天の美禄に召されましてU




「あれ? …ああ、貴方達、昨日の。クイーンとアリスよね、おもてなしも出来ないで悪いけど、朝食は適当にそこら辺のパンを取ってて」

盛大な欠伸をしながら、三つ編みの髪を乱れさせた彼女が帰って来たのは宣言通り朝方の事である。チークは剥がれ、そばかすが見える。パンの場所を指差すなり彼女はもう一度欠伸をした。
仕事を聞くと、踊り子なのだと云う。昼は鶏や牛の世話をしながら、夜は仏蘭西でしていた踊りをパブでお客に見せる。ろくなお客が来る所ではないけれど、たまに酔狂な金持ちが来るのだと彼女は云った。オーナーが吝嗇家であるから金持ちが来た時は、ここぞとばかりに物をねだるのだと云う。成功する事は中々無いが、とも付け加えて。

首のリボンを外しながらクロワッサンを1つ取る彼女の姿は無防備も無防備で、到底彼女が誰かを殺しそうにはなさそうだと2人は困惑したように目を合わせた時、立ったままの彼女はクロワッサンを囓りながら、

「あたしにはちょっと前まで母親が居た。父親は名前も知らない、そこそこの客が相手だったって。当然母親は結婚もせず一人であたしを育てた。それで、踊り子の彼女は娘を同じ道へ進ませた」

貧乏だったし、と云って無感情な顔のままで話をする。突然のその話題に戸惑いはしたものの、彼女が聞いて欲しい事であろうと直ぐさま察し、無言で続きを待った。この時の顔は真面目以外の何物でもなかったが、壁に掛かった時計を見ながらの彼女の次の言葉には、2人は到底冷静な態度を装えはしなかった。彼女の話の内容は、昨日の死体と関連の深いものであったからである。

「母親は、飲み過ぎで死んだ。昨日出てってから気が付いたのだけど、腐敗臭。大丈夫だった?」
「! あれは、君の母親?」
「そうよ。やっぱり気が付くわよね、白骨化しても相変わらず臭いは無くならないし」
「どうして埋葬していない?」

アリスが尋ねると、時計を見ていた彼女はそのまま玄関へ向かう。一体どうしたのかとアリスが声をかけると、彼女は身体を不機嫌に揺らしながら腰に手を当てて云う。それにクイーンは難色を示したが、素早く反応して立つアリスに首根っこを掴まれて立たされ、無理矢理彼女の後ろに着いて外へ出る。彼女が云った言葉とは、以下の通り。

「時間。今から鶏小屋に行く。話を早く聞きたいなら着いて来て」




彼女がいつもは1人で持つという水の入った樽を持って歩きながら、アリスは彼女に話を聞く。つんと突き出た鼻の目立つ横顔を見せながら、彼女は哀しみも出す事なく、どちらかと云えば憎しみを出しながら話をした。

「あたしは彼女を恨んでた。ろくな母親でもなかったし、死んでも哀しくもなかった」
「だから君は葬式の必要性は感じなかった?」
「あたしがもっと金持ちで、時間もあったらしたわ。でもあたしは葬儀屋に払うお金もないし、仕事仕事で時間もない」

この子達の水も2回は替えなきゃならないから、と小屋に着いてから云う。アリスは水を替え、飼料をやった。喜んで鳴きながら寄る家畜を見て、彼女は飼料は自家製なのだと云った。トウモロコシ粉や魚粉を混ぜるのだと。パブにやって来た農家から話を聞いたらしい。

「埋めもしないでクローゼットだったらタイミングも失って警察にすら云ってない。死体遺棄も良いとこよね。通報する?」

笑みを作りながらも眉を下げて云う彼女に、クイーンは小さく首を振る。ありがとう、と彼女は云ったが、その声は儚く響くのみ。
彼女は死体はこのままにすると云う。いつか時間の暇が出来たらどうにかするかもしれないが、その日を考えも出来ないのでその時また考えると。
水と飼料を運んでくれて助かったと述べる彼女に、こちらこそお世話になったと云いながら、何回も礼を云って別れた。空になった樽を抱えて帰路へつく彼女の後ろ姿を見送りながら、クイーンは云う。

「…さ、てと。電話は何処かな」
「来る途中で見た街中の骨董屋にあるんじゃないか」
「そうだね、貸して貰おうか」


骨董屋に居た店主は眼鏡を掛けた中年の男性で、客が少年2人であること、且つ目的が買い物ではなく電話を借りに来たことに商人らしく非常に嫌そうな表情を隠さず見せて来た訳であるが、それに気が付いたのはアリスだけであり、女王様は何処であっても女王様で、呑気なもので「1904型スパイダーだ。この形可愛いよね、でも僕の部屋のStromkeng Conlson社のTL-1897の方が希少価値があるけれど」と電話に食い付いた。アリスは電話なんてどれでも一緒だろうと思いながら、真ん中の番号キーをプッシュした。数回のコールの後、聞き知った声がする。他の者が出てくれれば良かったのにと、アリスは嫌な顔をしてみせた。

『おや、アリスか。どうだい、女王様は見付かったかね? てっきり本官は昨日の内に帰って来るものだとばかり』
「昨日見付けた。事情があって昨晩は泊まった」
『…おやおや。お楽しみか』
「違う」

受話器を今直ぐにでも置きたい衝動と、色魔のお前の頭にはそれしか入ってないのかと悪口雑言を浴びせたい衝動に駆られたが、それを抑えて今グリムが居るかどうか、居なければお前が時間はあるかと尋ねる。疑問を浮かべながらも前者は否定、後者は肯定の返答を貰ったので、ならば棺を持って車で此処まで来いと指示を出す。リヴァプールの外れだと場所を指定していると、電話の相手――ラビ、がどうしたのかと問うものだから、白骨化した死体を弔うのだと簡素に返す。
少々考えるような空白の時間があった後、ラビは「2時間あれば着いてみせる」と云った。電話が終了する。会話が聞こえていたらしいクイーンがDOXAの懐中時計を出して時刻を確認した。彼女が仕事に行くまでに時間は、十二分にあった。


電話を切れば骨董屋の店主が金縁の眼鏡の奥の瞳をジロリと向けて来る。もしかしなくとも冷やかしの客に不機嫌なのだった。漸くそこで察せたクイーンは、店内を見回してウェッジウッドのカップ&ソーサーセットを1つ手に取った。それをレジに置き、店主が訝しげに払える訳がないといった顔で決して手軽ではない値段を云うと、クイーンは平然とした顔でポケットの中から財布を取り出し代金を支払った。そこで客相手にする丁寧な対応へと変わった店主の笑顔に見送られ、2人は店を後にする。そこを出たところで、

「グリムのお土産にでもしようか」
「あいつは沢山持ってるだろ。それも紛れもない良いものを」
「ああ…、だったら金製のアテナの銅像買った方が喜ばれた?」
「間違いなくな」

失敗したなあ、等と後悔の色を見せず淡々と云う。さて、ラビが来るまで時間はある。どうやって潰すかと話そうとしたが、店の向かいの通りでは人形師がマリオネットを動かしながらお話を子供達の前で紡いでいるところである。目を輝かせながらそれを見つめるクイーンに、同じ年齢であるのに未だ子供だなと小さく笑みが漏れて、人形劇をもっと近付いて見るかと提案する。明らかに興味津津であるのに、肝心の彼の返事は「君がどうしてもと云うのなら」だった。



『ああ母よ、どうして人間は戦争をするのですか』
『理由は多種多様。宗教の違い…人種差別…飽かない欲望…』
『ああ母よ、では今の戦争は一体何が原因であるのでしょう』

茶色の髪をしたマリオネットが奇怪な雰囲気を醸しながら舞台上を踊るように回る時、兵隊のマリオネットが舞台裏から飛び出して来て身体をのけ反らせながら『ばあん!ばあん!』と構えた銃で息子を撃つ。逃げ回る母親も直ぐさま撃って、兵士は滑稽な様子で舌を出しながら子供達を見た。二体のマリオネットが倒れる舞台上で、ぐるぐる目が旋回する。

『今の戦争は欲望が全面的に現れた。とある一国が世界を欲した為に勃発した事だ』

そこで舞台が暗転し、兵士は逃げるように舞台を後にする。声を変えて役を演じる人形師は今度は落ち着いた男性のナレーションの声へ変える。

―かくして欧羅巴を中心とした戦争は世界中を戦火で飲み込んで、昔大陸が沈んで文明が退化した時同様、各国は深手を負い、文明が此処へ来て退化し、今尚優れた文明を持つのは戦争へ参加しなかった懸命な数国のみ―
―愚かで間抜けな人間共よ、こうしても尚世界を掌中に欲するか―

一筋の光が舞台を照らす。真ん中で照らされるマリオネットは修道服を着たマリオネット。祈りのポーズで天を仰ぎ、悲痛な声を荒げた。

『おお神よ、貴方はかく云う通り死んだとでも云うのでしょうか! このような悲惨な戦争、未だ見た事も御座いません! 一体どれ程の者が死に、苦しんだと云うのでしょう!』

マリオネットの胴体を、上から降った十字架が貫いた。マリオネットは苦しげに2、3回派手に身体を上下させて苦しんで、それから動かなくなった。天使も神も登場せず、光さえも舞台から再び失われる。
真っ暗な舞台へ舞台裏から来たのは形容不可能な不気味なマリオネットで、目からは腕が、口からは足が出ているその悪趣味なマリオネットは、十字架の刺さったそれを口に含むと舞台裏へと連れて行く。
戦火に焼かれながら断末魔の悲鳴をあげるシルエットが最後に登場し、人形劇はそこで終幕した。クイーンとアリスは顔をしかめた。



「チャップリンのような、皮肉めいた喜劇を目指していらっしゃる?」
「…君は?」
「尤も、彼よりも数倍悪趣味だ。演出はこの間の仏蘭西の三流劇より余程良かったですが」

子供達が不可解な顔で去った後、人形師はクイーンに話しかけられた。真っ白の陶器で出来たシンプルな仮面で顔を覆った人形師は、高慢な態度のクイーンの姿を上から下まで見回して、そこで「ああ、」と声を出す。

「あの、鬮鸞(きら)クインテット様様ですか」

皮肉を込めた蜂蜜よりも甘い猫撫で声で云う人形師に、クイーンは厭そうな顔を示すどころか厭味の皆無な笑顔で応えた。そうして「ところで、」と云う。

「子供には、大分ヘビーな話では?」
「昨今の戦争の惨劇を、子供の内から教えるのが私の役目だと自負します」

成る程、とクイーンが頷くと、人形師はさっさとトランクにマリオネットをしまい出す。その動作は至って慣れたものであり、今まで何回も講演していた事が伺える。
挨拶もせずさっさとその場を後にしようとした彼に、クイーンは待って下さいと声をかけた。律義に振り向いた人形師に、クイーンは緑のエメラルドのような瞳を向けて、

「最後に出て来たあの気味の悪いマリオネット、悪魔ですか?」

止まった人形師は肩を動かして声を漏らさず笑った。それに返事をすると、今度こそそこから居なくなる。テディベア店の中の時計を見て、そろそろ彼女の家に戻るか、とアリスは云った。男はこう云ったのだった。

「悪魔ねぇ。人間はこれだから傲慢だ。悪魔! そうです、確かに悪魔でしょう。但し人間が化したそれではありますが! 他の生物からすると人間は皆ルチフェルでしょうよ」






「お前はっ…、常識が、欠如してるのか……!」

道を戻ったアリス達は、道中で待ち人を発見した。但し、車でと指定したにも関わらず、真っ白の髪に真っ赤な瞳の兎のような色をした彼――砥炉跿(しろと)ラビは、戦車で来た訳であるのだが。
何の事だい、と肩を竦めて包帯で隠れていない方の左目を愉快げに揺らすラビにアリスは本当に解らないのかと、両耳の17個のピアスをそのまま引っこ抜きたくなってしまう。アリスは変人の多い自分の所属する葬儀屋の中でも、この楽しければそれで良し、のサディスト快楽主義者の彼とは特に気が合わない。彼を見上げて怒鳴りつける。

「誰が戦車で来いと云った! 目立つにも程がある!」
「本官は生憎戦車しか操縦出来ない」

フロントのボタンホールへコイン付きのチェーンが装着された黒色のジャケットを羽織る肩をわざとらしい苦笑と共にもう一度竦められ、役に立たない元軍人だと溜め息が出る。あらゆる武器をこなせるよりも、アリスにとっては車を操縦してくれる方が有り難い。
彼の珍しい髪色と目の色は目立つものである事は否定出来ないものであるし、本当にグリムが居てくれれば楽であったのにと悔やんだが、今それを云っても仕方ない。アリスは棺を出すよう指示した。

「一体誰に入り用なんだい?」
「クイーンが世話になった女性の母親。放置されて白骨化してる」
「へえ」

2人で棺を持ち、クイーンがその後に着いて行く。自分がお世話になったのだし少しは手伝えとも云いたかったが、云っても何も変わらないのでアリスはそれを諦めた。足音とラビの腰に巻かれたホルスターが擦れる音以外は何も音がしなく、改めて静かな場所であるのだと思った。風の吹く音がする度、気持ち良いねとクイーンは云った。

粗末な作りの小屋のような家を控え目にノックすると、花柄の真っ赤なドレスを着た彼女が登場した。2人を交互に見て「帰ったんじゃなかったの、忘れ物?」と呆気に取られた顔をしたが、ラビに気付くと素早く上の顔から下の立派な黒の革靴まで繁繁と見渡して、メイクをしていないが故に解るそばかすを隠すように両手で顔を覆ってから、

「まあ、色気のある人! ケルト人?」
「ああ。チミこそ魅力的だが、仏蘭西人かな?」
「そうよ、貴方ってば声まで素敵ね。クイーン、貴方達の仕事仲間? 良ければ貴方、私の踊りを見に来ない?」

誘うように彼女がそう云ったところで、咎めるようにアリスが咳払いをする。ラビは肩を竦めて「失礼、行きたいが真面目な者が居るもので許してくれそうもない」と云った。彼女は残念、と笑顔で云って、アリスにそんなのじゃあ彼女も出来ないわよと忠告した。アリスは小さな苦笑で返す。

「で、忘れ物?」

再びそう尋ねた彼女はそこで棺に目が行ったらしく、パチクリと瞬きをした後、「ああ」と云う。そういえば貴方達、葬儀屋だったわねと呟きながら、視線を屋根裏へやり、

「わざわざ来てくれるなんてね。有り難いけど、お金はないわよ」
「俺達の宿泊費ということでさせて頂ければ、嬉しいのですが」
「とんだ慈善事業ね。こんな粗末な家の一泊分で葬式だなんて、」

そう笑いながら云う彼女の横顔は遠くを見ているようであり、もしかしたら昔を思い出しているのかもしれないとアリスは思う。彼女は息を吐き、「してくれるのなら」と云った。彼女と一緒にアリス達は屋根裏へ上がった。



「あたしの母は、小さかったけど美人で評判が良かった。今は見る影も、ないけど」

嘲笑うように云いながらクローゼットを開けた彼女の顔は、複雑なものと化していた。まるで花束の代わりに置かれたような幾多ものポプリ、それ以外の何のもてなしもされていない死体はその美しさを連想させはしなかった。
ためらいもせず彼女はクローゼットから死体を出し、棺に入れた。音を立てながらその亡骸は綺麗に収まる。それを見ながら、クイーンは尋ねる。

「何処に埋めて欲しいとかはある?」

家の近くだろうと踏んだものだが、彼女は少し置いて「貴方達の会社は何処に?」と聞いた。一瞬悩んだがクイーンが答えると、それなら、と彼女は云う。その視線は母親を向いていた。

「良ければ、そっちに埋めて欲しい」
「…。近くじゃなくて良いの?」
「母は、町外れの此処が嫌いだったの。華やかな街でいつか暮らすんだって云った。醜い姿だけど、場所位は…」

彼女は立ち上がり、窓から外を覗く。すると戦車が目に入ったらしく、ラビに貴方の?と聞く。肯定の返事が来ると、彼女は愉快そうに笑った。戦車、目立ちたがり屋だった母には確かに良いわと笑っていたが、アリスは彼女の目に確かなそれを見た。恐らく彼女が初めて流したであろう一筋の小さなもの。彼女が母親を少なからず愛していたか、気にかけていたかは解らないが、血の繋がりは何よりも濃く、彼女は確かにその母親の娘であった。
彼女が大好きだった薔薇の花を飾って頂けるかと尋ねた彼女に、勿論だとクイーンは云った。

彼女は、時間の余裕が出来たら訪ねると云った。会社の名前は何かと云う彼女にそれを教えたら、彼女は驚愕した顔で、貴方があの組織のお偉いさんなのと信じられない声を出す。どうして威厳溢れる僕を誰もが偉く見えないのか不満だ、と漏らすクイーンにアリスが無理だろうと云うと、昨晩の如く靴を思い切り踏まれた。

「僕達の葬儀屋の組織は、白兎と云います──」






「お帰りなさい」

柔和な笑みでお城のような豪奢な装飾の白兎の中アリスの帰りを迎えたのは、王子様のような見た目のグリムである。ふわりとした天使のような茶髪と温厚そうな水色の瞳とすらりとした長身、ブリティッシュなスタイルを思わせるヘリンボーン柄の上質なスーツ。
癒される心地すら覚えながら、アリスはウェッジウッドのそれを渡す。不思議そうに見る彼に、アリスは疲れたように首を鳴らしながら、

「幹部から副幹部へお土産だと」
「おや、クイーンから私に…ですか。驚きました」
「だろうな」
「彼は?」

そう聞かれ、近くの墓場で埋葬をしているところだと返す。仏蘭西人の女性の死体を見付けたからそれをしているのだと云えば、おや、私と同国の方ですねと優雅に笑んだ。グリムはそのお土産を丁寧にマホガニーの机の上に置き、それで貴方はその場に居合わせなくて良いのですかと云う。

「何でも派手好きな人らしく、そういうセンスはあの2人に任せた」
「そうでしたか。ああ、ケイティは貴方達の帰りを待ちくたびれて寝てしまいましたが」

そう云う彼に、あいつはいつも寝てるだろと返せば、違いませんねと苦笑。2人が帰って来たら落ち着けるような紅茶でも淹れておきますかね、とグリムはウェッジウッドの包装を解く。どうやら早速、役に立ちそうである。俺にも頼めるかとアリスが云えば、グリムは振り向いて惜しみのない笑顔を見せた。勿論そのつもりでしたよ、との女性が聞くだけで胸をときめかせるような台詞と共に。





「おお。我ながら傑作」

真っ黒な棺の中に収まれた、ピンク色の薔薇の中、同色のリボンで包まれた華やかな死体を見て、クイーンは己のセンスには感服するとでも云わんばかりにうんうんと頷いてみせた。生憎死に化粧も衣装交換も出来るような状態ではなかったので、彼が考案した苦肉の策である。
ラビは戦車の中から彼女から貰った母親の一番のお気に入りであるとのドレスを出す。梯子レースの付いた真っ赤なそのドレスを死体の胴体に飾るように置き、そうして棺の蓋をゆっくりと閉める。音を立てて、先程掘った穴の中に入れた。

「帰ったらグリムが、温かい紅茶を淹れて待っててくれたりしないかな」
「期待は出来る」

話をしながらスコップで土を棺に被せる。見た目にそぐわずクイーンは確かな力を以て手際良く迅速に土を被せ、みるみる棺は土の中へ埋まっていった。満足そうな顔で良い仕事をしたとでも云わんばかりに額の汗を拭う所行をしたクイーンは、次いで中から持って来た十字架を自信満々にラビに見せた。ラビが彼にしては珍しく余裕のある笑みを見せない事にも気が付かず、こんなこともあろうかと用意しておいたんだよねと腰に手を当ててみせた。彼が手に持つのは、ピンク色をベースとし赤色の水玉模様を持つ、派手な未曾有の十字架である。もしかしなくともそれを刺した。

「…。何処で手に入れた?」
「武器から文明の利器から何でも揃う、世界一最強の通販会社、帽子屋」
「…悪趣味以前に、罰当たりなものだ」

首を横に振ったがクイーンはそれを都合良く聞こえなかった事として、ああそういえば名前を聞き忘れたねと悠然に宣う。まあまた名前は彼女が来た時書いて貰えば良いんじゃないかと諦めて云ったラビに、それもそうだねと同意。
仕事終了だと云いながら伸びをするクイーンの周囲には、幾多もの墓がある。それは仕事での墓も勿論あるが、戦争で失われた者達の墓が大部分を占めた。
中では極上のお菓子と紅茶が歓迎をしてくれる事を心の底から期待して、2人はその場を後にした。彼女の十字架の元に名前が刻み込まれるのは、これから数ヶ月後のことである。





ケイティが自室のベッドの上で伸びをした。黒とピンクの混ざったボブカットの髪をだらしなく垂らしながら、小さな手でコバルトカルサイトのような瞳を乱暴に拭う。どうやらテレビを点けっ放しで寝ていたらしく、右方からニュースを伝える音がした。抑揚のある男性の声である。
電気の消えた薄暗い部屋で映し出される、モノクロの画面を暫く見る。ノイズも砂嵐も酷いテレビであったが、ケイティはそれは特に問題視していないようで大人しくそれを甘受した。何を考えているか分からぬ朴念仁である。

『×日、■■国大統領…暗殺さ…ました。妻と子…は奇跡的に…の惨事の中1つの流れ弾…当た…事なく、軽症もないまま…生存…ました。暗殺の目的は不明…す。警察…犯人逮捕に乗…出しま…が、手掛か…のないまま既に数日…経過し焦…を見せる…のの、依然として成果の上…られな…模様で…。』

次に画面を占領する大統領の顔に見覚えはなく、ケイティは小さく首を傾げた。その時、大広間の方面が賑やかさを取り戻していることに気が付き、アリス達が帰って来たことを察する。
ベッド脇のランプの下に置いた厳つい形の首輪を手に取って、それを機械的に首元に嵌める。そうして銀の鋭利な刺の付着したグローブを両手に装着すると、テレビを消すこともなく部屋を後にする。

画面には、姿を暗ましたという大統領の娘の顔写真が映っていた。



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