私はラビと2人で仕事に来ていた。英国郊外の葬式で、仕事内容に変なものは何もなく、私もラビも護衛出来得る武器を1つ持つだけの軽装備だった。
 郊外は騒がしくはないが閑静と云う訳でもなく、祝日だからか人は意外に多い。人々の中を歩いていると、前を行く少女の髪飾りが落ちた。それにラビの方が早く気付き、腰を屈めて取ると少女の肩を叩く。
 振り向いた少女の髪はクイーンと同じ位に美しい金糸のもので、ラビを見る緑色の目は光を反射して鉱石のように光輝する。パフスリーブのワンピースから覗く肢体は大層白く、人形のような美しい少女だった。

「落としたようだが」
「……ああ、あら。そうね、私のだわ。…ありがとう」

 少女は消え入りそうなか細い声で礼を述べると、髪飾りをポケットに仕舞ってそのまま歩こうとする。然しラビは彼女の蒼白な表情が気になったのか、再び彼女に声をかけた。少女は厭そうな顔一つもせずに、大人しく振り向いた。

「顔色が悪いようだが、大丈夫かい」
「…心配してくれるの。嬉しいわ、でも栄養が足りてないだけ。気にしないで」
「栄養が? …」
「ああ、お金がない訳ではないわ。食べているのだけど、吐いちゃうのよ。それじゃあ急ぐから、さようなら」

 少女はまるで数式を答えるように、自分の事を淡々と吐くとそのまま人々の渦の中へと消えて行く。ラビが若干未だ気になったような素振りを見せたので、私は腕時計へと視線を落とし、

「…仕事に遅れます。行きましょう」
「拒食症か何かだろうか」
「さあ。…何れにせよ、お金もあるなら医者にも行けるでしょうし問題はないでしょう」
「…クイーンは追いかけそうだ」
「私達はクイーンではありませんがね」

 少女の足取りが存外しっかりしたものを見て緊急性はないと確認出来たのか、ラビは納得したように 確かに と云った。その日の葬式は無事に終わり、夜も遅いので私達は予定していた通りと或る宿に泊まった。急な事だったので取る事の出来た唯一のこの宿は小さくて、1階のロビーで酔いながら話す客達の声は不可抗力に耳に届く。席が離れていようと、絶対的な距離は近い。

「…で、この宿の娘さんがこれまた別嬪さんで、お前等にも見せようと思ってな」
「相当な美人だと隣町まで噂なんですってねえ、楽しみで仕方ありませんや」

 テーブルを囲んで話す4人組の声は格段大きくて、時には足で床を叩く音も聞こえて来る程だ。お酒ではなく砂糖入りのホットミルクを呑んでいるラビの顔を見て、微笑を浮かべてみる。

「…だ、そうですよ。良かったですね、ラビ」
「それでフレンチトーストを作ってくれる娘さんなら、最高なんだが」

 確かにメニューにはフレンチトーストは載っていない。要するに甘いものが足りないのだろう、彼らしい返答に私は軽く笑った。そこで先程の4人組の会話の内容が、少し可笑しなものになる。

「顔もだが、嬢ちゃんは嘔吐物を呑ませてくれるのが良い」
「中々居ませんもんね、俺達のような需要を満たしてくれる女は」
「値は張っても渇望しますねえ」

 どうやら彼女の得意料理はフレンチトーストではなしにそう云う事らしい。ティースプーンで砂糖を混ぜるラビの手を見つめながら、私はラビの目を見る事なく、

「…ラビって、特殊な性癖ありますよね」
「…。流石に嘔吐嗜好はない」
「本当ですか? 甚振るのがお好きならもってこいな気も――」

 ラビがそれに対して(恐らく否定を)返答をしかけた時、ラビの後ろから或る1人の少女が姿を見せる。その見覚えのある少女の容姿に私が声をあげると同時、彼女は私達のテーブルの側に立ち、金色の髪を揺らして一礼をした。

「御機嫌よう、今朝はどうも」
「…おや、奇遇だ」
「本当ね。…私、此処の娘なの」

 その言葉にラビも私も、さきまでの会話と繋げては動きを一瞬止める。少女の今朝の言動は拒食症等ではなくて、詰まりはそう云う事だった。少女の顔は今朝よりも痩せほせて見え、腕の細さは同じ細いでもクイーンのものとは違って不健康だ。黒色のワンピースが、彼女の現実味のない姿を更に際立たせるようだった。
 その時4人組の内の1人が、彼女に声をかける。彼女は返事をするとラビを見て、それから彼のシャツの裾を掴み、

「行かなきゃ。…ねえ、貴方の部屋って何号室」
「302」
「そう。なら、また今晩行くわ。それじゃあ」

 少女はそれだけ云って去るが、随分とまた大胆な言葉を残して行ったものだ。ラビも流石に驚いてか、ティースプーンを持った左手が止まっている。好意を持たれやすい方だとは解っていたけれど、それは白兎だけでなく何処でも通用する事らしい。

「おモテになりますね」
「…アリスには秘密に」
「ご安心を。私だって血は見たくありませんよ、出来るなら」

 彼と付き合う人はさぞかしやきもきさせられる事だろう。呑気にそう思いながら、私はラザニアを口にした。


 夜、隣の部屋から抑えたラビの声と少女の声がした。或る時間を過ぎると声は聞こえなくなり、少女が出て行く足音がする。時計を見ると4時半で、少ししてシャワーの音が聞こえて来た。アリスに知らせると間違いなく流血騒ぎだが、少しだけ私も注意したい気持ちに駆られた。
 勿論、私はアリスではないので結局しないに留まるのだが。




「早いんですね、長い夜更かしの割には」

 とは云え厭味の一つは飛ばしてみる。1階に下りて来たラビに、格段眠そうなところはない。ラビは席に着くと宿屋の主人にミルクとトーストを頼んだ。その注文を待つ間、

「棘のある云い方だが、何もやましい事は」
「そこまで図々しい事が云えたら逆に褒めたい気分です」
「話を聞いただけだ」
「なら何故シャワーを」
「彼女の、…戻したものを洗った」
「……身体に、付いたと?」

 ラビが簡単に肯定してみせたものなので、呆れてものも云えやしない。昨日嘔吐嗜好はないと云った彼だったが、立派にあるではないか。咎めるようにそう云えば、ラビは「誤解だ」と云う。随分と聞きなれた言葉だし、云いなれたように聞こえるその言葉は随分と安っぽい。

「彼女の戻したものは宝石らしい」

 理解出来ない。注文したミルクとトーストが来た。取り敢えず私もカフェオレを呑みながら、彼の話を聞く事にする。

 …聞くところ、彼女はラビに話をしただけで終わったらしい(何処まで真実かは図りかねる)。彼女はあの4人組との話は退屈だった、私の心配をしてくれたのは貴方が初めて、もっと私の話を聞いて欲しいと云って会話を所望したとの事。
 彼女が語ったのは彼女の誇らしい話で、彼女の吐瀉物は他の人と違って宝石なのだと云う事だ。父親はだから私に吐瀉物を捨てずに皆に配るのが良いと、そう云うらしいのである。

「…宝石? 物理的に?」
「本官も最初はまさかと疑ったが、」

 結局物理的ではなかった、と彼は云う。彼女は話している最中に突然嗚咽を始め、近くに座っていたラビのシャツの上に嘔吐してしまったと。それは普通の人間の吐瀉物と何ら変わりはしなかった、と淡々と彼は口にした。
 …詰まり、彼女は「嘔吐嗜好」の人々や父親に騙されているだけなのに、自分の吐瀉物は一種の宝石なのだと信じて疑わないらしい。まあ確かに自分が吐き、そしてそれを誰かに譲るとお金が入って来るのだから、世間知らずの少女は騙されると云う話に合点が行かない…訳でもない。私も相当世間知らずな方だから、あまり人の事を云えないところもある。
 とは云え流石に金の卵を産む鶏を信じる事はないから、このような類の虚言に騙される心配はないのだが。

「で、新たな扉は開けましたか」
「いやいや。ちっとも」
「あれって苦しむ顔が良いのか吐瀉物そのものが良いのか。後者は本気で解りかねます」
「本官に云われても」

 そこまで話をしていた時、昨日の少女がラビの側に立った。昨日に比べて少しは元気そうな顔をした彼女の腕には、水色のリボンが巻かれた小さな青色の箱があった。彼女はラビに朝の挨拶をすると、花のように優雅な笑顔を向ける。こうしてみると普通の綺麗なだけの少女ではあった。

「昨晩はごめんなさい、でも貴方は優しくて、幸せな時間だったわ」
「それは何より」
「…それで、何かお礼を出来ないかと考えたのだけど、」

 ――だが普通なのは矢張り外観だけであるようで、歪んでしまった内面は一晩では当然修復は不可能だ。彼女はラビに箱を向けたけど、その際にたぷん、と厭な音がしたのを、私もラビも聞き逃しは出来なかった。珍しく固まったラビの表情からも、成る程確かに彼に嘔吐嗜好はなかった事を窺える。


「私の宝石、受け取って頂戴」

 彼女の口端から、宝石の雫が落ちた。



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当初の予定は本当に宝石を吐くゴスロリ少女 が、その宝石目当てに両親から非道い仕打ちを受けているのを助けるラビのお話でした。


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