バレットで終わりを告ぐ




さて、時間軸を今現在に戻す前に、先ずは必要条件となるアイルランドでのラビのお話をしようと思う。
USBメモリの中にあったあの映像を見てから、ラビはクイーンにアイルランドのコーカス軍の跡地に行く許可を申請した。あの白い服を着た人物はコーカス軍のメンバーであり、自分と同じ1軍の人間であった事を告げると、クイーンはエメラルドの瞳を鋭くして「その人物と人間兵器の関連性について、何か心当たりは?」と尋ねた。ラビは首を横に振って解らないと云うので跡地に行ったからとて何が解るものか疑問でもあったけど、クイーンは頷いて了承した。
映像及びその話を聞いたジャバウォックは、最初こそ驚きを見せたが直ぐに納得もしてみせた。どう云う事か、とコーカス軍を知らないアリスが説明を求めると、ベビーピンクのサングラスをかけたジャバウォックはパソコンのキーボードを叩きながら、

「…思えば、あの事件には可笑しな点が多いんだ」

彼がカレッジリングを嵌めた指で指し示したのは1つのサイトだった。『あの事件』とはモニターに映るそのもので、と或るテロ組織がコーカス軍を壊滅したと云うものだった。
テロ組織の本部を殲滅しに向かった『1軍』だけでなく、軍で待機していた『2軍』『3軍』『4軍』『5軍』まで壊滅。デスクワーク派の『中央本部』までもが壊され、生き残りは居ないとされる(事実として、『1軍』のラビが残っているのは公ではない)。1軍は軍の中のエリートで成り、以下の2軍〜5軍は実力順で振り分けられているのだとジャバウォックは云う。
然しテロ組織の跡地にも生きた人はなく、軍の跡地共々に存在した死体確認の結果、テロ組織の人間の死体は全て確認された。殲滅と云うよりは『相打ち』で終わった事件だが、不思議な事にテロの人間の死体は『テロ組織の基地』だけに存在し、『コーカス軍基地』と『コーカス軍中央本部』にはコーカス軍の人間の死体しか存在しなかった。この事にも疑問の声が上がり、当時は話題になったと云う。

「アリス、アリスはコーカス軍をどれ程強いか知らないと思うけど、コーカス軍は西洋最強の軍隊だ」
「…そこまでの規模なのか。」
「1軍の隊長となると、正に化け物としか云えない。…それを、そんなに大きくもなかった組織と相打ち? しかも本部まで……?」

テロ組織は爆発等のパフォーマンスが派手で名は有名なものであったけど、決して大きな組織ではなかったと云う。アイルランドにはこの通り畏怖すべきコーカス軍があったから、反乱など考える愚者は少なかった。それに反乱なんてするような政治が為されている訳でもなくて、アイルランドの治安は良好とされていた。
ジャバウォックは細かな装飾で飾られた鷲――、詰まりコーカス軍のエンブレムをアリスに見せる。鷲はその両羽根を大きく広げており、頭上には王冠があった。その鷲の目は気高くて、力強さを感じるエンブレムだ。

「アリス、ラビを考えてみて。ラビは1軍出身だ。あの女王ですら出来ればラビを敵に回したくないと云ってる。それが、何人も居る軍隊」
「……」
「…白兎と闘えば、恐らくコーカス軍に軍佩が上がる。そんな強さなんだよ、コーカス軍ってのはね」
「そんな軍が、本当に負けたのか」

アリスの問い掛けに、ジャバウォックは首肯した。『コーカス軍』と書かれた文字の横には「今は無き」との赤色の文字がある。自分以外の軍人が殺されたラビの心境は察するに残酷なものだけど、ラビがそこで何を見たのかアリスが聞かされた事はない。
白色の髪と赤色の瞳で為り、高い身体能力を誇るケルト人。銃のその巧みな扱いは神の如く、あらゆる兵器を使わせて右に出る者はない。その集団の軍隊が敵と殺し合った時の光景とは果たして――かくも無惨で想像するだに恐ろしい、阿鼻叫喚の地獄図であるだろう!

「普通に云えば有り得ない話だ。でも、『人間兵器』が絡んでいたとなると」

話は別だった。







アイルランドまで遥々と来たラビは今、小さな宿屋に居た。森の中と云う辺境にあるコーカス軍の周囲には木々しかなく、そこで野宿してごろつきや野獣に遭うよりも、少し離れたこの町外れの宿屋に泊まる方が余程賢明だった。
宿屋でも安心出来ないとこの間重々に教えられたラビだったが、(可愛い宿屋の娘がバッファローの頭を被って斧を振り回して来た事は、充分衝撃的だった。)この宿屋は平和も平和で、田舎じみたワンピースを身に纏う垢抜けない宿屋の娘はラビの姿を見るだけで一杯一杯に、そばかす顔を赤く熟れさせた。わざわざ部屋までクッキーを持って来てくれた彼女にラビがチップを手渡すと、指が触れた箇所が風で吹かれてしまわないようと彼女は手を大切そうに握り、並びのあまり綺麗ではない歯を見せて可愛く笑った。彼女のさらさらな髪は然し、何処となくアリスに似ているとラビは思った。
そんな彼女の様子を見ていた宿屋の妻はラビが1泊だけだと知ると朝に嘆いて「安くするからもっと泊まって行ったらどうか」と提案したが、娘は慌てて母親を制すると申し訳ないと謝って、それからはにかんだ笑顔を作った。その不器用だけど愛おしさを喚起する笑いは、ああ、矢張り最初に英国に来たアリスに似ていると思った。

「良ければまた何時か、泊まって行って下さいね」

宿屋を出たラビは森へと入り、コーカス軍の在った場所へと向かった。この道も久し振りだと懐かしさも込み上げるが、その思い出は最期の無慈悲な仕打ちの所為で、綺麗なものも掻き乱されたように思えた。
ホルスターに収まった銃を揺らしながら何時間か歩くと(遭ったのは群れから外れたのだろう1頭の赤鹿とリス、それと1匹のトカゲだけだった)、漸く下の方にコーカス軍の跡地が見えた。不思議な事にコーカス軍の跡地は一部崩壊したままの建物が、手の加えられる事なく寂しく残っていた。

ラビは斜面を下り、人気のないそこへと近付く。所々崩れているとは云えそれは立派なものであり、ラビは暫く建物を見上げた。
そして正面の扉を開け、コーカス軍の内部へと足を踏み入れる。そこはあの事件以来誰も足を踏み入れていないのか、空気は埃臭く、歩くと床に溜まった埃に足跡が残った。蜘蛛の巣は多く、鼠も壁の際に見えた。ラビは薄暗い建物の中を見渡しながら、黒色の革靴をまた一歩と動かす。ラビが此処に来たのは軍の建物の中に人間兵器を臭わせる何物かがないか捜す為であり、それを見落とすような愚かな真似をする事は許されなかった。
突き当たりの階段まで来て、上に行くか下に行くかで少し悩む。考えて先ずは下へ行くかと階段に足を伸ばしかけた時、後ろから思わぬ誰かの声がした。

「どうしたんですかあ?」

後ろを振り向けば、そこには警備員の服を着た中年が笑顔を作って懐中電灯を片手に立っていた。彼はラビに向けた笑顔を絶やす事がなく、然し懐中電灯の明かりはラビを照らすでもなしに両者の間の床を意味なく照らしている。ラビは見覚えのない彼の正体を訝しむが、あの事件以来配置でもされた存在なのだろうか。然しそれにしても、この建物の中は人が居るような気配はない。彼の髪と目は黒く、ケルト人でもないようだ。
ラビは警備員の視界に入らぬようホルスターに収めたS&WのModel 617にそっと手を伸ばし、

「…少し観光でも?」
「観光ですかあ? でも、こおんな所見る場所ありませんよう」
「いや、『自分』は興味深い」
「んー。でも、一般の方の立ち入りは禁止しているんですよう」
「それは残念。なら、どうすれば見ても良いのかな」

ラビが人当たりの良い顔で云うと、警備員は笑顔のまま指を自分の顎に当てて首を傾げた。すると首の『大きな手術痕』が見え、ラビがそれに反応すると同時警備員の口からはぼとぼとと『蝿の大量の死骸』が唾液と共に落ちて来た。警備員は唾液を顎に伝わらせたまま、目は虚ろにラビの首元を捉える。異常を察したラビが信じられない程の俊敏さで銃を相手の頭目掛けて構えるが、マズルを向けられた相手は銃なんて存在してないかのように視線を首から外さない。そうして顔を歪めると、

「食べざぜでぐれだら許可じまずよお」

ラビは相手の言葉の内容を把握したと同時、相手の額目掛けトリガーを引き発砲した。シングルアクションで軽快に放たれたそれは美しい程に的確に相手の額を貫いて、警備員は目を見開くとその場に崩れ落ちる。ラビは銃を下ろそうとしたが、その前に警備員の指がぴくりと動いたのが見えて眉を顰める。確かに額に命中したのだが、と思うと同時警備員の身体が起き上がり、額から血を流した警備員は醜悪に笑んだ。
有り得ないものだったが現に眼前の警備員は生きている、ラビは今度は矢継ぎ早に心臓に2発撃ち込んだ。まともに喰らった警備員は衝撃で背中をのけ反らしたが、数秒で体勢を立て直す。彼の胸に穴は開き血も流れているのだが、まるで不死身のそれにラビは若干の焦りを感じ、素早く踵を巡らすと上りの階段を一気に駆け上がった。

警備員は言葉を意味しない声を喚き散らしながら、大きな足音を立ててラビを追い掛けて来る。べちゃべちゃと聴こえる厭な音は、恐らく口から何らかの死骸を吐いているものだった。
ラビは2階に行くと数ある扉から適当な扉を開け、その中に入ると内側から鍵を掛ける。今度は右手にも旧タイプのCz75を構えると、壁際まで寄って通路側に向けて両手の銃を構えた。警備員がこのまま扉を無視して通路を進めば良いのだが、順番に扉を開ける音がする。ラビが息を潜めて警備員の来るのを待機していると、数秒してドアノブをガチャリ、と回す音がした。
一瞬静かな空気が流れたが、次には警備員はドアノブを乱暴にガチャガチャと回す。この行為からも鍵を持っていない(或はその行為に頭が及ばない?)のは明白で、これなら扉を開けられる事はないのではとラビが思った時だ。
――バコォン!と膨大な音がして、扉に巨大な窪みが出来た。ラビの驚愕も知らぬ顔で再び爆音と共に扉が窪み、それが何度も続くと扉の留め金が緩み出す。ラビがやや引き攣った顔のままで口角を上げると留め金が外れた音がして、壊れた扉から一気に警備員が飛び出した!

「……ッ!」

ラビが警備員の頭目掛け両手の銃のトリガーを連続で引くと、警備員は血飛沫と共に身体を床へと崩す。ラビはその隙に警備員の横を走って抜けるとさきの階段を下がろうと今来た階段の左側を見たが、下へ続く階段は倒れた太い柱で粗末に閉鎖されていた。何時の間に柱をとラビは思ったが、警備員が起き上がる前にラビは上りの階段に向けて走り出す。横目で見た警備員の右手に斧等は一切なくて、代わりに素手が傷付いたように血まみれになっていた。
まさかあの扉を素手で壊したとは想像を超えた次元の話だ、然しそれを云うなら心臓と頭を撃たれて動くのも考えられたものでない。――ラビはそこでまさか、と1つの考えに至る。
あれこそが人間兵器ではないのか。
手術痕と人の域では有り得ない生存能力と力、加えてあの虫の死骸と話し方、虚ろな瞳。手掛かりを捜しに来た此処で人間兵器そのものが居たのには驚きこそするが、充分それだと推断出来る域でもある。何れにせよこのまま闘い続けるのは得策とは云い難い、後ろから足音を聞いたラビは賭けに出る事にして階段を最上階の屋上まで駆け上がる。

屋上まで行くとラビは扉を開けて、多少の時間稼ぎにはなるだろうと扉の鍵を掛けた。屋上にはかつて在ったままにヘリコプターが多数存在し、ラビは駆けてその内の1つに乗り込んだ。片方の操縦席に座ると隣の操縦席に2丁の銃を投げ、左手でコレクティブスティックを上に引く。左のラダーペダルを踏み込むと今度は右手でサイクリックスティックを倒し、ホバリング状態にするとコレクティブスティックを操作して機体を更に上昇させた。
そうしてサイクリックスティックを前に倒し、機体を前進させる。ラビが下を見ると血に塗れた警備員がヘリコプターを見上げていたが、ヘリコプターを操縦させる知能はないようだ。ラビは一先ず安堵してそのまま前進したが、手掛かりを見付ける前にそのものと遭ってしまうとは。此処に再び来るのは危険に思えるも、一先ずクイーンに報告するべきか。
適度な場所で下りようと、ラビがサイクリックスティックを動かそうとした時だった。

『安全モードに切り替わります。今から20秒以内に機体が爆発します』
「?!」

機体の中に女性の声が流れ、ラビの顔が焦りに変わる。時計の針の音が響き出し、着々と秒が刻まれる。こんな機能ある筈がなかったとラビは焦燥するが、一体自分の知らぬ間にコーカス軍に何が起こったと云うのだ。
ラビは舌打ちし、銃を拾うとホルスターに素早く収める。そうして周囲を見ると近くに湖があり、後10秒余りと頭で考えるとその方向に向かって下降する。
残り5秒になると湖の側までは来たが、未だ大分高さがあった。然しもう限界かとラビは覚悟を決めて、扉を開けるとそこから『飛び降りた』。

――きっかり3秒の後ヘリコプターが爆発し、暴風を受けながらラビは飛沫を上げて勢いよく湖の中へと落ちた。







そのまま岸まで泳いだラビは、重たい水を身体に纏わせながら森の中を歩いた。スーツやシャツは水を含んでびしゃびしゃで、それを脱ぐと絞って腰に巻き、靴の中の水を捨てながらとんだ災難だとラビは心中で毒づいた。シャワーを浴びた犬のように首を振ると、濡れた髪を掻き上げる。
森の中を抜けたラビは泊まった宿屋に戻り、早速1晩泊めて欲しいと頼んだ。粗方渇きはしたけれど未だ濡れたラビを見て、夫婦も娘も雨が降ったかと思わず外を確認した。然し天気は曇りだったものなので、3人は不思議に思いながらも柔らかいタオルと温かい夜食でラビを歓迎してくれた。
その日の晩ラビは咳を出し始め、もしや風邪を引いたかなと思っているとノックの音がした。ラビが甘党な事を知る娘は蜂蜜を入れたホットミルクを持って来て、お礼を述べると笑顔を見せた。彼女の髪には花のヘアピンが付いていて、それは恋愛に疎い彼女が少しでも可愛く見せようとしたものだった。

身体がどうにも怠かったラビは然しその体調不良を隠し、早朝に早々と再びアイルランドを発った。帰る乗り物の中で頭は揺れるようであり、全身が熱くて力が入らない。これは完全に体調を崩したなとラビがやっとの思いで白兎に戻った時は歩く事もままならず、クイーンに帰った事と体調が悪い事だけを報告するとそのまま自室のベッドに倒れ込んだ。
自分の額に手を当ててみると、正に目玉焼きが焼けそうな位にそこは熱を孕んでいる。ラビは咳をしながら毛布を被り、そのまま意識を飛ばした。



…これから再び今現在の話に軸は戻り、ラビの階のフロアに到着したアリスは前の方にプリケットを確認した。ドリルのような縦ロールをした彼女はアリスを見るや否や隠さず不機嫌な顔をして、ブーツを動かす速度を速くする。アリスと擦れ違うと彼女は足を止め、そうしてブラウン色の双眸を後ろのアリスの方に向ける事なくはきとした声で云う。

「あんまりに非道いではありませんか」

アリスはその意味が解らずに止まって後ろを振り向くが、彼女は背中を見せているだけだった。アリスが彼女の言葉が孕む意味を聞く前に、彼女は一方的なマシンガンのように次の言葉を発する。その言葉は1つ1つの音が刺々しく、毒をじわじわと染み込ませているものだった。

「ラビ様は昔、貴方に良くしてました」
「……」
「でも貴方の今の態度はあんまりに薄情過ぎますわ。あたくしが口を挟むものではないとは重々承知ですが――、」

彼女はそこまで云うとアリスの方を向き、唇を噛み締めた顔を見せる。彼女の顔は理不尽な怒りや悔しみ等の感情を混ぜたような複雑なものをしていて、彼女の揺れる瞳と目が合ったアリスは無意識に眉を下げた。プリケットは握る拳に力を入れ、震えないように努力した声をアリスに向ける。彼女はきっとアリスの全てが許せずに、そしてその感情をぶつける事の出来る強くて弱い人間だった。

「あんな態度を取り続けるお積りなら、今後ラビ様に近付かないで頂きたいですわ」

それだけを云うと彼女は踵を巡らして、走るように足早にその場から立ち去った。彼女の後ろ姿をアリスは何も云わずに見送ったが、彼女の姿が見えなくなるとまた顔を前に向けてゆっくりと歩いた。その時にアリスの唇が軽微に動いて何かを云ったようだったけど、その動きで何を紡いだかは生憎解らなくて記載する事が出来ない。
アリスはラビの部屋の前に来ると、右手を少し上げて甲でノックした。然しラビから反応は返って来なく、何秒か待ったアリスはポケットに手を入れてグリムから借りたラビの部屋の鍵を取り出した。持つ部分にガーネットの嵌められた、銀色の小さな鍵だった。
忌み嫌う相手の見舞いをわざわざするなどとは非常に気に喰わないところではあったけど、意を決して鍵穴に鍵を入れる。音を立てず扉を開けて部屋に入るとベッドで横たわるラビの姿が見えて、アリスは静かに扉を閉めて鍵を掛けた。
毛布もシーツも真っ白なベッドに近付いて、ラビの横顔を見る。その顔は赤く、辛そうに眉根は顰められていた。アリスは彼の白色の髪を優しく退かし、頬へとそっと触れる。そこは熱く、唇から漏れる吐息は苦しそうだ。

「………ラビ、」

起こす為でも何でもなくて、理由なくアリスは彼の名前を小さく紡いだ。



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