アリスと双子の初めましてのお話。 「んんん?」 「どうしたの、ドルディー」 「覚えのない匂いがする」 ジャバウォックの居ない放送室。そこでは放送局長の弟妹である双子のドルダムとドルディーが、気ままに絵本を読みながら、その小さな身体をソファに預けているところだった。そんな折、男の子であるドルディーは絵本を捲る指を止め、胸元のレジメンタルタイを掻きながら、そんな妙な事を口にした。 女の子であるドルダム――大きく癖のある髪を伸ばし、豪華なチュールのスカートを穿いた――はドルディーが云うまで気が付かなかったらしい、ユニコーンの描かれた絵本から顔を上げ、可愛らしい子犬のように鼻を動かしてみる。するとまんまるとした瞳を驚いたように更に大きく見開いて、感心したようにバレエシューズを履いた両足を動かして、 「本当だ! ガーデニアの匂いがする。凄いねえ、ドルディー」 「誰の匂いだろう? ラビたんはバニラだし、クイーンたんはジャスミンだし、グリムたんはオークモスだもんねえ」 「お兄たんは勿論ウッディ系だし」 放送室の外に居る誰かの匂いが解るとは、恐ろしい嗅覚である。双子は不思議そうな顔をして、可愛らしく同時に首を傾げると、絵本を床に落とした。 そうして同時にナイフをシースから抜き取ると、真顔で淡々と。 『…まあ、串刺しにするから誰でも関係ないけど』 その時、放送室の扉が開いた。ドルダムとドルディーは俊敏に身を乗り出し、右手を振り上げると扉に向かって思い切り投げた。二人の腕に嵌められたシリーバンズが激しく揺れた。 然しそのナイフは扉を開けたその者によって直ぐに『弾かれて』、鋭利な音を出すと床に叩き落とされる。ドルダムとドルディーは驚愕にそのまま動けなくなった。彼等のナイフを完全に防いでみせたのは、ジャバウォックとジャック、そして白兎の3トップである女王とラビとグリム以外には未だ居なかったからだ。 その人物は、見覚えのない一人の黒髪の青年だった。未だ幼さも残す彼は右手に構えた日本刀を鞘に収め(彼は日本刀でナイフを弾いたのだった)、ドルダムとドルディーを見ると少しだけぎこちなく笑う。 「…聞いてはいたが、元気だな」 『…おにーさん、誰?』 「俺はアリス。この間白兎に入って来た…東洋人だ」 東洋人。ドルダムとドルディーは東洋を想像してみたが、あまり何も思い浮かばない。双子が眉を変な形にして怪訝する様子が面白かったのだろう、アリスは苦笑しながら、 「…まあ、俺の出自はさておいて。ジャバウォックに、自分の留守中に二人と遊んでくれと云われたんだ」 『お兄たんに?』 「ああ。何が良い? 何でも付き合うが」 双子は少し間を置いて、それから二人で顔を見合わせる。今まで白兎の大人からは、「忙しいから」と云われて遊ばれた記憶がない。以前駄々を捏ねて漸くクイーンから寄越して貰った一人は直ぐに怖がって、もう一人は泣きながら謝って双子の前を離れて行ってしまった。然し今度の東洋人はどうだろう、堂々と彼等の前に立ち、ナイフを弾き、何でも付き合ってくれると云う。 双子は水色の瞳をこれ以上なく嬉しさで大きくし、それから玩具箱を漁ってミニカーや熊の縫いぐるみ、ジャングルスピードのキットを出し、 「遊ぼう遊ぼう! ドルダムお飯事したい!」 「それにペタンクも! 絵本も読んで!」 先程の怪しむような態度が嘘のよう、双子は突然明るくなると弾丸のように己等の欲求を訴えて行く。アリスは若干怯んだが、彼等が遊びたくて仕方がない事は容易に把握出来たので、「じゃあ先ずはお飯事を」と云うとドルダムから差し出された玩具の包丁を手に持った。 「只今、二人共」 『お帰りなさい、お兄たん!』 「アリスはどうだった?」 お土産の人形を渡し、頭を撫でながらジャバウォックは早速尋ねてみた。双子は兄がくれた兵隊さんの大きな人形に心を奪われながらも、興奮の余韻がまだまだあるように、 「凄く楽しかったよ! お話も沢山してくれたんだ、お兄たんみたい!」 「へえ、どんな?」 「猫さんが化けて枕元に出たり、人間に恋した鶴が人間になったり、鬼の兄弟が踊ったりするの!」 掻い摘んで話されたので、ジャバウォックはそのお話の全貌が全くもってさっぱりだったが、それでも双子の様子から優れたお話だった事はよく解った。元々白兎に未だ馴染みのないアリスの為に提案した事だったが(兄莫迦な彼は双子の存在が誰にだって癒しを与えるという事に、絶対的な自信を持っていたから)、それに加え双子もアリスを気に入ったというのなら、それ以上の事はない。 今回と今後の事がきっかけで兄の座を奪われる危機に面するばかりか、ドルダムに至ってはその恋心を奪われる事になるのだが、まさかそんな事になるとは思わなかったジャバウォックは。 「じゃあまた、是非アリスお兄さんに遊んで貰おう」 呑気にそう云って、双子もまたそれに元気良く賛同したのであった。 --- 双子とアリスの馴れ初め。アリスは双子の初めての人だったので(意味深)凄く良く懐いたっていうお話。 |