拉致、誘致




2.彼等の本職は葬儀屋ではない




『先日暗殺された大統領の娘は、大統領本人から大切なことが書かれた紙を渡されていたと秘書が証言します。それを聞き付けた何者かが、彼女を誘拐したと警察は見て、捜査を進めてます…。■■国の政情は非常に不安定である為、国民は一刻も早くその紙の内容を見たいと…』

そこまでラジオを聞いて、きのこのような髪型をした金髪の青年はヘッドフォンに触れた。慣れた動作でラジオの電源を切ってから、んん、と水色の瞳を瞑って伸びをする。彼が着ているものはスーツであったが、周囲の者とは1人違って柄はストライプ、ネクタイは水玉模様。トカゲの形をしたタイピンを付けており、あまつさえ靴は革靴ではなく紫色の靴紐を持つものである。彼の恰好は紛れもなく喪服のようなシンプルな姿の周囲とは浮いてたが、最早彼の服装を咎める者は1人も居なく、彼は好きなお洒落をご機嫌なご様子で満喫してた。
さて、そんな彼は周囲を見回す。此処はフェリーの一室である。今は異国まで足を運び依頼された葬式を終わらせてきたところであるが、自分の弟妹である双子はデッキにでも行ったのか見付からず、白兎内で最も親交の深い5使(幹部と副幹部、アリスとラビとケイティを指す)も個人の部屋に居るのか見当たらない。ラジオを聞くのも飽きてきたので、彼――ジャバウォックは、部屋から出て探索することとする。

元から悪戯が大好きな彼にとっては、部屋で大人しくしていることなど、性に合わなかったのである。

木の扉を軋ませて、矢張り戦争前と比べると造りも不安定だなとジャバウォックが以前の職業柄見ていると、とたとたと小さな足音が左方から聞こえてくる。双子だろうかと思えばそこは、見知らぬ小さな女の子。金髪の、ショートカットの女の子で、自分の身体と同サイズ程の大きな兎の縫いぐるみを抱えていた。少女は上目遣いでジャバウォックを見上げており、子供が大好きな彼からしたら喜んで屈んで話しかけるのも無理はない。

「こんにちは。何処の子かな?」
「……」
「お兄たんはジャバウォックって云ってね、イタリア人なんだよ。君の名前とか、聞いても良い?」

ポケットからカラフルなぐるぐるキャンディを取り出して、警戒心をなくさせるよう人懐っこい笑みを見せてそう云うが、その少女は一向に顔の表情を変えはしない。じっと見るだけの少女をまるでケイティのようだと見ていると、その少女は桜のように薄いピンク色をした唇を小さく動かして、

「…キャンディ」
「え? ああうん、飴、あげるよ」

どうぞと前に出すが、少女は首を横に振る。そうではないと云うのだが、ジャバウォックは飴が嫌いなのだろうか、と未だに警戒心を解こうとしない少女に対して首を傾げてみせた。その時である。

「居たぞ、あの子だ!」

サングラスをかけたスーツ姿の、いかにもな男3名が騒がしく走ってきたかと思うと、少女を指差すではないか。ジャバウォックは驚愕して、こちらに走って来る男達から少女を抱えて反対方向へ逃げ出した。理由は少女が途端怯えた顔でジャバウォックの服を掴んできた事と、何より男の1人が銃を構えた事にある。
ジャバウォックが視界に入ってはいなかったのか、男達は驚くきながら止まれと命令を下す。当然聞き入れられないジャバウォックであるが、彼が腕っ節に自信がないことは自他共に認める事実であり、どうして自分がこんな事態に巻き込まれてるかパニックを起こしながら目に入る部屋の番号を見た。1013号室。アリスの部屋は確か1027号室である。こっちだと右折した。

「待てっ、お前! その子を渡せ!」
「む、無理!」
「チッ…、足を狙え! 間違えても少女を撃つな!」

銃声と共に弾痕が近くの床へつき、これは洒落にならないとジャバウォックは顔を蒼白にした。第一、白兎の中では葬式の仕事もしなく毎日を放送室で好き勝手するだけなので、体力は帰宅部の中学生並である。情けない事にみるみる息切れがして、今此処に双子が居てくれたらなあ等と考えてしまうのを、更に情けなく思った。
2回目の銃声が響いた時、1027号室のプレートを発見する。それは神のように見え、ジャバウォックは助かったと顔を破顔させた。体当たりで部屋の扉を開けると、そこには急なことに目を見開いて驚く日本人の青年が居た。

「ジャバウォック?!」
「ごめんアリス、タッチ!」
「はあ? …って、」

銃を構えた男の姿を視線に入れるや否や、アリスは腰の刀身まで真っ黒の日本刀棣唳(だいな)を鞘から抜いてみせ、発砲された銃弾をその至近距離から弾き飛ばし、距離を縮めると柄の後ろでみぞおちを食らわせる。次いで逆刃で1人の胴を薙払って倒し、最後の1人を横から思い切り蹴り飛ばした。あっという間に彼等を気絶させ戦意喪失させてみせたアリスにジャバウォックは笑顔で親指を立てながら、

「やー、流石大日本帝国陸海軍総司令官の弟子、髑蠱(どくや)アリスだね」

と嬉しそうに云うものなので、アリスは彼に拳骨を1つお見舞いした。アリスからしたら唐突に危険人物らを連れて来られて、ほとほと迷惑な話である。
一体全体何であるのかと云うアリスの疑問に、「自分も実は何が何やら」と答えた事でもう一発食らわされそうになった拳骨をジャバウォックは紙一重で避ける。そんなところに、もう少しで船から降りると伝えにやって来たクイーンは、床で伸びる男達を見て怪訝な顔をした。

「…何があったのさ」
「俺も解らんが、この子が狙われてると」
「…誰?」

アリスが視線を向けた先の少女に当然のことながら女王様は疑問で一杯になる。すると銃声を聞き付けたラビやグリムがやって来て、誰もが状況説明を求めるようにアリスを見た。それを自覚したアリスは恐らく最も情報が多いであろうジャバウォックに説明するように促す。お兄たんも何が何だか、と困った顔をしながらも、説明するとなると毅然とした態度で話をし始めた。彼の声は驚く程によく通ったが、放送局長の肩書きは伊達ではない。

「お兄たんが通路へ出ると、そこの女の子が1人で歩いてた。話しかけていたら、そこで伸びる男達が彼女を躍起になって捕まえようと鬼のような形相で来たんだ」
「何故?」
「それは本人に聞かなければ解らない。彼等は銃を持ってたし、誘拐か何かかと思って無我夢中で彼女を連れてアリスの元に逃げた。そうして退治して貰ったと」

それしか情報はないよ、と云うのでどうやら少女から話を聞き出す他あるまい。少女の家が資産家で身代金目的か、裏で何かがあったのか。
クイーンが少女を見てみたが、彼女の大きな双眸は何処にも焦点を合わせてなく、無表情な様子で夢心地な表情を漂わせる。その少女らしからぬ朴念仁とも云える彼女の面持ちはまるで、

「…ケイティみたい」
「わっち?」

本人はそうとも思わないのか、少女を惚けた顔で見つめるのみ。他からすると、ああ確かに酷似していると納得以外の選択肢はないのだが。
そこは扨置き、窓を見ると陸はもう着々と近付いている。そうして最も目の良いグリムが鋭い目をして「陸に同じ出で立ちの方々がいらっしゃいますね」等と云うものだから、尚更焦躁へ駆られてしまう。事情は未だ呑み込めはしないが、幼き少女が狙われてると云うのなら、そして少なくとも関与してしまった手前、それは放っとけはしないだろう。夢見が悪くなるのは勘弁したいものである。

ひとまず少女を白兎まで連れて帰る事に決め、ならばどう彼等を突破するか話し合う。車で何事もなく関門突破出来れば良いのだが、そうは問屋が卸さない。どうにかして彼等の気を引かせてから、気が付かれないよう脱出するのが手っ取り早くて迅速な方法。それは果たして可能であるか悩んでいると、そろそろ目的地に着く事が解ったらしい白兎の双子が燥ぎながらその場に走ってやって来た。彼等を見て、クイーンは思い出したようにああと云い。

「もしかしたら存外簡単に、彼等を出し抜いてこの子を無事に白兎へと連れて帰れるかもしれないね」






「…予想通りに来たね」

フェリーの車庫。そこでジャバウォックの運転する車に乗るクイーンは、前でさながら交通規制の警察官のように1つ1つの車の中を無理矢理点検している男達を見て、気に入らないといった態度でそう云った。どうやら少女をターゲットにしているようで、それが全然違う活発そうな長い髪の女の子でも引っ張り出して、親の阻止をものともしない。船員は男達の足元で伸びていた。
点検する男達は少女の容姿を知っていないのだろう、無差別に子供を取る彼等の行動はクイーンの目に余った。運転席のジャバウォックはハートのサングラスをかけたまま、拳銃を持って威嚇する男達の方向(入口方面だ)へ車を列に沿って大人しく走らせる。因みに、グリムの車は何台か後の方にある。

「やー、本当あの子ってば何者だろうね。石油王の子供か何か?」
「ジャバウォック、君、情報屋なんだし情報収集は得意でしょ。何か知らないの」
「…何処かで見た気もするんだけどね」

そう話をしている内に、男達は乱暴にジャバウォックの車の運転席側の窓を叩き、拳銃をこれみよがしにちらつかせて開けるよう指示をする。棒付き飴を舐めながら、怯む様子も見せず運転者であるジャバウォックが窓を開けると、1人の男が窓から顔を入れて不躾に車の中を見渡して来るものなので、至近距離にあるジャバウォックは声に出しては云わないものの、これが女性であったらどんなに良かったかと思う。
男は助手席のクイーンを見て反応を示したが、明らかに幼児ではなかった為、舌打ちをしながら後部座席を点検する。するとそこには俯き加減の幼児が2人存在した。どちらも水色のシルクのリボンが付いたお揃いの白熊のパーカーを羽織っており、フードの下から片方からは長くて巻かれた金糸のような髪が、片方からはさらりとした顎にかかる程度の短さの同じ質の髪が覗いている。
男は下卑た笑みを浮かべ、後部座席の窓を叩き出て来るように促した。此処で男は保護者である運転者が顔色一つ変えないことを訝しがるべきであったが、子供にしか意識を向けてない男にそこまでの要求は無茶である。2人の子供はビクリと身体を震わせながらも、怖々と窓を開けた。

「おいガキ、出て来い。じゃねーと頭ァぶっ飛ばすぞ」

トリガーに掛かった人指し指に力を込める動作をし、男は脅すように発言をした。子供は互いに顔を見合わせ、それから仲良く互いの手を握り締めながら、フードで隠れたままの顔で、

「ド、ドルダムもドルディーも悪いこと何もしてないよ?」
「ド、ドルディーもドルダムもお兄たんの言付け聞くよ?」

どうやら双子であるらしい2人は息をピッタリにそう云うが、男にとっては例え2人が探す幼女ではないにしろ、云われた通りに子供を残らず引っ張り出さねばならない。知るかと吐き捨てるように云った後、次はないとでも云うかのように冷徹な声で早く出るよう促した。双子は困ったように再び顔を見合わせたが、それから扉の方に近付いて、開いた窓から男を見る。てっきり扉から怯えた顔で大人しく出るかと思いきや、次の瞬間フードが外れることにより男が見た双子の顔は。

正に悪魔の笑みである。


『怪物の双子の弟妹、ドルダムドルディー只今見参!』


あぎゃあ、と。
双子が長袖の中から取り出した鋭利なトレンチナイフが男の右手を容赦なく一閃した。激痛に悶え叫ぶ男の右手からは血飛沫が派手にあがり、無垢な顔をした双子は返り血を浴びたまま舌なめずりをしながらナイフを構えて派手な振る舞いで外に出る。
状況を理解した男達が双子に次々とライフルを向けるが、華麗に器用に双子はそれを余裕の動作で避けてしまい、反撃を行う。妹のドルダムは長い髪を揺らしながら「ひいいい、!」叫び逃げる男の足を動かない程度に切り刻み「ひああ、ああ!」弟のドルディーは髪で隠れてない片側の、兄と同じ水色の瞳をギラつかせながら銃を使えないよう男の指を痛み付けた。グランギニョルのような光景に、

「ちょ、ちょっと君達やり過ぎ! ナイフは極力使わないで…っああもう! 僕の云う事なんて聞きやしない!」
「流石に殺しはしないから大丈夫だよ」
「君ね、そういう問題じゃ…。…これだから双子は使いたくない」

クイーンは呆れたように頭を抱えたが、周囲の運転手達は男達の余裕が崩れて行くその光景に興奮を見せ、勝ち誇った顔をしながら今の内と双子に気圧されている男達の横を通り過ぎる。それを見てグリムも素早く車を入口へ向かわせて、後部座席のアリスは例の少女を念の為と庇うように己側へと寄せた。助手席のラビと目が合ったジャバウォックは、笑顔で彼等の車を送る。車が無事に外へ出たのを見送って、後は双子が男全員を叩きのめし終わるのを待つだけであると、双子の兄であるジャバウォックが鼻歌を歌いながら鞄の中のグミを出していると、サイドミラーから後ろから見知った少年が何かを引き摺りながらこちらへ向かって来るのを見た。
黒髪にピンクのメッシュ、アーガイルチェックのセーターと、エナメルのブーツにインしたストライプのズボンに大きな首輪、刺の付いたナックル。ケイティである。
彼は右手に顔面を殴打されたかで真っ赤に腫らした男2人の首根っこを掴み、ごみのように引き摺っていた。

「船中にはこの2人しか残ってなかったでありんすが」

どんぱちの大変な中でも動じることなく、助手席のクイーンの方を見て独特の訛った英語を使用しながら淡々と抑揚もなく発言する。まあ中に入りなよと促されると、云われるがままに自分が殴打した男2人を地面へと放置して、後部座席の隅へと座る。ジャバウォックがバックミラーで確認したケイティの姿には、掠り傷1つ存在しなかった。

「トランシーバーで話して来た男によると、どうやら点検者以外にも船外でも待ち構えていたようでありんす」
「…ありゃ」
「相当な人数だね。何人程?」
「船外は4、5人程度と云ってたでありんす」

静寂になった入口を見て、出て行ったアリス達は大丈夫であろうかとクイーンが懸念していると、全員を戦意喪失にさせたらしい双子が燥いだままで帰って来た。幾らか血が飛び散った中で呻く男達の身体はいずれも致命傷は存在しないものの、指や足を抑えて眉根を顰める姿は大変痛そうである。クイーンは怒ったような顔を見せて、

「君達、何度酷くするなって云えば解るの。血を出すのは論外」
『えーー! ナイフだから仕方ないもん!』
「なくない。アリスだって日本刀だけどあんな風にしたことない」
『ぶーー! アリスたんは強いから特別なのぉっ』

駄々を捏ねるように暴れ出す双子を見て、クイーンは隣に座る兄に「君は教育間違えたよね」と腕を組みながら厭味を云ってみせる。あながち否定も出来ないジャバウォックは苦笑を漏らすしか出来なかったが、それでも彼は弟妹である双子は何よりも可愛かったので、まあよく云っとくから、と云いもしないくせに無責任に云い、がらんどうになった車庫から車を発進させた。
さて、此処でグリムの車は果たして大丈夫であろうかという話題であるが。実は残念ながらに大丈夫だとは云えない状況であったりする。





「な、何でバレたんでしょうねえ」
「…この子があいつらの隣を走る時、窓から顔を覗かせてそれをばっちし目撃されたからだろ」
「…でしたね」

後ろから追って来る黒の車から、グリムは今までで最高の速度と交通を守らない最悪の運転をして逃げている。馬車と衝突しそうになりながらも何とかそれを避け、右に曲がれば左に曲がる車内でアリスは女の子を守るよう庇いながら後ろを見た。1人の男がマズルをこちらに向けているのにバックミラー越しに気が付いたらしいラビが左手にH&K社のUSP、右手にスミス&ウェッソンのM29 44マグナムを構えた。窓から身を乗り出す。

トリガーを引きマズルから勢い良く銃弾を出すが、その表情はいつものように余裕のあるものではなく、どちらかと云うと焦ったようなものである。不審に思ったアリスがもう一度後ろを見ると、あれだけ正確な狙撃を誇るラビの銃弾はタイヤの惜しい場所しか撃てておらず、そこで漸く助手席である右側は彼の死角であるのだと気が付いた。ラビは右目を白兎に入る前の或る事件で失っており、故に顔の右側は髪と同色の包帯が覆っていた。
それにグリムも気が付いたらしい、ラビに「運転を代わって下さい」と云うと席を代わり渡されたH&K社のUSPを両手で構え、窓から身を乗り出し黒色の車のタイヤを正確に打ち込んだ。嫌な音をさせた車は正常な運転機能を果たさなくなり、グリムは身を引いた。

「ステッキ術や剣術だけではなく銃も出来たのかい?」
「一応は。猟で弓も銃も習得させられました」
「おやおや。本官のポジションを奪われそうだ」
「ご安心を。貴方みたいな優れた狙撃は無理ですし、私はバズーカも戦車も扱えませんから」

そう云った瞬間、車が先程の乱暴ではあるが何処か安定を見せた運転ではなく、只の暴走を見せる運転へと成り代わる。アリスは危うく助手席の座席に額をぶつけてしまいそうになり、グリムは顔を強張らせた。対して運転をするラビはよく解らないとでも云いたげな顔でギリギリの場所でハンドルを回す。みるみる内、速度が上がり針が『110km/h』を指した。運転の出来ぬアリスでも、その数字には驚くのみ。

「莫迦ッ、ラビ、速度落とせ!」
「む…、これかい?」
「それはアクセルですっ!」

更に加速した車にグリムは運転を代わろうとしたが、前方に道路は続いておらず左方へのカーブが余儀なく指定されている。助手席のままグリムは身を乗り出してハンドルを大きく回し、急なそれにタイヤは火花を散らしながらも不安定な動きでカーブする。グリムが足元のブレーキを踏んで下さいと云えば、ラビは対照的に駘蕩とした様子でそれを踏む。耳を突く嫌な音を立てながら、タイヤは再び燦然たる光輝を放ち、これまた急に落ち着きを取り戻してその場で停まる。今が平日の昼間で道に歩行者も居なければ車もまちまちであった事を幸運とグリムが溜め息を吐きながら、車と戦車とは使い勝手が違うのかどうか疲労困憊のまま尋ねた。

「ああ、全然違う。先ず、ハンドルの使い勝手が違う。回すと前輪が動くなんて驚愕だ」

それを聞いて、グリムとアリスはラビには一生車を運転させまいと心に誓った。



TURN THE PAGE


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -