パロディ。 2月22日(金曜日) 「クイーン、お土産」 右手に掴んだ紙袋を上げながらそう云うと、床に転がって絵を描いていたクイーンは頭を上げる。それから猫じゃらしを見ている猫のように、興味津々な様子で紙袋だけに注意を払っている。彼の側にはすっかり縮んでしまっている4本の色鉛筆とコピー用紙。その環境じゃ満足なお絵かきなんて到底出来ないだろうに、俺の部屋に来てからは、家にも出ず無我夢中に絵だけを描いている。まるでそれが生きる証なのだとでも云うように。 ならば彼の宿主としての俺の役割は、その呼吸を出来るだけ円滑にさせてやる事だろう。もう少しその事に早く気が付くべきだった。紙袋を目の前に置いてやる。クイーンは両手を使って大切そうに袋を開ける。中から出て来たのは赤色のケースに入った、 「…フアヴア、ク…」 「ファーバーカステル。…ドイツの会社らしい」 然し生きるのには必死だが、生きる術については詳しく知らないようだ。一応色鉛筆の会社では著名らしいその名前を、知った様子はない。 加えてクイーンは質だとかはあまり気にする事がないのか、その素材よりも多くある色の種類が気になるようだ。今までの4色とは打って変わり今度は60色。これなら当分飽く事はないだろうが、もしも遠い未来飽く事があったならまた買い足せば良いだろう。そもそも俺は絵なんて描かない、故に色鉛筆が何色要るものなのかも知らない。 然し生きる方法なんて捨てる程あると云うに、一つだけに執着して良いのだろうか? 俺の考えに基づく結論とは、否、だった。勝手な持論を突き付けて良いものかとも悩んだが、客観的に見ても矢張り視野を広げるのは良い事だとも思う。それとも俺が俺の考えを排除しきれていないか、世間一般の考えを善だと勘違いしているだけか。何にせよ最初から存在しなさそうな選択肢を与えるのは多分悪くないだろう。 「クイーン、他にしてみたい事は?」 「…絵、以外で?」 「ああ。例えば音楽とか…読書とか」 「ううん。絵が一番価値のある事だよ」 「どうして」 「どんな世界でも紙一枚の上に創造出来るもの」 年齢の割に中々洒落た事を云う。俺はクイーンの描いた絵に視線を落とす。 そこに描かれているのは、動物とか人間とか星とか風景とか、共通性はあまりないものであったけど、唯一の共通点が一つ。それは孤独が無い事だ。人間でも、動物でも、花でも、一つで居るものがない。何かしら仲間を持っている。 これが或る意味の信号なのではないかと勘ぐってしまうのは、職業柄だろうか。やめた方が良い癖にも思えたが、それでも何かの責務にも思えた。 クイーンは真っ白な紙に、色を走らせて行く。列車が走るように。 2月23日(土曜日) 「初めまして、クイーン」 その日の夕方、俺は友人を家に招いた。クイーンはエメラルド色の双眸を瞬かせて惚けている。 彼女は友人の伝手で知り合った医者だった。快活で人当たりも良く、子供の扱いも上手い。兄の勤務先だった孤児院の子供を訳あって引き取る事になったと云った時、彼女は興味を示してくれた。是非友達になりたいと云うし、俺も彼女以上の適任者は居ないだろうと思った。クイーンには今話し相手が俺しか居ない、先ずは友人を作る事が先決のようにも思う。それは俺がクイーンの描く孤独のない絵を見て、いの一番に思った事でもある。 「クイーン。彼女はマッダーだ、挨拶」 俺がそう説明すると、突然クイーンの瞳が敵意を含んだものになる。それはマッダーも解ったらしい。クイーンは机の上のハードカバーを手に取ると、それをマッダーに向けて投げ出した。彼女が素早く自分の顔を手で覆ったから怪我はしなかったものの、まともに当たれば大変な事になっていた。然しクイーンの攻撃はそれだけでは飽きたらず、手当たり次第に物を持ったかと思うとまた彼女にそれを投げる。俺は急いでクイーンの手を掴み、 「やめろ、何やってるんだ!」 「出て行け、出てけ!」 「お前…っ、…すまない、マッダー」 彼女の肩は震えている。此処で俺は自分の傲慢さを知った。 クイーンには未だ早かったのだ。 「…本当に悪かった。折角来て貰ったのに…」 「ううん。…あの子、色々あったんだろ? 仕方ないさ。…今度は全身に鎧でも着込んで再チャレンジかな」 「お前が云うと冗談に聞こえないな…」 「半分は本気さ。じゃあ今日は帰るけど、また落ち着いたらこの前のデートの埋め合わせしてくれよ? 自分だって暇があまりないんだから」 クイーンに俺以外の誰かが居ないから、必然的に遠出は不可能になる。仕事以外で家を空ける事は殆どなくなった。その皺寄せが彼女にも行ってしまったが、愛想を尽かす事なく未だ交際してくれているのを、とても有り難く思う。 礼を云おうとすると、突然彼女が本当に軽く唇を重ねて来た。そうして悪戯げに笑い、「それじゃあ」と云うと背中を向けて帰って行く。 …記念日でもないけれど、今度何か贈らなければならないな。 2月27日(水曜日) 「出張が入ってしまって、2日帰って来れないんだ」 急な出張だった。仕事だから、断る訳にも行かない。 色鉛筆を握って宇宙を描いていたクイーンはその意味があまり解っていないのだろう、顔色一つ変えずに画用紙を見つめている。俺は話を続ける。 「…だから、その間誰かに来て貰おうと。この間のマッダーとか…」 「彼女は厭」 「なら会社の同僚?」 「誰も厭」 無茶を云う。溜め息を一つ吐き、諭すようにゆっくりと言葉を投げ掛ける。困るのは他の誰でもなく自分なのに。 「あのな。誰かを呼ばないとお前が困るんだ」 「どうして?」 「俺が居ないから」 ポキ、と色鉛筆の芯が折れた。水色の色鉛筆だった。画用紙からクイーンが顔を上げた時、反射的に喚き出す、と思った。この間のマッダーのように、思い切り憤慨すると思った。然し現実は俺の予想を裏切った。 画用紙から俺へと視線を動かしたクイーンは、ぽろぽろと突然泣き出した。最初は静かに涙を流していたが、段々とその涙の量は多くなり、肩は大きく震えるようになり、全身を使って喘いでは泣いた。クイーンが泣くところを初めて見たし、孤児院の誰もが彼のそんな姿を見た事はなかった筈だ。皆口を揃えて「クイーンは表情を変えた事がない」と云っていた。…親を目の前で殺されてから、感情を封印したのではないか、と。 直ぐにクイーンの華奢な身体を抱いた。あやそうと頭を撫で、必死に「ごめん」と繰り返した。 彼は孤独を嫌う。それは絵を見ても解る通り。 然しその孤独は排他的で、選別的で、気高いものだった。 ならば絵に描かれた仲間とは、全て俺なのか、それともこの子の親なのか。 解らずに只、ごめん、ともう一度呟いた。 --- 社会人アリス×孤児院出身クイーン。この後は絵の先生と知り合ったり何だりする。今日はエドワード・ゴーリーの誕生日だとグーグル先生が教えてくれたので絵にまつわるものを書きたかったです 因みにヤンデレなのでアリスがマッダーと付き合ってると知ると本気でマッダーを殺そうとする |