実験ナンバー26の叫びU 男は2人を招き入れたが歓迎はしなかった。ワインは自分の分だけ汚れたワイングラスに注がれて、2人が座るよう指示された椅子も埃がついたままだった。かと云って前者に至ってはラビは運転がある手前お酒を呑む訳には行かなかったし、グリムもそこまでお酒を好まなかったので格段都合の悪い事はないのだが。 アルコールで瞳を潤ませながら、男は丸テーブルに肘をつき、 「…で、君達は何処まで知っているんだ」 「人間兵器の存在と概要…、それから」 「…? 僕の妹の事は」 「妹…ですか?」 「ああ、成る程。君達は全体としての人間兵器はご存知だが、個体としての兵器は存じ上げない、と。宜しい」 男はまるで生徒を前にした教師のような口調で話したが、そう云えば彼は元から作家を本職としていたのではなくて、そもそもは大学講師が本職だったのだと云う情報を思い出す。口を開かずに男の言葉の続きを待っていると、男はグラスの縁を指でなぞりながら「人間兵器は或る国が自国の勝利の為に生み出した、所謂人間改造によっての非道徳的兵器の研究である、と云った事実は知っている」と随分と慣れたような説明口調で呟く。それから男は自分の座るロッキングチェアを意味もなく揺らしながら、2人の顔を見る事もなく、 「研究に使われた『子供』は解るだけで81人。これは研究途中の数字だから恐らく更に居るだろう」 「…子供、ですか?」 「大人も居たかも知れない。然し妹はその研究所に居た大人は研究者と教育者だけだったと答えた」 「…?!」 「尤も彼女の思考が正常に働いていたとするならばだが」 力なく出された小さな声に、グリムとラビの表情が変化する。男の云った事が虚言でないとするならば、彼の妹は研究関係者か――若しくは不遇な事にも。 男はアンティークゴールドの丸眼鏡の奥の薄緑が放つ光を、透明なグラスに閉じ込められた赤紫色の液体へと落とし、 「…僕の妹は被験者だった」 ――それから男は村に伝わる伝承でも語るかのように、男の半生を淡々と語り行く。無論男の独白全てを此処に記しても構わないのだが、それだと枚数も嵩張ってしまう事になりかねないので物語の進行に必要な分だけ記そうと思う。まさかこの哀れな男の人生を全て事細かに知りたいと思う者は稀有だろう。それでも事実を客観的に全て知りたいと云うならば、私のデスクの2番目の引き出しを開けると良い。…尤もこれを誰かが読むに至ると云う事は事態が全て収束していると云う事だし、そんな時に私の部屋が未だ存在するのかは、生憎これを書いている私でも解りはしないのだが。 本題に入ろう。 男には両親と1人の妹が居た。妹は歳が大分離れていたが為、兄が妹に注ぐ愛情は格段と大きかった。 男はこの家に家族と住みながら、町外れの私立の大学で講師として務めた。本も幾らか書いた。家はそこまで裕福でもなかったがそこそこの住まいがあったのと何より家族が居たから、男は満足して毎日を過ごしていた。 然し世界は男に人並みの幸せを得る事を許しはしなかった。 或る日男は兵士として国に仕えるよう自国に命じられた。男は絶望し、自分の身体は細身だった事から選抜で落とされるようにと内心で懇願した。然し兎に角兵士を求めていた軍隊は男を入隊させる許可を出し、男はペンの代わりに銃を握り、スーツの代わりに軍服を着、教え子に教育を行う代わりに敵の兵士を殺める事を否応なくされた。 飛び交う銃声や怒声や悲鳴や空襲の音に、戦地の男は気が今にも触れてしまうのではないかと思った。家で南瓜のスープを呑んでいた平穏な時間が恋しい。瞼を閉じればあの温かい光景が直ぐにでも浮かぶ。 この時男は既に自分はもう駄目になってしまったと思った。それでも生きたいと切に思った。寝袋に団子虫のように皆で窮屈に包まりながら、早朝浴びた敵兵の血の感触を思い出しては歯を鳴らすも、生きて帰りたいと願った。 男は一度幸福を奪われたが、長い時を経て戦地から舞い戻った。仲良くしていた友も何人か失ってしまったが、帰られるのだと思うとひたすら涙が零れた。自国の勝ち負け等はどうでも良かった。生き延びた事だけが嬉しくて、それでも残る深い爪痕に嗚咽を漏らした。 皺の寄れた安物の茶色いトレンチコートを羽織り、男は屋敷に帰った。どんな顔で帰れば良いのか電車の中で不安になる事もあったが、家族は自分がどんな人間になっていても歓迎してくれるものだと信じて疑わなかった。 男は鉢入れの下に隠れた鍵で扉を開け、「只今」と小さく云って屋敷に入る。然し家の者から返事はなく、電気すら点いていない。昼間の今誰も居ないなんて可笑しいと思いながら、もう一度男は大きな声で「只今!」と云った。それでも彼の帰宅を歓迎する言葉が云われる事はなかった。 男が不審に思って先ずは父親の部屋に入ろうとした時に、後ろから声がかかる。見ると村の警官が1人居て、狼狽した顔の男に憐れむような視線を送っていた。警官は小太りの体躯を揺らしながら、疣のある顔を男に向けて、 「アンタが戦場から戻ると聞いてな。ご苦労だったな」 「…わ、私の家族は…」 「残念ではあるが、アンタの両親はアンタが居ない間に病気で亡くなった」 「…! い、妹は?! 私の妹は…ッ」 「…それなんだが、」 警官は口をもごもごとさせ、それから申し訳がなさそうな顔で「連れて行かれちまった」と云った。男はその言葉の咀嚼が出来ず、掠れた声で聞き返す。もう一度同じ返答が返って来ると、男は警官の肩を強く掴んで「誰に?!」と大声で問う。少し驚いた顔をした警官は何度か口をぱくりと酸欠状態のように動かしたが、ややして視線を地面へと落とし、とうに絞り切った檸檬を更に絞るかのような頼りない声で、 「…研究者達だ。アンタの妹は実験材料として連れて行かれちまったんだ」 「……じ、…え…?」 「お前は何も知らんだろうから、簡単には信じられんとは思うが」 警官はそれから罪の意識を少しでも軽減するかのように、様々な事を白状して行く。 一部の国民しか知らない状態で、人間の身体を弄る事での『人間兵器』の研究が今なされている事、その被験者は身寄りのなくなった人間や親に売られた子供である事、そして男の妹がそれに選ばれてしまった事。 聞きながら男の手は震えていた。決して終わり等ないにも関わらず、最良の終焉を求めて人間はまた戦争を繰り返そうとしている。否、その事実も腸が煮えくり返るようではあるが、自分の妹があの戦争に運ばれるかも知れないと云う事実が何よりも恐ろしい。銃を持つだけの男ですら阿鼻叫喚の地獄を味わうのに、自分の身体が兵器となった子供が戦地に出ると云うのは一体どんな地獄であるだろう。 ――男は気付けば警官を殴っていた。そして「ひい!」と喚く警官の襟首を掴み、研究所の場所を問い詰めた。警官はそれでも知らないと繰り返すものなので、男は何発も殴った。どうして自分がこんな非道い目に遭うのか解らなかったし、妹が今何処でどんな仕打ちを受けているかと思うと殴ったままの状態で発狂してしまいそうだった。 6発程殴った後に、警官は鼻と口から出る赤黒い液体を手で抑えながら、「わ、解った、云う、云うから!」と叫んだ。男の殴る手が止まる。 「勿論実際に研究所は解らないっ。只、良い事を教えてやる。アンタが以前勤めていた大学の裏にある、小さなバーに行くと良い」 「…バー?」 「深夜の3時頃、深く帽子を被った酔っぱらいが居る。酒を奢ってやると気前よく何でも話す、俺もアイツからこの話を聞いたんだ!」 「……」 「本当だ、多分アイツは関係者だ。な、嘘は吐いてない!」 警官が瞳に涙を溜めながら必死に云うと、男は襟首から手を離してそれから屋敷を後にした。離れ行く後ろ姿を見ながら警官は自分が助かった事に安堵したが、男の幽霊のような足取りにどうも気分が悪くなった。血の混じった唾をその場に吐き、そうして何とか立ち上がると扉が開いたままの屋敷の中を見る。 胸糞は良くないが男の絶望感を思うと、少し同情も覚える。警官は鼻を袖で拭うと、屋敷の扉をそっと閉めた。 舞台を深夜3時のバーに移動させる。そこには確かに警官が証言した通りの男が居た。男は迷わず彼の側に行き、それからバーテンダーに向かって「彼にロゼを」と云った。早速呑んでいるらしい帽子の男はそれに気が付いて、口元を上げると「私は女ではないが宜しいかね」と云った。ロゼを頼んだ男は「性別は何だって良い」と返す。そうして何のクッションも置く事なく、帽子の男の隣に腰掛けるや否や、 「人間兵器の研究所を知っているかい」 「…! …何処でそれを?」 「僕の妹が被験者になった。何としてでも取り返したい」 帽子の男はシェリーを呑む手を止めて、それから隣の男の顔を見る。覗かれる側の男は帽子の下にある薄暗い瞳に少し気圧されるが、帽子の男は数秒男を見ると視線を外し、そうしてグラスを口元へと持って行くと一口呑んで、 「…それは何時の話だ?」 「戦時中だ」 「なら妹さんが今も『人間』である保証は出来ない」 バーテンダーがロゼを帽子の男の眼前に置くと同時発せられたその言葉に、男の全身の力が抜けた。帽子の男はそんな男の様子を一瞥し、飲み終えたグラスを邪魔そうに奥に寄せると今度はロゼを手に取った。ピンク色を右手に掲げてテーブルから離すと、 「人間兵器の詳しい話を聞きたくは」 「…ない。僕は、…妹を返して欲しいだけなんだ…」 「…。私は確かに研究に携わる人間だが、勝手に妹さんを返す事は出来ない。然し研究長に話せば、或は…」 絶望しかけていた男に突然の光が当たり、男は顔を上げて帽子の男を見る。自分で頼んだ事なのに信じられなさそうな顔をして、それから本当に震えた声で「…計らって、くれるのか」と云った。そもそもが妹を強奪された行為自体許されざるもので不条理極まりないのだが、無意識の内に何故だかその自明の事実を忘れてしまっていた。 帽子の男は無言でロゼを一口呑むと、「解り次第君に電話するから番号を教えてくれ」とグラスに視線を遣ったままで云う。隣の男は震える声のまま、 「ど、どうして簡単に協力してくれるんだ…? 君は、研究者なんだろ…?」 「…最近の研究長の行動は、あまりにも目に余る。私は最初研究長の功績に惹かれて入ったのに…今では…」 「……」 「…最初はこれも国の為だと思ったんだ。でもね…今では何も解らない、何が正しくて…何が正義なのか…」 君の為ではない、と帽子の男は云った。帽子の男も声を実に軽微にだが震わせて、やっとのように吐露をする。 そうして他でもない私の為なんだ、と素直に白状した。隣に座る男はそれに横槍を入れる事もなく、只々真摯に黙って耳を傾けた。 「『失敗作』を見る度に何時も吐いている。生きたまま身体を弄られて死に行くのは、どんな死に方よりもむごい」 「…」 「被験者が死に行く度私は許されたいと願った。…だから、君を救う事で、私はきっと何者かから許されたいんだ」 そうでなければ、と帽子の男は云う。 隣に座る男は帽子の男の姿を見ながら 彼も自分と同じで限界を迎えている事実を悟った。帽子の男の声はすっかり嗚咽混じりになり、顔を隠すように俯いて情けない声を出す。か細い声はピンク色の液体の中に星屑となって降り注ぎ、奥で溶けて消える。 「…こんなバーで、誰かにこんな話を出したりするものか」 その3日後、男の屋敷に電話がかかってきた。帽子の男に違いないと男が電話を取るが、受話器の向こうで話す人物の声は帽子の男の声とは異なった。変声機で変えられているその曇った声は、電話口の性別どころか年齢すらも判断を付かなくさせた。声は鷹揚に構えた様で、 『初めまして、だな』 「…貴方は…」 『研究長と名乗った方が良いだろうか』 男の額に汗が滲む。まさか直々に研究長から電話が来るとは思わなかった。突然の事に怯んだ男は何を云って良いのか解らずに、そのまま無言を貫いていると、 『どうした、私に用があると聞いたが』 「…あ、あの帽子の男は」 『ん? …予想外の事態に変な事を聞いたりしたりするのは有り得る話だが、しっかりしてくれ。然し気になるのなら教えよう。彼は死んだよ』 「な…?!」 『重要機密を漏らすに加え、精神崩壊間近。…仕舞いには1人の被験者を救えと云う。制裁を加えない方が可笑しい』 「き、貴様、それでも人間か…ッ」 『本当に変な事を聞くな。どんな莫迦でも解るだろう、』 男は帽子の男と話した時、研究者だって人の子だし、もしかしたらやむを得ない何か事情があって研究を致し方なく続けているだけなのかも知れないとも考えた。話せば解って貰えるのだとも思った。 然し次の言葉を聞いて、男は抱いていた幻想を受話器の向こうから打ち砕かれたような錯覚を起こした。変声機で変えられた声は、男の右耳から左耳まで真っ直ぐに一本の細長い刃物でぶすりと刺す。 『玩具で遊ぶように人間の身体を弄り回す人間が、最早人間でない事なんて』 男の絶句は数秒の空白を産んだけど、それ以上の空白が両者間に生じる事はなかった。研究長と名乗る相手がそれ以上の空白を作る事を望まずに、自分から話を切り出したのだ。刃物で刺された男は傷の事を忘れ、吊るされた餌に喰い付く。 『それよりも君は妹を返して欲しいんだろう?』 「…! そ、そうだ! 妹を…」 『条件を呑めば返しても構わない。…が、その前にも1つだけ、絶対的な条件がある』 「…?」 受話器を握る男の手の力が強くなる。 男は相手の望む条件を唾を呑んで待ち構えたが、相手が発した言葉とはあまりにも人間らしくなく、さきに出された「人間ではない」と云った言葉は真である事を改めて思い知らされる。男は自分の身体から大量の汗が噴き出るのを感じた。 …人間は、何処までも鬼になれるものなのだ。 『君が最小限の営みをするに困らない程度に、臓器を譲って欲しい』 「誰にも口外しない」「兄妹共に家から出ない」「家に監視カメラをつける」事を条件に、男は妹と再会を果たせる事になった。屋敷の中に元気良く飛び込んで来た妹を男は抱擁して迎えたが、妹が大して成長していない事に若干の戸惑いを覚えた。それも1つの研究の影響なのだろう、男はそう思って痛ましい思いで妹にミルクを注ぐ。 妹は塞ぎ込んでいるに違いないと男は思っていたが、彼女は思いの外明るく振る舞った。家に帰って来られた安堵感から来るものだろうかと男は思ったが、どうやら違うと云う事を男は今から厭でも知る事になる。 ミルクを呑みながら妹は研究所の話を沢山した。男が「周りは皆親の居ない子だったか」と聞くと、そうだと肯定する。加えて被験者だけでなく被験者を教育する「教育者」も似たような境遇なのだと云った。 「教育者?」 「私達に勉強を教えるの、お兄ちゃんみたいなお仕事よ。先生は『私達は売られてきたの』と云ったわ」 研究所には学ぶ部屋と云うものがあって、言語や算数を知らない子供はそこで教育者から学ぶのだと云う。とは云え教育者は決して賢い訳ではなく、最低限の常識を教えられるだけだったそうだ。 学ぶ部屋は被験者全員が使ったが、只1人だけ特別に別の小さな部屋を使わせられていた子供が居ると云う。然しその子供は格段に賢いのかと云えばそうでもなくて、寧ろ1度だけ話した時に訛りの非道い英語に少し手こずったと、まるで武勇伝を話すように少女は目を煌々とさせながら語る。男の違和感は膨らみ行く風船のように段々と大きくなって行った。 「可愛い男の子なの。その子の教育者はとても美人な人だったわ、綺麗な長い黒髪でね」 「そうか。…でも、どうしてその子だけ特別だったんだろうね?」 「先生達は『彼は期待されている』って。以前にも特別扱いされた子が居たそうよ。見た事はないけれど」 少女の話を聞くと、今話題に上がった小さな男の子は78番、そして昔に優遇された男の子は1番と呼ばれていたそうだ。男が「1番の男の子はどうなったんだい」と何気なく尋ねると、妹は顔色を変える事もなく、満面の笑みを兄に見せたままで聞いた話を口にする。まるで教師に褒められた読書感想文を親に読み聞かせる時のように。 「お腹に花を咲かせて死んだって」 「花…?」 「大砲よ。1番はお腹に砲弾が埋め込まれていて、身体が筒の役割なの…」 「…! まさか…、」 「でも身体への負担が大きくて、彼は1発撃つと死んでしまったのですって」 男は腹部から砲弾が撃たれる姿を想像し、崩れるように机へと肘を乗せて頭を抱えた。『人間兵器』の正体は大体その字面から想像はしていたが、認識が甘かった。本当に兵器なのだ。それならば妹は、と兄の頭に最悪な考えが過ぎる。――信じたくない気持ちで妹の身体に遣った視線から、妹は兄の思う事に気が付いたのだろう、「云ってなかったね」と呟いて躊躇もなく自分のシャツの釦を上から外して行く。 …シャツの下の華奢な身体には、首から臍まで悍ましい程の手術跡があり、それが人体改造の成れの果てだと悟るのには長く時間はかからなかった。まるで勲章のようにそれを誇って見せてきた妹に今までの違和感が爆発し、男は直ぐにでも妹にシャツの前を閉じさせようと乱暴に席を立つ。その際に机に身体が当たり、衝動でバランスを崩した机の上のナイフが落ちた。椅子に座る少女の足へと一直線に向かう刃先に気が付いた男は妹の名を叫び、右手を伸ばしてナイフを掴もうとしたが、 ――銀色は少女の足を綺麗に貫いた。 男が顔を蒼白にさせて佇む中で、少女は何事もなかったかのようにナイフが刺さった足を宙で楽しそうに揺らす。そんな信じ難く非現実的な光景に男は吐きそうになって口元を手で抑えたが、少女は昔のままの無垢な笑みを兄に向けた。それがよもや兄に最後の引き金を引かせる決定打にもなる事を知らず、妹の微笑みは美しい。 「お兄ちゃん、私痛覚が失くなったの。ね、凄いでしょう?」 妹が心身共に壊れていた事を悟った兄は、気が付けば彼女の首を絞めていた。化け物に対する恐怖ではなかった。只、散々弄られて人間として存在する尊厳すら奪われてしまった彼女への、せめてへの慈悲であり救済であると思った。兄からしたらこの行為は妹の尊厳死にあたるものだったのだ。 抵抗しようと動いていた妹の手首はやがて動かなくなって、赤色の手術痕だけを残して崩れ落ちて行く。可哀想にと男は妹に心から同情し、その同情故にとうとう大きく嗚咽を漏らすとその場に崩れ落ちる。 鳩時計の裏から覗く監視カメラだけが、その光景を捉えていた。 TURN THE PAGE |