※下品と悪趣味注意



 月が煌々と煌めいている静かな真夜中の事だ。アリスが裏路地を歩いていると、1人の男に後ろから声を掛けられた。その男は肩に蛇の刺青を入れており、青色の瞳は少し濁っていて色も薄かった。彼はピアスを開けた鼻を掻きながら、無害そうな笑みを浮かべるとアリスに今暇かと云う。
 暇でも付き合いたくなかったアリスは首を横に振って「いいや」と単簡に答えたが、男はそれでもあっさりと引き下がってはくれなかった。少しだけ、とか絶対楽しい、と身体全体を使って必死にアピールする。変なものに絡まれたとアリスは辺りを見回すが、周りには人っ子1人どころか餌を求めて彷徨う野良猫すら居ない。おまけに真夜中も真夜中だったので、先程まで歩いていた表にも開いている店はなかったように思う。
 アリスがどうしようかと思っていると、突然男に手首を掴まれる。アリスが振り払おうとすると同時、男が「着いて来てくれなければ今から幼児を攫って惨殺する」と云った。その悪趣味な脅し文句に屈した訳ではなかったが、アリスは仕方なく男に手首を掴まれたまま男に着いて行く事にする。それにしても今までにこのような脅しを使われた事がなかった為、アリスはどうするべきか些か対応に困った。このまま好きにさせると己の身の方が大変な事になってしまう(とは云え大変な事とは、アリスからしたら具体的に予想出来たものではなかったけど)。
 警察に突き出そうにも男は未だ絡んで来た位しかしていないから適当に終わってしまいそうだし、そもそも警察なんて行ったら違法入国者である自分の方が処罰されてしまいそうなものでもある。
 前を歩く男に何処に行く積もりだと問えば、自分の家だと云う。家で何をするのだと問えば、来れば解ると返される。そこで会話は終了した。
 掴まれていない方の左手に巻かれた腕時計を見てみると、普通なら既に白兎で寝ている時間だった。眠たいと思いながらも瞼を閉じないように己を奮起して、見知らぬ男と2人裏路地を静かに歩く。




 招かれた男のアパートはとてもとても小さくて粗末なものだった。犬小屋と間違えてしまいそうなそこは汚いゴミや着古された服で溢れていて、ジャバウォックの部屋の数万倍非道いとアリスは思った。
 男から手を離されたので手を見てみると、掴まれた手首は真っ赤になっている。男は随分と細身に見えたけど、鍛える部分はきちんと鍛えているらしい。床にはダンベルも転がっていた。
 台所の蛇口からは汚い水がぴちょん、ぴちょんと流れ、シンクにはインスタント類のカップが何個も積み重なっている。虫さえも飛んでいそうなそこに若干の吐き気がして、アリスは顔を背けた。
 そこに座ってくれと云われたソファーの上には使用された後のコンドームが何個かあって、アリスはそこに座るのが躊躇われたが 早く座るよう促されたので、その部分を避けて仕方なくソファーに座った。然しこのソファーで見知らぬこの男と誰かが事をしたのは紛れもない事実であって、そんな場所に自分が居るのは何か凄く可笑しな気がしたし、そもそも自分が鷹揚と着いて来てしまったのは、今更ながらに間違いである気もした。
 男はゴミ捨て場から拾ってきたような粗末なテレビを点けるとカセットをセットして、それからアリスの隣に腰掛ける。男が座ると一気にソファーが軋み、上に積まれていたCDの何枚かがバランスを崩して落ちたけど、男は気にしなかった。
 男が骸骨のような指でリモコンのボタンを押すと、ビデオが再生される。それは非道く暗くて最初は何のビデオかよく解らなかったけど、直ぐにこの場所で撮影されたものだと気が付いた。アリスがテレビの置かれた棚の上を見てみると、何故かこの部屋には不似合いな、立派な銀色のビデオカメラが1つ赤いランプを点滅させてアリスを睨んでいる。今流れているビデオも男がこうして撮ったものである事は、アングルからしても直ぐに解る事実だった。
 作動しているビデオには言及せずに黙ったままビデオを見ていると、年端も行かないような少女の嬌声が聞こえ始めてくる。段々輪郭がはっきりしてきた映像からもポルノものだと解ってアリスが男を睨むと、男は「睨むなよ。童貞か?」と笑いながら肩を竦め、そのシーンを早送りした。
 男の真意を図りかねながらも苛立ちを覚えたアリスがこれからどうするか考えていると、早送りが止まって普通に再生される。そして次の瞬間に目に飛び込んできたものに、アリスは目を疑った。

 ビデオでは先程まで男に抱かれていた少女が、男の手に掴まれたナイフで顔を串刺しにされている。絶句するアリスの隣で男はビデオを止めて、「俺はこうしてスナッフフィルムを今までに何個も撮ってきたが、新しいゲイの顧客が女じゃ勃たねえって云うんだ」と云った。
 男はそうしてアリスの首を強く掴み、ソファーに組み敷いて「悪く思うなよ」と云った。アリスは自分が今から先程の少女と同じ事をされると理解して、身体の力を抜いて抵抗も一切しない。それに男は不思議になったのか間抜けにも「抵抗しないのか」と聞くが、

「…殺す前に犯すんだろ?」
「まあな。そう云う客の依頼だ」
「じゃあ、殺される前に気持ち良くなれるだろ」

 男は変な顔で「まあ」と云ってどうにも腑に落ちないような顔をしたが、ビデオを回しているからか興奮してきたからなのか、アリスのシャツの前を破いて首筋を乱暴に噛み始める。男は抵抗せず大人しいままのアリスに気を抜いて、アリスの手を拘束はしなかった。男の手がアリスのズボンに伸びて、布越しに性器を愛撫し始める。

 ――アリスはポケットから懐刀を掴むと男の首筋に宛てがって、そのまま素早く男の頸動脈を切る。男は一瞬の事に自分が殺された事も解らずそのままソファーの背もたれに崩れ落ち、自由になったアリスは顔にかかった血をシャツで乱暴に拭うと身体を起こす。男のズボンを見ると既にシミが出来ていて、キスマーク1つをつけて少し愛撫しただけなのに随分と早い とアリスは思った。
 アリスは立ち上がるとそのまま男の部屋を出ようとしたが、ビデオが回してあるままなのに気が付いて カメラの前まで行くとカセットテープを取り出した。これも一種のスナッフフィルムだろうかと思いながら、カセットテープを地面に落として革靴で踏む。それと先程の少女のカセットテープも地面に落とし、同様に割っておいた。序でにシャツの前にべったりと血が付着していたので、レイプもののポルノ雑誌の上に置かれた男の鼠色のコートを拝借する事にした。

 部屋を出ると外気は自棄に寒く、シャツの前を閉じようとしたが破かれてしまった事を今更に思い出す。おまけに首にはキスマークが出来ていて、まるで情事をしてきたようにも見えた。
 サイズも趣味も随分と異なるこのコートの云い訳を考えるのも中々難しい。白兎で誰にも会わずに済めば良いななんて思いながら、脳裏に焼き付く少女の姿と耳に残る甲高い声が暗闇の中で何時までも煙のように燻っているような心持ちがして、アリスは首に出来た内出血の痕をまるで蟻を潰すように強く指の腹で押し、目をそっと伏せると1人その場を後にした。




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本当はアリスの股に男の性器を宛てがってそのままぶっかけさせたかったんだけど、それをしたら負けなような気がして落ち着きました。モブ攻めが好きです


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