音無




7.双子の兄は白兎唯一の非戦闘要員であるが酷く狡猾である




『ジャァアバウォオックゥ、おっ兄たあああああん!』
「うおっ」

天真爛漫な様を見せる喜色満面の双子から繰り出された鋭利な切っ先をしたトレンチナイフ――を、向けられた側の双子の兄であるジャバウォックは顔をそのまま右へと動かしヒョイリと避ける。その際、欠伸を隠すべく顔の目の前で掲げていた左手の雑誌をも動かす事は忘れていたので、見事雑誌は2本のナイフの餌食となり残虐な音を立ててナイフの刺さったまま、彼の左手から吹っ飛んだ。其のメンズ雑誌の花形である英国人モデルの整った顔が、首と左目へナイフが突き刺さるとの目も当てられぬ事態へとなったのをジャバウォックは心の端で同情をしながら己の座った、放送室の黒の革の椅子を回し双子と向き合った。

「2人とも、こーいう危険な遊びはアリスにしようね」
『だってアリスたん無言でしれっと日本刀で叩き落としちゃうんだもん!』
「お兄たんだって避けてるじゃない。尤も昔っから2人に投げられて来て慣れてるとは云え、結構内心肝っ玉冷えてるけど」

しかし咎めるそぶりを見せなければ怒るそぶりも見せないジャバウォックは、音を立てて椅子から立ち上がると白の壁へと刺さったナイフの柄を持ち右手でそれを引っこ抜く。もう1本も抜くと重力のなすがまま落ちる雑誌は左手でキャッチして、雑誌はごみ箱へと乱雑に捨てた。グミや飴の袋の上に堆積された新たなごみへは最早一瞥もくれず、

「はい」

ジャバウォックが右手の2本のナイフを凸の放物線を描くよう緩やかに投げると、其の柄のみを双子は見事掴み取る。それをシースの中へ慣れた所業で終うと2人は笑みを絶やさぬまま、

『お兄たん、遊ぼっ!』

そこでジャバウォックが珍しく苦笑で返すので、双子がもしやと移した視線の先には、机上のフィギュア。戦前の米国で上映された、話題大沸騰であった映画のヒーローのそれ。精巧な其の作りは映画の崇拝者となった青年を主とする中高年の男性を虜とし、映画自体もテーマ・パークの1アトラクションと成った程の人気さ。マニア垂涎であるその人形をまた映画のファンであるジャバウォックは漸く何でも御座れな通販会社、帽子屋で取得した訳であるが――。
要するに、双子が大好きである彼でも、たまには1人で好きな世界に浸りたい時もあるだと双子は推測した。

「相手してあげたいのは、山々なんだけどね。お兄たんも今は少し取り込み中と云うか…、」

その考えを裏打ちするような発言までされてしまい、双子は一気に落胆の色を示す。すると罪悪感へ駆られる兄の様子を察し畳み込むよう兄譲りの狡猾さを持ち合わせる双子はそうしてうるうると瞳を揺らせ始め、しかしこの手で常日頃から折れ結局は双子の思惑通り己の欲求を犠牲として来た彼は、今日こそは折れるものかと頑なとなりながらも実のところ早くも双子の可愛さにノックアウトしかけてはいたのだが、

「ア、アリスの元へ行っておいで」

困った時のアリスである。するとアリスが大好きな双子は餌か玩具を与えられた仔犬のようピクと反応を示した訳であるが、しかし直ぐ様揺らしてしまいそうとなった見えぬ尻尾と耳をシュンと下げ頭をうなだれる。一挙一動が本当可愛いのだからと兄は心臓をキュンと締めた。彼は白兎で上位を争う兄馬鹿である。

「…でも、アリスたん避けちゃうし」
「女王と話してる時を狙えば大丈夫だよ、デレて油断してるに違いないからね」
「そっかあ、お兄たん頭良いねえ!」

男の子であるドルディーは顔を綻ばせ身を乗り出したが、どうやら女の子であるドルダムは不満である模様。おやと未だ幼き少女に芽生えた感情を推し量れぬどころか考えもしなかったジャバウォックがこてんと首を傾げると、しかし彼女は小さな頭を横へと振って己の心中の感情を振り払うようしたかと思うと平生の天使のような笑顔となり、

「うん、なら今からアリスたんへナイフを投げてくるね」

アリスにとっては堪らない事を、平然として宣ったのである。




一方、アリスは仕事の話をしに書類を片手にラビの部屋まで向かって歩いてた。双子がアリスの姿を目撃したのは丁度その時であり、彼等は標的である彼を見付けるや否や仲良く顔を見合わせて何か良からぬ事を目論む子供宜しく、口元を上げ、ニンマリ。虎視眈々と獲物を狙う獣のよう、アリスの後を追跡しクイーンと接触の機会を狙う。しかしアリスが向かうのは当然ラビの部屋であったのだから、部屋の前まで来たアリスの様子からそうと分かるとどうしようかと双子はまたもや顔を見合わせたものの、手元へ持つ書類でまあ直ぐ帰るであろう事も分かったのでラビの部屋をノックし暫し待ってから入るアリスの姿を見送った。


さて、此処からは双子の知る予知ではないのだが、実はアリスがノックした時ラビからの返事はなかった。不在かと思い諦めかけたアリスの耳へとその代わり入って来たのは話し声。その内容までは分からなかったアリスは躊躇った後、結論、まあ書類を渡すだけだからと開かれたままの扉を開けた。

「………あ」

アリスが此処で視界へと入れたのは、座るラビの膝上へと座り甘えるよう縋る少年との図である。ところでアリスはラビの事を大層な遊び好きであると思っているのだが、其の実ラビは誰でも良いとの節操なしでもない訳で、今の光景であっても迫る彼をやんわりと、気持ちには応えられないと宥めていた現場であるのである。しかし、当然今までの会話を知らぬ者ならば誤解する場面であるし、これはそのようなそぶりを見せるからラビも良くはないのであるが誤った先入観を持つアリスは当然誤解もする訳であり、弁明の予知もなさそうな此の空気にラビは白兎から追放されるのではと固まった。

…しかし意外や意外、それを見たアリスは怒鳴り散らすも何もせず、一瞬呆気に取られた顔をするも直ぐ様困ったような笑顔となる。

「悪い、取り込み中だったな」
「ああいや、これは」

逆にその笑顔が恐怖と感じられたラビは弁明をしようとするが、しかし断っていたと等当人の前で云えようか。眉を下げ恥ずかしげにする少年を見てはましてや出来る筈もなく、手を振ろうとして止めたラビにアリスは変わらず笑顔を向けた。平生であればその表情を珍しいと微笑ましく見られるも、今は冷や汗を流す他あるまい。
アリスは部屋の中まで歩き、そうしてラビの前の机上へと書類を置くと、

「仕事。後で目を通しておいてくれ」
「あ、ああ」

普通の変わらぬ態度を見せる彼にもしや本当に怒ってはないのではとラビは考える。するとしかしアリスはそのままラビの近くまで来、そうして何であろうかと顔を上げたラビのピアスが開けられた耳元まで唇を寄せ何事かを囁いた。唇は後もう少しでキスが出来そうな程の至近距離。
この声は微かな音で小さく紡がれたので向かう少年の耳には一切が入らなく、しかし直接囁かれた側のラビは嫌な程その低音が聞き取れるばかりかその言葉は耳を犯す程の威力を持った。顔面を蒼白にし笑顔を引き攣らせて固まるラビへ、何事もなかったかのようアリスはまたもや笑顔で「邪魔したな」音を立てて扉を閉め部屋から出た。あの言葉で彼が紛れもなくお怒りであるのが易々と分かったラビは頭を抱え、さてこれから数日は口を利いて貰えなくなるのだろうなと予想する。
アリスの紡いだ言葉とは以下の通りであるが、彼が此の言葉を紡ぐ相手はそうそう居るものではないだろう。

「死ね」






「あっ、アリスたん出て来たよドルダム!」

柱の後ろで彼の帰りを今か今かと待ち侘びて数分が数時間とも思えた双子はしゃがませた姿勢を威勢良く立ち上げる。そうして各々の右手へナイフを構え、さて今度こそとクリスタルのような輝きを見せる瞳を瞬かせながら機会を窺った。しかし対して彼は部屋の扉から壁伝いに十二、三歩みを見せたかと思うと、突然その場に立ち止まる。果たしてどうしたのであろうかと、双子が純粋な様子で柱から顔を覗かせ彼を見ると刹那、
ドガン!との轟音が来たものだから双子はきゃあ!と小さな悲鳴を上げて尻餅を着いた。アリスは己の限界の速度で日本刀を鞘から抜き出し、柄の背で右横の壁を1度殴打したのである。煙が沸き上がるか皹が入るのではと思える程の攻撃へ双子は仰天して腰が抜けたままアリスから視線を離せないでいると、俯いた顔はよく見えぬものの静かな怒気を孕んだ彼の様子は子供でも分かるものであり、荒れた雰囲気を漂わせたアリスはしかし日本刀を再び鞘の中へと戻すと無言で、静かな足音でまた歩みを始めた。
あのような怒りを見せるアリスを初めて見る双子は当然正常な危機管理能力を持ち合わせていたので、腰の抜けたまま顔を見合わせて、

「…今日はアリスたんは、やめとこっかドルディー…」
「…そうだねドルダム…」

双子は結局ジャバウォックに相手をして貰おうと放送室まで戻ったが、兄は何故か居なくもぬけの殻であり、双子はふて腐れ寝るに至った。





「ジャバウォック、居る?」

さて、双子の戻る少し前の放送室での出来事を綴るとするならば、クイーンはそうと云って中へと入った。無論アリス同様ノックをしたものの、返事もない上話し声もなかったのであるが、先ず彼が居ない事はあるまいし、外出の可能性の1番ある今日、もしやもう出たのかとも考えたクイーンは兎も角として扉を開ける事とした。
するとジャバウォックはそこへ居り、肩掛けのタイプのスポーツバッグの中へお菓子やら財布やら何やらを詰め込んでいるところであった。クイーンが名前をもう1度呼ぼうが返事はなく、彼がヘッドフォンを装着しているのを確認した女王様は眉を上げた。そうして威風堂々たる様で放送室へと上がり込むと至近距離まで行き、

「ジャバウォック」
「え、…ああ女王、来てたの」
「性能がすっかり悪くなったようだね。もう時期でしょ、今から向かう訳?」
「うん、双子もアリスへ任せたしね」

漸くそこで来訪者に気が付いたジャバウォックは驚いた顔をした後に人懐っこい笑みを浮かべて迎えた。ヘッドフォンを外す事なく呆れ半分心配半分の少年の声色を聞いた彼は頷き、鞄を軽く叩いてみせた。もう準備万端だよ、とも云って。
玩具やお菓子の散乱した机上を見ると、そこには鮮やかな色をした机上型の小さなカレンダー。丁度今日の日付がオレンジ色で円を描かれているのを見ると、クイーンはまた視線を戻した。

「双子へは結局云ってないんだ」
「まあね。わざわざ云う事でもないし」

鞄を肩へ掛け、丸々としたバナナミルク味の棒付き飴を口へ運ぶ。それに、と恐らく1番の主要であろう理由を続けた彼の微笑んだ顔の眉が少し下がってしまった為であろうか、どうも人のそのような感情の変移を敏感に察するクイーンは胸の奥が何か黒々としたもやもやの感情で覆われるのを感じた。

ついでに云うと、クイーンは軽視と云う訳でもないけれど、神の存在をあまり信じていなかった。もしも居なかったとするならば、無の存在を渇望しその為に生きるのは馬鹿馬鹿しく、自分で活路を見出だすしかない事も、何事からも目を反らさない彼は知っていたからである。

「双子の前では、完璧な兄でありたいからね」






そんな会話の後、ジャバウォックは1人廃墟の連なった、自然も少なければ歩く人も少ない空気の悪いインナーシティへと来ていた。擦れた服を着て顔も汚れたままの身なりをした子供達が、やせ細った腕で捨てられたゴミ山のガラクタを、走りながら投げて遊んでる。そんな光景を飴を舐めながら自分の昔を懐古し、あの頃は貴族はまるで親の仇のよう思えたなあ、と己の歩みを進めた。中の空間が窮屈であるのが外からも見てとれる建物の前まで来ると、隣の建物との間で影となり太陽の当たらない、砂利を被った階段を上った。革靴と鉄の当たる度乾いた音がした。
階段を少し上がった左には、錆びた白の扉。そのドアノブを持ち右へ回して引くと扉は訳もなく開き、同時室内で立ち込めていた煙草の煙がジャバウォックを襲撃した。


その煙を嫌悪感を現すどころか寧ろ嬉しく嗅ぎ、中へと進む。
するとそこには白髪の皴の深く刻まれた老人が気難しい顔で、煙草を吸いながらルーペで何かの精密な機械へと向き合っていた。椅子へ深く腰掛けた彼はジャバウォックの来訪に気が付いた様子もなく、余程集中してるのか己の肘と当たった嗅ぎ煙草の箱を床へ落としたのも気付かぬ程。
相変わらずだなあ、とジャバウォックは思いながら黄ばんだ箱を拾い上げた。

「美味しそうなの呑んでるじゃない」

そうと云って机上へ箱を置くと、すると老人は来訪者の存在に気が付き眼鏡の奥の水色の瞳を瞬かせた。おお、来たかと煙臭い口で弧を描き云うと、ジャバウォックは改めた挨拶もせぬまま彼の銜えたウィルソン社の煙草を指差して、

「お兄たんにも1本頂戴」
「…禁煙しとるんだろ」
「超してるよ。超頑張って白兎では吸ってないよ。でも、少しだけ」
「折角棒付き飴で我慢しとるのに、強靭な意志とやらはどうした」

そうと脹れた小さな手で今現在舐めている棒付き飴を指差されては何も云えず、この時期自分が来る事は定期的な事で分かってもいるのでせめて煙草を吸ってくれてなきゃ良いのに、と元がヘビースモーカーのジャバウォックは毒であると視線を反らした。
鞄を空いた近くの椅子の上へ置き、己は立ったまま椅子へもたれるよう寄り掛かる。老人は煙草を口から離すと煙をふうと吐き、

「…で、ヘッドフォンはどうだ?」
「最高だよ。ラースおじさんの補聴器は世界で1番だね」
「そりゃあ嬉しい事を云う」
「でも、小さな音を取れなくなってきたから。またお願い」

そこでジャバウォックは己の両の耳へと宛てがった、その精密機械を外しiPodから引き離すとラースと呼んだ老人へと笑顔で渡した。了解、と老人は返して引き出しの中から幾つかのドライバーや空気亜鉛電池を取り出した。分解されゆくそれを、来訪者である彼は面白いのか優とした顔で見ていた。
ラースは中の機械を弄りながら、

「…しっかし何度も云うようだが、お前の働いてた仕事先は余程酷かったんだなあ。子供を中途失聴者へするなんぞ」

此処で肝心なのは、彼は来訪者が聴覚に障害を持っている事実を口では紡ぎながらもすっかり忘れていたとの事である。それは彼が昔と比べたら老いてしまったのも要因の1つとして加算されるが、しかし来訪者が何より幼き頃から知っている青年であるが為、どうも昔のままの記憶を思い出してしまうと云えば良いものか、結局彼は『ジャバウォックが極度の中途失聴者』である事を忘却していたのである。
故に返事が来ないのを不思議に思った彼はジャバウォックへと視線を遣ったが、彼は気が付いた風もなく今は日差しの当たる窓の外を遠くを眺めるよう、穏やかな顔で見てた。そこで己の馬鹿さ加減を知ったラースは視線を戻したが、見られていた事に直ぐ気が付いた彼は、

「ごめん。何か話した?」
「ああ…や、」
「もー、何か話すんだったらその補聴器直してから話したげてよ」
「すまない、忘れてたんだよ…」
「例えば罵も聞こえないんだからさ」

会話にならない、噛み合わない言葉のやり取りをラースは哀しく思えたが、笑顔で云う耳の聞こえぬ青年はどう感じたのだろうと思うと、恐らく自分なんかより余程哀しさへと見舞われたのだろうとラースは己の失態を恥じた。聴こえる筈もあるまいがもう一度だけ謝罪をし、そうして機械と向き合う。機械を弄る彼の口がもう動かなくなったのを確認すると、ジャバウォックはまた窓の外へ視線を戻した。それから太陽が昇り切ると退屈さを感じて来たのか、鞄から携帯ゲーム機を取り出しその落ち物パズルへと集中し始める。高速且つ無駄の皆無な動きは、彼がそのゲームをやり尽くした事を示してた。





その後太陽が西へ行くと、ヘッドフォンを象った補聴器が修復されて渡された。そうすると無論音楽を聴く為の装置ではなく補聴器の電源を点ける為のiPodのボタンを押すと、ジャバウォックの両の耳へ再び音の世界が甦る。どうだと調子を尋ねたラースの声が非常に鮮明に聞き取れたので気分を良くした中途失聴者は、バッチリであると笑顔で右手の親指と人差し指で○を作った。
小さな其の電源装置をズボンのポケットの中へと突っ込むと、

「で、何って?」
「お前の昔の仕事先の悪口だ」
「ああ…、あれも関係はするけど1番は戦争だって。凄いよー、ぶわーってヘリが来たかと思うと間近でミサイルの乱射だもの」

おどけて云う彼は今こそそうと云えるのであるが、当時の戦禍はどの時代よりも酷くあり、死者数と負傷者数は未曾有の数を記録した。事実、ラースは妻を亡くしたし目の前で話す彼も母親と義理の父親をそこで失ったのである。
そうして2人は、日陽が落ちるまで話した。現在の居場所の白兎では良くして貰ってて毎日を楽しんでるよ、と云うと安心したようで、老人はそれなら良かったと呟いた。双子が元気である事やある国の大統領の女の子がだとかのこの前の話を一通り聞くと、今度はそっちはどうなのだと尋ねられた老人は、変わらないとだけ答えた。昔のお前のような子供はまだまだ居るし、彼等がよく仕事を邪魔するから退屈はしないと。来る前で見た子供達の事かな、とジャバウォックは思った。
ところで、日が落ちて来訪者である彼が帰って行った今、ラースの耳からは彼の紡いだ言葉が離れない。彼のその言葉は意味深でもあったし、単純な文字でもあったし、聞き手の解釈でどうとも捉えられるその言葉が自棄に重たく感じられたのは、彼が昨今勃発を見せた戦争の一被害者でもあり、云う時はあっけらかんとしてたのに、何処か儚さをも取れるようであったからか。煙草を銜えた老人は煙の混ざった溜め息を吐き、乾燥し潤いを失った己の唇を中指の腹でなぞりながら窓の外を見た。あの日の黒ずんだ赤色は、今でも鮮明な様子で思い出された。頭の中でラースは先程の彼の言葉を反芻させ、本当にな、と顔を歪めて独り言つ。
ジャバウォックは帰る前、扉を開ける直前で彼へと向かって云ったのだ。

「戦争って、『俺等』に莫大な爪痕残していったよね」




帰路で、ジャバウォックは花屋で真っ赤な薔薇を見た。それは路地の小さな店であるが、足を止めたのを見た女の店主は素早く恋人への贈物であるかと嬉々として尋ねる。花屋を見る前は格段購入しようとも思ってはなかったが、あまりにも立派な豪奢な様子で薔薇が咲き誇るものだから、思わず足を止めたのである。
相手は残念な事に花屋の店主の連想するような甘い関係の恋人ではなく、渡したところでどうせ捨てられる事は分かりきっていたが、それでもイタリア人の性か最愛の人へ渡したくなり、迷わず彼は購入した。色は黄色や白の方が合うしピンクも可愛く思えたが、情熱的に行きたかったので赤とした。客人の大量の購入に気を良くした店主によって作られた、赤のリボンの巻かれた大きな花束を右手に持ちご機嫌で帰った。

後の事は此処ではあまり重大ではないかもしれないが、薔薇の花束を渡された側のグリムの態度は無下であり、彼は平常と同じくして冷たくあしらわれてしまったが、それでも花には罪が無いからと捨てずに受け取って部屋へ飾り枯れるまで世話してくれたのを、ジャバウォックは嬉しかったりした。


NEXT『指導者』


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