隻眼白兎




ところで、ケルト人の砥炉跿ラビは他者より抜きん出たサディズムの他変わった嗜好を持ち合わせる。

それは観察である。然し観察と云えども生物学者や植物学者の行う学説的な有用性を持つものではなくて、その対象物は至って限定された。クイーンとアリスの両者が揃っている時のみの空間である。彼は2人が喧嘩でも仲睦まじくでも何であれ、話し笑う姿が大層のお気に入りであった。尤も見られる側のアリスは彼の変わったその趣味を気に入ってはなかったが、ラビはお構いなしに2人が早々恋仲になる事をきっと期待しているだろう。
彼の孕む感情は羨望や憧憬とは違い、然し敢えてどちらかと云うなれば、懐古や親から子へ対する情愛と云った方が正確であろう。そう、ラビは2人の様子が大変『微笑ましかった』のであった。彼の双眸へと何が映るのかは他者の知ったところではなく、然し他でもない彼には彼等の姿が宜しく映ると同時、或る光景が重なっても取れた。



RABBI'S PAST



──…ン、パン、パァン!

緑の茂るその真ん真ん中で、快活とも云える軽快な銃声が勢い良く鳴り響く。自信を持って確かにそうと聞き取れたのは計5発。数十M先の射的へと銃を左手を主とし両手で構えているのは1人の少年である。左側のみ外へ跳ね上がっているのが特徴の、珍しい白の髪と赤の瞳をしていた。その身体にはピアス等の穴は何にも開けられてはいなく、まさかと云うかもしれないが兎のような髪と瞳の色だって生まれたままの色である。
此所は、一般の者であれば先ずは行く事のない山奥だ。そして更に云えば、この際涯の分からぬ山奥に銃の熟練された軍隊が存在している。此の少年はその軍隊に所属しており、未だ15だと云うのに地位こそを持ってはいないものの彼の腕は買われてた。左腕に最優秀者達の所属する『1軍』である事を示す、白の軍服へと良く映える赤いワッペンがあるのがその証拠である。
その時、少年の右側から拍手の音が鳴った。少年がそちらを見ると、そこには少年と同じ色を持った長身の男が居た。少年との相違点を挙げるのであれば、彼の両耳に17個ものピアスが痛々しく開けられている事だろうか。

「凄いねえ、××は。もう本官を超えたろうか」

そうと実に駘蕩な様で云った男は、砥炉跿ラビと云う。ヒョロとした優型の見た目は正しく優男であると云うのに、此れで1軍の隊長だと云うから驚きだ。加えて述べるのであれば彼は生粋のサディストでもあったので、人は外観ではないとの典型的な例と云えよう。少年は背筋を伸ばし左手を額に当て敬礼した。

「ラビ隊長! とんでもありません、自分はまだまだです」
「ああ、また謙遜して。可愛い可愛い」

そう云ってラビはわしゃわしゃと慈しむよう利き手の左手で少年の頭を撫でた。少年は予想外且つ突然の出来事に声を出し狼狽してしまったが、憧れの人物から称賛された喜びで、少年の顔は仄かに赤へ染まっていた。彼の心中を知ってか知らずかラビはご機嫌顔のまま開いている右手の人差し指で的を差し、

「ほらチミ、見てご覧。5発中全部同じ穴とか神の域だ。××は凄い凄い」
「…ラビ隊長は、8発出来ると聞きましたが」
「おや、そうだったか」

忘れたねえと笑って済ます彼は大物であるのか、好い加減であるのか。少年は呆れもしたがそれ以上に上官である彼を盲目的に敬愛もしていたので、矢張りこのような態度から戦場となると突如優秀な軍人へと切り替えの出来る彼は偉大であると再認識した程だ。瞳を耿耿とさせながら自分も何時かは彼のようにとラビを見ていると、そこでラビは「ああ」と呑気な様で思い出したように、

「今から本官達が有名な組織を弾圧しに行くようとの指令が出たらしい。だから用意をと」

通常ならば警察が行うであろう国内の問題を、警察の無い此の地では軍が受け持つ事は至って普通ではあるのだが、云いに来たのだったと軽く笑うラビに少年は少なからず眩暈を覚えた。それはどうしてそのような重要な命令を忘れていたのかと云う事と、大層な話をピクニックにでも行くかのよう何でもない事であるかのように簡単に云えるのだろうと云う事。きっとこれが強者の器の大きさであるのだと少年は1人納得した。
そして再び姿勢を直し、

「了解しました、今から用意します!」
「敬語じゃなくて良いと云うのに」

上司らしからぬ事を云うラビを無視し、少年は張り切りながら走ってその場を後にした。向かうのは軍内にある自室。そこで愛銃の用意と出発の準備を効率良く済ませ一刻も早くラビの元へ戻ろうと考える。今から戦場。少年はそう考えるだけで一気、緊張した。心臓は煩く鳴り響き、握り締めた手は震え進める足は竦む。怖くはないかと云われれば、きっと吃る。少年は国の為に命を捧げる覚悟すらあるものの、しかし恐怖は確固たる存在として内へ強く根付いてた。
少年は考える、ラビは緊張してはいないのであろうかと。先程の彼は平生のよう余裕のあって緊張感なんてものは何処吹く風、微塵も感じられはしない。経験と天賦の才能の違いかと少年は己との月鼈に溜め息を吐く他無かったが、例え緊張しているもののそれを部下に見せようとしない、そうであってもそれも凄いの1言で尽きた。何故なら少年は、今の状態で気丈に振る舞う等不可能と思えたからである。

しかし同時、今からの戦いは全然平気であるとも思えた。何せ、コーカス軍最強の砥炉跿ラビが居るのである。少年は守られなくとも(お荷物となるのは嫌なのでそこはご遠慮も願うのだが!)側に彼が居るだけで安心感を覚えたし、彼が居る事で絶体絶命の戦況は容易に順風満帆となると信じてた。何事もなく一緒に無事に帰る事が出来、又一緒に笑い合える。そうして又銃の指導をして貰い、頭を撫でられ、少しだけからかうよう遊ばれたり、して。
そのような変わらぬ日常を過ごせると、少年は根拠もなくそうと思っていたのである。








目の前に広がる、夥しい程の黒ずんだ緋色。皚皚とした真っ白の雪のようであった綺麗な髪の毛が全て鈍く光る赤色に犯されて、先程まで普通に生物として稼動をしていたそれは最早只の『肉塊』としか形容も出来なく。
しかしその魂を喪失した只の醜悪な肉の塊である器があの紛れも無い砥炉跿ラビであったとは、此処で気絶から覚醒した少年は思いたくなかった。

「ぅ゙ぁ…おえ゙えええ゙ッ!」

目の前の凄惨で無残な光景と周囲一帯の鼻を突く酷く不快な腐敗臭に、思わず耐え切れず胃の中のものを出す。少年のあどけない鼻を克明な恐怖そのものの『死』の凄まじい匂いが突き、兎のような瞳からは到底信じ難い量の涙が溢れ、小さな口からは異物が次々と列居して吐き出された。びちゃびちゃびちゃ、と少年の汚物が吐瀉され周囲の赤を浸食した。光景の悲惨さは酷さを増した。

少年の虚ろな視界には、犬猿の仲であった副隊長を初めとする仲間の死体、そして砥炉跿ラビの死体。それらの死体は何れも綺麗な原型を留めたものはなく、彼等の肢体は様々な方向へと曲がり、本物の蜂の巣のようマシンガンで幾多もの穴が開けられた者、胴体を真っ二つにされた者、呆気なく頭を潰された者。唾液と吐瀉物の交ざった液体を口の端から垂らしながら膜の張ったような頭のままで其の光景をよく見ると、赤の眼球も飛び出してたりして。少年は酷過ぎる光景にドクと身体を撥ねさせて、再びおえ、と込み上げるがまま中のものを戻した。

びしゃっ。



上がった息を整えながら、少年は苦しみで歪んだ顔で負傷した左足を引き擦りながらラビの死体へと近寄る。どうしてこのような事にと戦場と化した建物の中、今の今まで気を失っていた少年は思う。否、事態は少年は自分なりの解釈であれば理解も出来ていた。気を失う前見た、ラビの姿。彼が少年を確かな様子で庇ったのは分かった。しかしその後彼は意識を失って、それから目が覚めたら、このような事。
ラビは、軍内では神からの寵愛だと称される程の銃の腕前だけではなく、その美貌でも大層の有名人であった。善かれ悪しかれ少年の入隊する前までは女性との噂の絶えなかった彼であるが、しかし今はどうだろう、その見る者を魅了した造型の見る影もない。彼の全貌が赤色と化し、元から赤色の瞳は黒く、濁りを見せた。

「ラビ隊ちょ、」

少年が震えながら、そっと顔へ触れた。ぬちょ、とした確かな肉の感触が少年の手に生々しく伝播する。あの抱き締められる度伝わった温かな体温は最早無く、あるのは冷えた血の温度。それが、もう砥炉跿ラビは死んだのだとしっかり悟らせる。この瞬間まで、それでも本当は、未だ彼が死んでいないのではないのかと。実は生きていて、騙されたかいと云って、意地悪く笑いながら洒落にならぬ冗談であったのだと、起き上がってくれるのではないかと。少年は強く、期待していたのである。

「ゔああああああ゙ッ──!」

…パンッ。

慟哭したと同時、少年は撃たれた。
残留した敵である組織側の人物に、躊躇もなければ同情する事すらなく焦点を当てられて、其の赤の右目を狙撃され。
少年は涙の溢れた左目を見開き。そうして、少年の見ている赤色の世界は真っ暗となり、暗転。

そのまま、少年はラビの亡骸の傍らで倒れた。






「…じ……ぶ?」

少年の耳へ、声が届いて来た。覚醒しきらぬ意識のまま、ああラビ隊長の声であろうかと、ならば彼は生きて、と少年は狭まった左目の視界をぼんやりと開けた。声が鮮明な様で聞き取れないのを酷くもどかしく感じ、しかし次また耳へと届く声で違和感を感じた。声は高く中性的で、酷く幼い。ラビの声はもっと落ち着きを持っており、男性と即座で分かる大人びた声ではなかったか。

「…ね、起きれ……の」

少年は己の上半身を起こした。途端、何でかは分からないが右目に激痛が走るではないか。

「痛ッ」
「ああ、無理しなくて良いから」

痛む右目を痺れた右手で塞ぐと同時、紛う筈もなき血の感触。そうしてその感覚と同時少年の頭の中であの光景がフラッシュバックされ、自分は確か、右目を撃たれたのだと思い出す。無論芋づる式で頭へ浮かんだ憧憬するラビ隊長の死亡が何よりも衝撃的であったので、右目を狙撃された事すら忘却の彼方へ行っていた自身を間抜けであると笑い飛ばす気すら起きず、少年は強く唇を噛んだ。と同時、ポタリと目の前で液体の滴る音がする。不審がった少年が頭を上げるや否や、視界に生首が入って来た。

「ッ─……!」

絶句。それは、残留していた組織の人物のものである。ポタ、と首から鮮血が落ちる様は少年を動揺させるには充分なものであり、少年は顔を上げ無事な左目で上を見た。少年の目の前で佇んでいたのは──。

「わ、右目…それ痛いね。て云うか君、それでよく生きてられたね。生存能力が高いのかな」

金糸のような柔らかな金の髪とエメラルドの瞳をした、余りにも華奢であり…15である少年より年端も行かぬ、少年。彼の右手には先程の生首が存在し、左手に在るは血の沢山こびりついた不似合いな凶悪な鎖鎌。少年の足元には沢山の組織の人間の死体が存在し、しかし少年の仲間が居るようは見受けられず、彼の貴族様の着用するかのようなリンネルの立派なシャツ服は血で無惨な色へと変貌を見せる。そうしてあっけらかんな態度で生首を床へと落とすものだから、軍人の少年は瞬時理解する。
自分では、彼には決して敵わないと。それは彼の立ち振る舞いからも理解出来るものであり、また本能的に察せたものである。

「…ねえ白兎さん、君の名前は?」
「………は?」

そこで軍人である少年は己へ話が振られていた事実だけに気が付いて、しかし何を云われたかまでは分からず目を合わせて惚けた顔をした。すると自分の話を聞いてなかったのが大層不満であるのだろうか人形のような少年は、ぶうと子供のよう頬を膨らませると、

「名前だよ、君の名前。呼ぶ時なければ困るでしょう」
「呼、ぶ…な、何で、」

軍人である少年は困惑した。知らない少年が、戦地の死体の山の中、悠々自適とした様子で我が道を行くとでも云ったよう、名前を尋ねて来ているのだ。加えて彼は呼ぶ際必要だとも云う。何故己が此の少年から呼ばれねばならないか、其の必要性が何からも見出だせなかった彼は疑問を口とする他無かったのであるが、戸惑いながらも会話を成立させる相手が嬉しいのであろうか人形のような彼、クイーン、は笑って。

「うん、君はあのコーカス軍の軍人さんなのでしょう。此の中で生き残った君は相当な腕前とお見受けするし、僕の組織に入んない? 未だ人員少なくてさ」

軍人である少年が訳が分からなくなるのも無茶ではない事。彼はあの父親は余計な仕事を遺して行ったよだの、君みたいな組織の主力となる戦力が欲しいだの、兎に角不満を零しながら饒舌で懇願をするから尚更だ。突然の、名前の教授もなければ何の組織かの説明もなしの勧誘。
少年が返事もせず左目を瞬かせたので自分の焦燥を分かったのであろうか、人形のような少年はコホン、と右手を口元へ持って行き咳ばらいをした。

「ま、まあ詳しい話は白兎へ帰ってからするとして。君だってこんな血みどろな中での話よりダージリンを呑みながらの方が良いでしょう?」
「し、ろうさぎ…」
「組織の名前。決まってなかったけど今決めたよ、君の外観に因んで白兎」

組織の名前が未決定であったとか、話すばかりの少年の見た目で名前を決めるだとかの彼の奔放さで軍人である彼は更なる困惑をする。今日の目まぐるしい事態へと何が何やら分からなくなり血酔いでとうとうよろめくと、しかし人形のような少年は座ったままの彼へ右手を差し出した。その陶器のような小さな手は血で塗れていたが、キリストの救いの手のような錯覚すら覚えたのは、少年の仲間が殉職し身寄りが無くなったからであろうか。

「葬儀屋と見せかけて実は、偽善者すらなれなく血の道を堂々行く勧善懲悪の孤高の組織白兎。さて、君のお名前は」

結論から述べると、手を差し出された側の彼は白兎へと加入をする事となる。詳細を云うのであれば白兎の中で中心となって稼動する5使(何でも、12使徒を捩ったものとの事)へと選抜され相当な実力者として重宝され扱われる事となるのだが、それは当然の事であると少年は思う。それは自負でも自惚れでもなく、平たく云うのであればラビ隊長への崇拝から齎されるものである。
あの日、死んだのは少年の方である、と少年は思った。

畢竟、ラビ隊長が自分とは比べものとはならぬ程勝った軍人であると事実をよく悟っていた少年は、腕を買われて組織へと入るのは自分ではなくラビ隊長の方が相応しいのだと思った。よくよく考えなくとも、ラビ隊長があの場で亡き者と化し自分だけが生存したのは可笑しな話。反対であれば納得も行こうが、これでは腑に落ちぬばかりか組織へ入る資格すら皆無とも感じられた。結果、自分を殺した少年は「砥炉跿ラビなら出来て当然」との宗教のような(又は教養の未だ無い子供が知らぬ間で超能力をしてみせるような)一種の思い込みで狙撃の腕が砥炉跿ラビ実物と寸分違わぬものに成長し、苦手にしていた甘味の異常摂取も可能になった訳ではあるが、其の話はまた違う時するとして。此処で肝心であるのは、少年はあの時、こう自己紹介をし、以来その通りの生活を送っているとの事である。


「自分、否、本官の名前は――、ラビ。…砥炉跿、ラビ。」



狂信の少年を、一体誰が嘘吐きであると咎められようか。



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