ニヒリズム的少年




6.彼等の1人は味覚を狂わせており狂信者である





さて、蜂蜜色の髪色とお伽話で出て来るお姫様の胸元で光輝を見せる宝石のような水色の瞳を持つ清清とした美しさの、まるで王子様のような貴族であるグリムが其の路地で商品を売る、卑しい身形の如何にも胡散臭い男の前で足を止めたのは、どうも彼が少々天然と云うよりは特殊な人間であるからと云った方が良いだろう。まさか炭で黒ずんだ、伸ばしたままとした乱れた髪の男もグリムのような者が客として足を止めるとは予想すらしなかったのだろう、しかし惚けたのは一時のみで素早く事を理解するとそこは流石商人か、黄ばんだ上、幾つか無い歯を全部見せて笑顔を作るや否や饒舌に話し出す。

「やや、旦那旦那、さては此の土地の方ではないね」
「ええ、仕事で来ました」
「こんな目茶苦茶な経済の国に仕事、立派なスーツだが何処の方かな、独逸」
「仏蘭西出身です、来たのは英国からですが」

話がとんとん、と進むと商人の男はご機嫌顔となる。手を揉みながらさりげなくグリムの恰好を見ると上質な生地の黒のチョークストライプ柄のスーツとネクタイ、瑞西製の銀の腕時計、高級さを見せる茶の革靴、靴と同じ色の革のトランク、ステッキ。此れは期待出来ると男は踏まえ、滑舌良く快活さを見せて地面へと広げた安い絹の布の上の商品の説明をし出す。
しかし、きっと酒場で酔った男に上手く云って手に入れた銀細工を欲しがる事であろうと踏んでいた男としてはグリムが興味を持ったものは男の胡散臭さを増長するガネーシャの像であったのは、男は演技でなしに相当驚いた。

「…旦那、変わり種だね」
「そうですか?」
「カトリックと云えば普通キリスト教と思ったが、」
「キリスト教も、信仰はしますよ」
「……アンタ、変な奴だな」

なってない敬語も忘れる程男は悪びる様子も見せず気を衒った発言をするグリムに呆れ、しかし商売であると気を取り直してそれが欲しいのかと尋ねた。グリムはさも当然のよう王子様のような笑顔でええと上品に云ったので、精々ぼったくってやろうと心中で舌なめずりしてた男は毒気を抜かれ、故に相応な値段を指で示すと財布をトランクから取り出すグリムを前に安い紙を袋から出し、像をくるくると包んだ。それをひび割れた剛毛の右手でグリムに差し出すと、

「神が好きなのかい」
「正しく申しますと、神の行う行動を引っくるめた、神の存在自体が」

どういう事か、と不可解な顔、難色を示した男に。

「私も、実用主義者なんですよ。きっとプラトニックな神への愛でなく、救済だけを求めてる」

何処か自嘲気味に云った其の言葉であったものの、男はそれに瞬きをして乾燥した唇を開けたままとした。と思うや滑稽そうに豪快な笑みをする。あまりにも可笑しそうに笑うものであったから、グリムは瞳を丸くさせる。どうやら男の紡ぐ言葉から察すると、グリムの言い分が笑えるらしいのだ。

「アンタ、そりゃあ当然だ。誰しもが救済される為に神を敬ってんのさ、じゃなきゃあ一体誰があるかも分からない存在を愛するってんだ」

男の言葉は云うのも価値のあるまい正しく当然の、鶏が鶏であるよう当たり前の事であったのだが、それは意外にもグリムの琴線へと触れたようで、諭されたグリムはそのような考えもあったのかと感心したよう頷いてみせた。しかし其の言葉は嚥下して納得し己の参考にしたものの、藁にも縋るかの如く宗教を信仰するグリムは都合良く男の次の言葉は無視をする事にした。

「しかしアンタ、救済されたければがむしゃらに神を敬うよりは1つを信仰した方が余程効果もあるだろうに」






さて、所属する組織、白兎の最高権力者であるクイーンから頼まれた仕事を終わらせたグリムであるが、帰路の電車に揺られていると騒がしい、恰好からして十中八九鉱山労働者であるだろう男達にグリムは話し掛けられた。着くまでと読んでいた聖書から視線を上げると目の前には3人の体格の良い男と、1人の小さな少年。無論キャスケットを被り継ぎ接ぎされた服を着衣した少年へと関心の行ったグリムであるが、其の少年の肩に手を置きグリムを見下ろす腹の大きな中年の男から云わせるとどうやら、

「嬢ちゃん、1人じゃ暇だろう。旅は道連れだ、一緒に話そうか」

との事であるらしい。当然5使の中でも最も高身長のグリムはスーツも着ている事なので何処からどう見ても女性とは見てとれなく、従って此の発言は優男であるグリムに対しての度の過ぎる冗談でもあるし、悪く捉えるなら厭味だ。そうとは分かりながらもグリムは気を悪くしたそぶりは一切見せず、代わって困ったよう苦笑した。旅は道連れと云えど、大声で酒を呑みながら政治の話をする趣味は生憎無かった為である。しかしやんわりと断るグリムの意思等はお構いなしであるのだろう、

「まあ聞けよ、このガキぁあの多くの死傷者が出た原子力発電所で働いててな、ほら、知ってるだろ、炉心の爆発が起きた原子力発電所」
「ああ、まあ」
「どっかの黒海に面した某国ぁ2回も溶融破壊を起こした! 1986年で懲りたと思ったら、放射能がまた欧州諸国へ飛んだんだ。何処とは云わないが、同じ国家共同体のあの国も胃を痛くしてるこったろうよ」

どうやら様々な国の文句を云うのが好きであるらしい彼が向かい側の席に座って話をし出すので、これは逃げられないかと感じたグリムは腹を括りさりげなく聖書を閉じた。今度は男は先程までグリムの居た国の経済はなってないだの国民は皆馬鹿だのを話し出すのを、グリムは曖昧に返事をして肯定も否定もしない中立の立場を取った。少年は男の隣で俯くだけであり、たまに男から話を振られると無理に引き攣らせぬよう心掛けた満面の笑みを作った。


そうして暫く一方的であるが話をしていると、男の仲間である者達もグリムの向かい側の席と隣の席に無遠慮に腰掛けた。そうして酒臭い口で今度は何処の酒場の女が良いだのと話すものだから、グリムが他の車両に行っておけば良かったなと思うのは仕方の無い事である。男達は泥酔したよう空となった酒瓶を振り回し、キェウバーサを品無く食いちぎる男はグリムにピエロギを食べるよう促した。どうやら此の男達、先程の国でたらふく食料を買い込んだらしい。
頂かないのも失礼かとグリムがそれを受け取ると、上品な仕草をした彼は決して受け取りはしないだろうと踏んでいた少年は酷く驚いたよう目を見開いたが、グリムは男に蜂蜜はあるかと尋ねた。男はぼさぼさの眉を顰め、

「デザート用のピエロギじゃないぞ嬢ちゃん。見ろ、中はマッシュポテトとチーズ、茸が入ってる」
「ええ、存じてますが、蜂蜜を頂けると幸いでして」

男は何に使うのかと訝しがったまま、しかし丁度デザート用で持ち合わせてはいたので惜しみはせずにグリムの右手に蜂蜜の入った瓶を差し出した。すると礼を述べたグリムは次の瞬間優雅な作法で至って真面目に蜂蜜をピエロギにかけたものだから、ナレシニキをちまちまと食べてた少年は口を開けて思わず凝視したし、男達も一気に酔いが冷めたよう、微動だにしなかった。更にグリムがそれを満足げに美味しそうに実に優雅に食べ出すものだから、男達は見てはいけないものを見てしまったよう嫌な顔をしながら口元を押さえて、

「…嬢ちゃん、美味しいか、それ。まるで粗末な豚の餌のように見えるがね」
「大変美味ですよ」
「………味覚がぶっ飛んでるな」


それから昨今の戦争の被害やら富んだ東洋の或る島国の話やら、そのような話題の盛り上がる中グリムはトランクを持ったまま席から立ち上がる。何処へ行くのか、もしやそろそろ降りるのかと尋ねる男に首を横へと振りコンパートメントで上司へ連絡を取るのだと返す。するとなれば荷物は重くて邪魔であろうから置いとくと良い、なあに俺達が見張ってやらあと云う彼等へ眉を下げた笑顔で断ると酔った彼等の逆鱗に触れたらしく、

「あんだ、嬢ちゃん、俺達が信用ならねぇってのか」
「そのような訳ではありませんが…、この中には大切な物が入ってますので、離れる訳には」

それを聞いた男達の目が鋭くなったのを脇目に確認した少年は、ああこの貴族のような男は余程の世間知らず(馬鹿)なのだな、と心中で思った。目を光らせたのは一瞬の出来事で、男達は直ぐ酔いの回った眠そうな顔へと戻ったかと思うと「なら仕方ないな」と物分かりの良さを見せた。俺達ぁ次の駅で降りるんだから早く戻って来いよお、そんな呑気な声を後ろに、グリムはコンパートメントへ移動した。





「お前、馬鹿だろ」

恐らくクイーンよりも最低3は年下であろう少年から呆れたようそう云われ、耳へ受話器を当てたグリムは何故自分がそうと云われてしまったのか、心当たりは生憎無かった。ので、呼び出しのベルの音を聞きながら少年へと向けた顔で困ったよう苦笑をすると、少年は皮肉をトマトスープに胡椒を振るかのようたっぷりと込めて、溜め息。先程の弱々しい態度とは打って変わった代物である。

「鴨が葱を背負って歩いてるっつってんの。アイツ等お前の荷物盗む算段をしてる。次の駅に着くまでに殺そうかって」
「おや、それは……ああ、少し待って下さい。クイーン私です、仕事が終わりましたので…ええ」

どうやら電話が繋がったらしく、恐らく上司と話をし出す彼を見て少年は溜め息を吐きたくなった。云われるがまま待ちはする少年は、彼はきっと馬鹿の極みなのだと感じた。何故なら今から荷物を盗まれるとわざわざご丁寧に教えても緊迫感も何も感じてないようであるからだ。これから仮に運良く殺されないでも暴行を受ける可能性を推測したり、身ぐるみを剥がされ一銭もなくなり帰る伝がなくなるとの想像力が欠けてるのだろうと冷笑を漏らした。これだから金持ちは馬鹿なんだな、労働者の方が余程賢いさと蔑む少年の心内を露知らぬグリムは、

「アリスが私に入り用…ですか。分かりました、では出来る限り急いで帰りますね」

等と云うものだから。グリムがでは、と別れを告げ少年と「お待たせしました」と折り目正しく向き合うと、少年は隈の出来た目を細めた。直ぐ帰られると思ってるばかりか今の強盗から襲われる危険性のある現状を告げぬとは大層お気楽な奴だと思ったのである。

「アリスって彼女と会えなくなるかもしれないってのに。馬鹿なの?」
「え、ああ、彼女ではないのですが…」
「何でも良いよ、兎も角殺されずに済んでも早くは帰れないよ」
「…、それは困りますね。財布とお金になるもの全て渡せば早く済みますかね」

真顔で口元に手を当ててそうと云うものだから、あまりにも物分かりの良い彼へと少年は驚愕した。しかも早速トランクから書類と何かが包まれた布だけを取り出して今からそのトランクを渡すとでも云いたげに席へ戻ろうとグリムが歩き出すものだから更に驚きだ。少年は流石に見るに見かね、狼狽しながらグリムの腕時計がされた側の腕を掴み動きを止めた。馬鹿は馬鹿でも筋金入りの馬鹿であると認識を新たにした。

「お前っ、大馬鹿だろ!」
「え…ああ、腕時計も渡した方が良いですよね。忘れてました」
「違、う! 鞄の中に大切なモンが入ってるとか吐かしたのはお前だろ!」

どうして俺がこんなにも云ってやらねばならぬと叫んで疲労したのか少年が脱力したよううなだれると、少年の親切心から来る真意を此処へと至って悟れたグリムはああ、と緩やかな笑みを見せた。そうして今し方トランクから取り出した布を解き、其の中身を少年へと向ける。それは女神像であり、年代を感じるよう大分古びたものだった。その像はグリムの姿とは結び付きの出来ぬものであり、何故彼がこのような物を持ってるのかと少年は眉を顰め疑問を顔で表した。そんな少年へ対し、

「これが、私の命よりも大切な物です。恐らく大したお金にはなりませんし、彼等も見逃してはくれるでしょう」

何と彼は古びた女神像が己の命よりも大切であると確固たる様で言語してみせるものだから、少年は又もや驚愕する他あるまい。少年が数年働いたとて手に入らないであろう腕時計や仕立て屋の仕立てた特別なスーツでもなく、みすぼらしさすら思われる女神像を選ぶと云うのである。其の真意は少年の推し量れるものでもなかったし、酔狂との一言で片付けられるものでもなかった。
しかし少年は、其の実意外と聡明な者であったので、少ししか話はしてないもののグリムの性格を悟った少年はきっと説き伏せても無駄であると正しく推定も出来、なれば放っておけば良いものを、それでも少年はまた性善説を裏打ちする手本のような善の塊であったので聡く云うのである。

「でも、お金が無いと帰るのに時間がかかるだろっ。交通機関は使えないし、まさか歩いて帰りはしないだろう」
「…確かに、ですね。ならそうですね、降りて次の電車を待つか馬車で帰りましょうか」
「降りるって、アイツらは次の駅で下車するんだ。だから次の駅までにって…」

そこまで云って、少年は言葉を飲み込んだ。何とグリム、隣のがらんどうの車両へ足を向かわせたかと思うと一つの窓を全開にするではないか。今現在電車は紛れもなく走行中、そうして下は草村ではあるものの高さもあるので落ちては只では済むまい。トランクを抱え窓へと足を掛けたグリムを見てとうとう今更の恐怖で頭が可笑しくなったかと少年は顔面を蒼白にさせた。グリムが今から窓から飛び降りようとしているのは一目瞭然であるからだ。

「ななな、何してんだお前っ」
「ああご心配なさらず、神の御加護があるので平気です」
「ちっとも平気じゃない!」

窓枠へと立ち後は飛ぶだけの体制となった彼を前にして少年は頭痛を催した。生憎、自殺としかなるまい行為を平然としようとする人間を落ち着くよう云い聞かせる術までは心得てはない。慌てふためきあれこれ考えを頭の中で巡らせる己に対し身体を向けてグリムは崩れぬ笑みを向けるのだから尚更だ。此処まで来ると最早世間知らずの粋ではあるまい。

「どうにでもなりますよ、人間信じれば何でも出来ますから」


其の彼の言葉に、思わず少年は嘘だ、と呟いた。少年の頭の中では、己の人生の不遇が渦を巻くよう廻ってた。これはグリムの知る事ではないのだが、少年は黒海へと面した経済もへちまもない国で生まれ育った。貧しい家庭に生まれたが故、学校へも通えず過酷な労働者としての道を余儀なく歩かされ、放射能のある地域で年を積み重ね、母親が死んでからは柄の悪い父親との友人、つまりは先程の男達の元で生活を送った。彼等は少年を人間として扱うと云うよりは道具として扱い、例えば強盗を行う時も今のよう、少年を利用して油断をさせたりするのである。少年はそんな己の呪われたような、しかし何処にでもあるかもしれない境遇を打破する知恵はなく、唯唯毎日を己を迫害する彼等は悪で迫害される己は善であるとの歪んだ奴隷道徳でごまかして送るしか自分の正気を保つ手段はなく、
従って、何でも出来るとの発言は所詮戯言であると考えた。

「なら、俺がアイツ等から逃げて、豊かな生活を送れるって云うのかっ」
「……彼等から、虐げられてるのですか?」
「もう沢山だ、無理だろ、信じたって無理なんだよ、神なんか居ないんだ!」

其の言葉は果たして神を拠り所とするグリムへはどうと届いたのであろうか。一瞬辛そうな顔へと歪んだのは少年だけでなく、本人も気が付きはしない無意識の動きであったろう。しかし何があっても神を信じると決めた、キェルケゴールと同様の宗教的実存としての生き方を選択したグリムは故にそれでも、
そうと必死な様子で声を張り上げ自身を諭すかのような少年へ、意味深な様子で笑んだのである。

「出来ますよ、少しの勇気を持てば」


そうして此の会話の数分後、グリムは本当に躊躇わず飛び降りた。コンパートメントに取り残された少年は魂の抜けたよう、ぼんやりとしながら開いたままの窓を見た。其の視線の先へは颯爽と代わる代わる緑で溢れた風景しか存在せず、吹き荒れる風の音と電車の走る音がけたたましく思えもし、今ある自分も何もかもが虚偽であり夢であるとも感じられた。
窓から身を乗り出し外を見渡そうかとも思ったが、怯むであろう事は分かりきっていたし意味も無いと思えたので少年は止めておいた。その代わり、勇気を持てば、と先程のグリムの残した言葉を味気なく小さく口で紡いだ。少年は脱力感に襲われてたし、夢見心地であった。例え今グリムは怪我一つせず何ともなしに無事着地し平然とした様子で馬車へ乗ったとの事実を告げても、少年は気の抜けた返事しかしないだろう。

さて、其の一分後、グリムと少年の帰らぬ遅さに痺れを切らした男達はコンパートメントには誰もおらず、直ぐ隣の車両に惚けた少年のみが居るのを変であると思った。次の駅までもうさほど時間もなく、従って男達は少年へと詰め寄った。

「あの優男は何処行った、まさかお前隠れるよう助言したんじゃあるまいな!」

此の数秒の後、まさか小さな少年から銃を突き付けられるとは思いもしなかった男達は恐れ戦いた。それはあの従順であった少年が反逆へと出るなんて夢にも思わず、また少年の瞳は本気であり、手中の精巧な造りの銃を一体あの少年が何処で取得したのかと不明な箇所等様々なものが関与した。男達は少年が己の今までの気持ちを吐露し「俺はもうお前等には従わない、自由に他の国で働く!」と詰め寄ると、次の駅へ到着した音がしたと同時一目散に逃げ出した。
走り去る男達の後ろ姿を見ながら、少年は実は煩く鳴っていた心臓を漸く落ち着かせた。扉が閉まると同時電車に1人となった少年は深く深く息を吸い、満足行くまで息を吐いた。男達がナイフも拳銃も持ち合わせておらず素手しか武器がない事を知っていたから出来た事でもあったのだが、それでも上手く行く勝算は無かったのである。

突然自由を取得した少年はあまりの今日の出来事に顔をしかめたが、しかしどうも可笑しくて笑いが込み上げた。少年は今や自由なのである。何をするかは決めてはないが、漸く手に出来た、渇望した其の事実。此処まで来るとどうとでもなれである、今までの国よりはまともな賃金が貰える事は分かりきってはいたので少年は電車へ任せて独逸へ行こうかと思った。トルコ系のガストアルバイターに混じって働こう、そうと思いながらグリムから渡された拳銃のトリガーを開いた窓に向かって引いた。

ポン、と可愛らしい音を立ててマズルから出たのは殺傷能力のある銃弾ではなしに、ピンクのバレエ服を着た金髪の妖精を象った玩具であった。黄緑の羽を生やした妖精は彼女と同時に出た金と銀のカンフェティを伴わせ、くるくると宙へ舞うとそのままゆっくり空へと飛んで消えた。
少年は見えなくなるまで其の良く出来た妖精を見送って、見えなくなると1回切りしか使えない玩具の拳銃を窓から捨てた。そうして少年は椅子へと座り、窓枠で腕を組んで少し眠る事とする。自由の身となった少年には、もう拳銃での虚勢は必要なくなったのである。

少年は結果、グリムとの出会いで一種のニヒリズムへと陥っていた己を超人へ変化させた訳であるが、意味が違うとは云え単純に言葉だけを拝借すると超人を提唱したニーチェの著名な言葉は「神は死んだ」であるのだから(重ねて例え虚無主義のままのキリスト教でもグリムは信仰をするであろうから)、また皮肉なものである。



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