし、ケイティも自分から白兎に入って来た。本来ならこれで白兎幹部(彼がボスの立場でありながら幹部と名乗り続けたのは、ボスであるキングレットを超したとは未だに思えないからだった)であるクインテットの話を終わるところだが、最後に物語の進行に必要だろうと思う部分を記して終わろうと思う。




組織が『白兎』として本格的な活動を始めてから、おおよそ3年と半年が経過した頃だった。その日は父親の葬儀と同じで外は激しい豪雨だった。
外から帰ってきたクイーンは、大層不機嫌顔だった。そもそも雨に突然降られてご機嫌な顔をする人間等、世界中を捜しても少数派に決まっている(余程乾いた状況と地域でなければ)。クイーンはお気に入りだったコートを脱ぐとホールで待っていたメイド長にその紺色のものを渡し、タオルを渡される前にエレベーターへと兵隊のようにずかずか進む。
エレベーターの中に入り、重たそうな溜め息を1つ吐くと壁に力なく寄り掛かる。この数年幹部として色々と頑張っては来たものの、父親の遺した情報が少なすぎてどうにもすっきりしない。それに上として立つ者の多くの気苦労だってある。最初に勧誘したラビは使えるし優秀で云う事もないのだが、どうも『忠臣』過ぎると思う。グリムはグリムで同じ貴族として親近感も持ってはいるが、年齢が少し離れすぎていて友人と云う感じでもない。そもそもこの白兎には、誰として気のおけない人物が居ないのだ。何せ皆クイーンをボスとして接しているのだから。
それが悪いとは云わないし、クイーンは或る程度の敬意を持って貰いたいとも思う人間だったのでさしたる問題でもないのだが、それでも友人と云うか気兼ねなく話せる間柄が欲しかったりもする。クイーンは生まれてこの方、自分と対等に話してくれる存在を持った事がなかった。
友人とはどんなものなのだろうか、クイーンがふと思うと同時に指定した階の前でエレベーターが止まる。誰が入ってくるのかと思って開いた扉を見上げ、そして露骨そうに厭な顔をする。それは相手も同じだった。

「げっ。…クイーン」
「何が『げっ』だ、ジャップ」
「アリスだ」
「ああそうそう、女みたいな名前。似合わない。笑える」

軽口を叩いて揶揄すると、アリスは己の感情に素直に従って厭そうな顔をクイーンへと向ける。こんな顔をされるのは今まで有り得ない事だったが、無知なのだろうな、とクイーンは思った。辺鄙な島国から来た人間なのだ、クイーンの偉い階級等知る訳もない。何となく教養もなさそうだし、ろくでもない育ちなのだろうと大変失礼な事を考えた。
アリスはそんな事を考えられているとも知らず、気になったようにクイーンの姿を見る。不快になって薔薇の棘のように「何」とクイーンが聞くと、アリスは未だ慣れない英語を使い、

「雨に打たれたのか」
「『倒れる』? ……ああ、『雨』って云ったのか。下手糞」
「…何だよ」
「見て解るでしょう」
「シャワーは浴びろよ」
「拭けば乾く」

クイーンが興味もなさそうに淡々と返事をすると、アリスの返事が途切れる。何だと思ったらアリスの部屋がある階でエレベーターが止まったのだった。
これでアリスと同じ空間に2人っきりと云う拷問から解放される、せいせいしてクイーンは皮肉たっぷりに顔も見ず手を振った。元からクイーンはアリスを気に入っていない。ボロームの厚意さえなければ、或は世話焼きのラビの厚意さえなければさっさと追い出していたかも知れなかった。
そこで突然ぷらぷらさせていた右手首を掴まれる。何だと思って見てみると、アリスが自分の手首を掴んでエレベーターを降りると通路を歩き出した。クイーンは引っ張られながらも困惑と驚愕が混じり合って、

「な、何するんだ! 離せよ!」
「お前を帰すとシャワー浴びないだろ」
「はあ?! 何それ、ラビよりもとんだ世話焼き! 良いから離し…」

クイーンの抵抗を悉く無視すると、アリスは黒色の長ズボンのポケットから宝石の嵌めこまれた自室の鍵を取り出して、鍵穴へ挿れると回してクイーンを中へと入れる。自分も中に入ると鍵を掛け、それから「丁度風呂も湧いている」と云ってバスルームを指差した。
クイーンはアリスの要らない世話に腹が立って何かを云おうとしたけれど、案外趣味良く使われた部屋を見て毒気を抜かれ、意外そうに部屋を見渡した。これで悪趣味に飾られていたら蹴り倒すところでもあったが、センスは悪くないらしい。

「入らないのか」
「煩いな。入れば良いんだろ、アリシア」
「…アリスだ」
「どっちでも良い」

憎まれ口を叩く事を忘れずに、クイーンは浴室へと素早く向かうと乱暴に扉を閉める。それを見てアリスは 部屋に入れるんじゃなかった とも思ったが、明らかに自分で蒔いた種である。
仕方なくバスタオルと小さめのインナーとシャツ、それから丈の比較的短めのズボンを用意する。扉を開けてそれを床へとそっと置くと、壁掛け時計を見て今の時刻を確認した。丁度夕食時だったので、キッチンまで歩いて冷蔵庫の中を見る。
子供はスープが好きだろうと勝手な偏見でトマトを手に取って、アリスは料理を始める事にした。




クイーンはアリスのバスルームへと入った時、それはもう大変驚愕した。波波とバスタブにお湯が入っている。しかもバスルームの中には入浴剤とか云う、訳の解らぬものが何時の間にか置かれている。これは日本のものだろうかと考えながら袋の後ろを見てみると、言葉は全く読めないが、何やらイラストで湯船の中に入れるらしいと云う事が解る。
それを入れてみると更に驚愕。お湯はたちまち深緑色へと変わり(それが竹だったのをクイーンが知る事はなかった)、良い香りが辺りに立ち込める。恐る恐る入ってみると身体の芯まで温まるようだ。
正直云って日本の文化を莫迦にしていたクイーンだが、これには度肝を抜かされて、浴槽に入りながら他の入浴剤のチェックも始める。紫色に黄色に白色の袋。全て入れてみては駄目だろうかとクイーンは危うく封を開けそうになったが、それをしては恐らく汚い色になるだろう事位解っていたし、何より入浴剤がこれだけしかなかったら非常に勿体ない。いや、日本から取り寄せれば良いのだろうか? 西は難しいだろうが、東からなら簡単に取り寄せられる気がする。クイーンは詳しい話をアリスに後で聞いてみようと興奮しつつ、これまでの人生で恐らく1番楽しくて長い入浴を楽しんだ。
タコのようにふやけた自分の指を見て呆れつつ、身体が爪先まで温かいからか気分が良い。しかもちゃんとタオルや服まで用意されていたのだからクイーンは益々気分を良くする。あの失礼なアリスも中々やるではないか、そう云えば彼は自分と同じ位の年齢にも見える。年齢位は聞いてみたって良いだろう。

扉を開けると、料理の良い匂いがクイーンを迎え入れた。目を丸くして部屋に戻ると長テーブルには夕餉が置いてある。暖かそうな白パンと、鶏肉と空豆入りのトマトのスープ。それと瑞々しいサラダまで。
バスルームから上がったクイーンに気が付くと、アリスは「遅かったな」と云って飲み物を置く。どうやらアリスが作ったものに違いがないらしい、こんな粗暴そうな人間が意外だと考えながら、

「…君が作ったの」
「? ああ。あ、待った。食べる前に髪を乾かして来い」
「…。君って何でそんなに偉そうなんだ、僕の方が偉いんだぞ!」
「そりゃ役職から云ったらそうだが、お前の方が年下だからつい…」

クイーンは意味が解らずに「は?」と聞き返す。…話を聞けば、どうやら日本では『年功序列』と云ったものがあるらしく、階級が幾ら下でも士官学校を出た年が上だとしたら、その人が優遇される事だって普通にあるらしい。
何て遅れた国だと思ったが、そこでクイーンはこれはアリスの年を知る好機であると思い至る。好機だと思う時点で既にアリスに対する好意が芽生え始めているのだが、クイーンは自分でも気が付かずに、

「第一君は何歳なの」
「15。もう少しで16」
「…誕生日は?」
「5月4日」
「僕は4月21だ」
「? 誕生日なんて関係な…」

アリスが言葉を云い切る前に、クイーンは険しい顔をしてアリスの眼前に立つと、威張って腰に手を当てる。アリスの服はクイーンからしたら大分大きくて袖も余り、あまり恰好が付けられたものでは決してなかったのだが、クイーンはそこまで気にする様子もなく、

「僕の方がちょっと年上だ!」
「……。はあ? いや、嘘吐くなよ…」
「ほ。本当だ! 失礼な奴。何ならラビにでも聞いたら?」

そこまで云われると漸く信じる気になったのか、己の首を自ら絞めてしまったアリスは言葉に詰まる。それから負け惜しみのように「ちょっとだけだろ…」と呟いたが、クイーンは既に鬼の首を取った後だった。威張り腐る事が出来るのが余程嬉しいのか、少しだけ声も上擦らせ、

「だからさっさと僕の髪の毛を乾かしてよ」
「…子供かよ…」
「何」
「…はいはい、女王様」

アリスは仕方なく従順にする事にして、椅子に座ったクイーンの肩からタオルを外すと髪の水分を取って行く。クイーンはアリスの手が自分の髪をタオル越しに這う度に、こうしてメイド以外にやって貰うのは初めてだと思った。女性でなく男性の手だからか、父親に撫でて貰った時の事を思い出す。
少しだけ自分が猫に戻ったように感じた。




それから食事も済ませると、クイーンは餌付けもされた事で更に機嫌を良くしたのか、中々帰ろうとしなかった。アリスはそれがクイーンが懐いた印だとは思わなかったので(今までされた仕打ちからも、そう思う事は極めて困難でもあった)、何気なく「そろそろ帰らないのか」と尋ねる。
此処まで厚遇されたクイーンはすっかり飼い主に裏切られた猫の気分になり、気分を害して眉を顰める。矢張りアリスのは今一つデリカシーがないと思った。クイーンはすっかり乾いた髪を優雅に掻き上げると、

「…皆僕に『もっと居て欲しい』って云うものだけど」
「…はあ?」
「付け上がるなよ、僕が居る事は貴重なんだ」
「………」

その云い草にアリスは呆れ果てたし早く帰れば良いだろうとも思ったが、流石にそれをはっきり云う程にはデリカシーが欠けてはいなかった。それに早速アリスのデスクの引き出しを物珍しそうに漁り始めている辺り、帰れと云っても暫くは居座りそうなものだ。
アリスが壁掛け時計で時刻を確認すると、夜の9時を回りそうになっていた。…ラビとの約束の時間がそろそろだ。どうしようかとアリスが1人悩んでいると、その様子に気が付いたクイーンは勘が良いので直ぐに悟る事が出来たのだろう、アリスの筆記用具を手に持ちながら、

「もしかしてラビ?」
「…あ、ああ」
「断りなよ。て云うかあれ相手なら無視して行かなきゃ良いよ」
「お前はどんな教育を受けてきたんだ…」

流石にクイーンの云う事に従う訳にも行かないが、ラビと会っている間にアリスから放置される事を、クイーンが許すとも思えない。妥協案で「断りに行って来る」とアリスが云うと、クイーンは興味もなさそうに背中を向けたまま手を振った。あの様子では3人で会うなんて考えは最初からなさそうだ、アリスは扉を閉めると小さな溜め息を吐く。そうして誰にも聞こえない感情を、そっと吐露した。

「…楽しみにしていたけど、」

そこで自分が随分と女々しい考えをしている事に気が付いて、急いで首を横に振ってエレベーターへと早歩きで向かう。何て云い訳をしようかと考えながら、何時ものようにエレベーターのボタンを押した。





「そうか。全然構わない、それじゃあまた明日にしよう」

云い訳も思い付かず「用事があって」とだけ云ったラビの反応は実にあっさりとしたもので、アリスは少し残念に思ったりもした。無論ラビも気にならない訳ではなかったが、自分からわざわざ聞くのも何だと思ったし、友人が出来たのかも知れないと思うと喜ばしく思う気持ちもあった。アリスが白兎に慣れてきている証拠になるのだから。
然しアリスが少しだけ残念そうにしたのが解ったのか、ラビはアリスの頭に手を乗せると優しく撫でる。アリスの顔はみるみる耳まで赤くなり、恥ずかしさにそのまま顔を俯かせるも拒否らしい拒否は決してしなかった。
ラビの手が離れると寂しさが顔を覗かせたが、顔を上げて見たラビに優しく言葉を紡がれて、堪らなく彼が好きだと思う。その感情に対して自責の念や申し訳のなさも幾らかあったけど、自分でもどうする事も出来ない感情だった。

「また明日、楽しみにしてる」

彼の優しさに触れながら、アリスは微笑んで 俺も とだけを云う。アリスは明日また彼と話せる事を、心から楽しみにした。



アリスが帰って来る少し前、クイーンはアリスの机の上に置かれた写真を興味深げに眺めていた。隣に映る青年はアリスの友人だろうが、そちらの方にはあまり関心が持てず、寧ろアリスの方ばかりを見てしまう。こうして見ると整った顔をしているが、ラビやグリムで慣れていたからかはたまた気にする事もなかったからなのか、今まで何の感想も抱く事はなかった。同じ年齢だが今着衣している服からも解るよう、自分よりも身体は大きくて身長も高い。武器は初めて会った時に解っていた事ではあるが日本刀。吊り目で髪は男にしては長い。
自分より誕生日が遅いとは云え、同年代には違いない。センスが悪い訳でもなく、世話焼きで、料理が上手い。性格に難有りな気もするが、ああして云いたい事を云ってくる人間だからこそ、主人と臣下ではなく友人として接する事が出来るのではないか。…無論、生意気過ぎるのは問題ではあるのだが。
すっかり友人を作る気になったクイーンは足をバタつかせながら、猫のよう部屋の住人を今か今かと待つ。此処から先は以前アリスについて記したものと変わるところがないので、これで一旦終わるとしよう。
只、クイーンは結局アリスに対して友情を感じるよりも前、彼に恋慕の情を抱いてしまった。故に話は複雑に絡んでしまい、歪なものと化してしまったのだろう。

それでも鎖は錆びる前に、軋んで来ているのだ。






白兎の屋敷の前に、一台のアウディが停車した。普通は駐車場に停められる筈なのに、わざわざ屋敷の手前まで来るとは実に珍しい。槍の手入れをしていたクイーンが窓から外を見下ろすと、それがグリムの車だと直ぐに気が付いた。正解だとでも云うように、グリムが助手席から降りてくる。
運転席から降りたラビを視認すると、クイーンは眉を不機嫌に顰めて槍を右手に持った。然しそれから直ぐに後部座席を動く影が視界に入り、クイーンは不可解そうに目を細めてそちらを見る。命じたのは只『作家に会え』と云うだけで、誰かを連れて来いとまでは云っていない。果たして何を持って来たのだろう。
――少し待つと、後部座席から1人の少年が姿を現した。黒髪にエメラルドの瞳、木製の義足に右手のフック、眼帯のなされた右目。クイーンは彼がハートだと直ぐに気が付いた。そもそもあのフランスの住所を聞いて、予期しなかった事ではなかったのだ。

クイーンは窓を開け、そうして上から紙吹雪を落とすように屋敷の下へと声を落とす。上を見たハートの顔はみるみる憎悪に満ちたものと化し、そんなハートに対してクイーンは底意地の悪い笑顔を送る。
女王はそうした傲岸な顔付きで、それでも確かな高貴さと優美さを備えて高らかに云った。

「ハート、相手してあげるから大広間まで来なよ。丁度ムシャクシャしているところだったんだ」

ハートはアームレストに置いた左手の爪を立てると、「…上等」と歯を剥き出しにして小さく呟いた。



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