窓に座っていると云う事は外から侵入して来たのだろうが、この士官学校の警備の網をくぐり抜けて来たとは評価に値する以前に命知らずも良いところだった。銀色の鉄扇で自分を扇ぐ彼女の服装は日本では先ず見ないそれであり、何処か古臭い日本人の顔とは違って彼女の容姿は精錬されたものだった。小鳥遊は言語を日本語から中国語に切り替えて、

「貴様は何者だ」
「中国語が話せるなんて流石は士官学校首席様あるなあ。我はアースラ。痲蜍アースラある」
「アースラ…?」
「もっと云うなら台中女子高校在席、読者が選ぶ台湾人気モデルのナンバーワン。好きなものはピンクと白猫と蓮の花」

アースラは灰色のスカートのポケットの中に手を入れて、ストーンでまばゆい程に飾られた携帯電話を右手に構えた。携帯を初めて見る小鳥遊はそれが果たして何だか解らずに、訝しんで眉を大きく寄せる。反対に携帯の動作に馴れ親しんだアースラは機能をカメラに設定し、ズームして軽快な音と共に小鳥遊を撮る。目の痛くなるライトと大きな音を小鳥遊は理解出来ず、平静を出来るだけ装って、

「…何の真似だ?」
「写真あるよ、これが我の彼氏あるーって見せびらかすある」
「彼氏だと?! 何を莫迦な」
「我と付き合えるなんて幸せあるよお?」

ふざけたような彼女の態度は小鳥遊が気に喰わないものそのもので、神経過敏な小鳥遊は頭痛すら覚えるようだ。写真を撮られたのも問題だが今の論点はそこではなく、小鳥遊は込み上げる怒気を抑えてアースラを睥睨する。さきの事で気が立っている小鳥遊の怒りは未だ収まらず、彼と話すには恐らく今日は1番都合が悪かった。彼の不機嫌さを肌で感じ取ったアースラは若干おやと思ったけど、不機嫌な顔もまた恰好良く思えたので自分の見る目はあったと悠長にご機嫌だった。

「寝言は寝てほざけ。で、要するに外夷の貴様がどうやって入国した? 一部の権力者しか入れない筈だが」
「まあ貿易船に密入してあるよ」
「……あの人以外に、そんな莫迦な真似する奴が居るなんてな」

あの人とは一体誰だろう、とアースラはふと思う。然し考えても解るところではなかったので小鳥遊に聞こうとすると、彼は何と妖しく光る軍刀を鞘から抜き出したところだった。闘いが本能的に好きなアースラは無意識に口角を上げて、獲物を前にした獣のように鉄扇を右手で構える。窓から下りると小鳥遊の頭の位置が大分上だと気付き、自分も身長は高い方なのにとアースラは呑気に思う。アースラの揺れる鉄扇のタッセルはまるで白虎の尻尾のようで、相手を気圧す2人はまるで睨み合う白虎と黒豹の如く。
小鳥遊は軍刀を構え、

「丁度良い、俺は今心底機嫌が悪い。このまま警察に突き出してやろう」
「――やれやれ。これだから男は乱暴で厭あるよ」

そんな事を云うアースラの表情は、少しも厭そうではなかった。







駆け出した小鳥遊がアースラ目掛け加減もなく軍刀を振り下ろすと、アースラは不敵に笑んでその攻撃を鉄扇で真っ向から受けた。扇を壊す積もりだった小鳥遊は然し、壊すばかりか綺麗に塞ぎ止め、そうして流れる水の如く軍刀を弾いた鉄扇に驚く事になる。小鳥遊は体勢を立て直すと、

「軍刀を弾くとは…! 何の素材だっ」
「ちょっと特殊な銀あるよ!」

アースラは心底から楽しそうな顔をして、小鳥遊の顔目掛け扇を大きく振る。空気を切るその音は大きくて、何が特殊な銀だと小鳥遊は内心で毒づくと扇を軍刀の刃で受け止めた。両者引かぬ攻防戦にアースラは舌なめずりしたが、小鳥遊は扇を力任せに弾くとアースラの手に思い切り蹴りを喰らわせた。怯んだアースラの手からは扇が落ちて、その隙を見逃さなかった小鳥遊は隙が生じた彼女の襟を掴むとその場に押し倒す。背中を強く打った彼女は痛そうに顔を歪めたが、小鳥遊は彼女の首に軍刀を突き付けた。

「何だ、大した事ないな」
「…そう思うあるか?」
「何、……?!」

異国から来た彼女は一体どれ程の手練かと小鳥遊は期待もしたが、呆気なく押し倒された彼女は期待外れでもあった。然し押し倒され武器もなくした彼女の顔は引き攣るどころか余裕のものであり、小鳥遊は不審がって彼女をよくよく見る。彼女には武器を隠した様子などはない。
そんな小鳥遊を弄ぶよう彼女はグロスを塗った唇を歪めると突然自分のシャツに手をかけて、――そうして釦をぶちぶちぶち、と勢い良く裂かせて女性特有の丸みを帯びた胸元を開けた。惜しみなく晒された下着に小鳥遊が怯んだと同時、彼女は息を大きく吸って。
小鳥遊が思わず顔を顰める程の音量で、甲高い悲鳴をあげた。

「きゃああああ――!!!」



その声に一早く反応したのは水で冷やした手巾を右手に持った刃香冶で、彼は自分の部屋からした女性の悲鳴に何事かと扉を開けた。部屋の中では1人の女の子が小鳥遊に押し倒されていて、彼女の胸元が乱雑に開けられているのを見ると顔をみるみる青くして、小鳥遊を責める声を出す。

「小鳥遊?! お前まさか、流石にやさぐれた勢いで強姦は、」
「なっ……」

思わぬ濡れ衣を受けた小鳥遊は不名誉だとでも云うように刃香冶の方を見て、ふざけるなと青筋を浮かべて怒鳴る。刃香冶は何故自分が怒鳴られたか解らずに身体を震わせたが、小鳥遊が視線を外した隙を見逃す程には彼女は甘くなく。「隙あり、あるっ!」と底意地の悪い顔で云うと右足を引き――小鳥遊の顎に、思い切り蹴りを喰らわせた!
まともに攻撃を受けた小鳥遊は痛みに怯み、意識せず拘束を緩める。アースラは拘束を抜け出すとそのまま小鳥遊の頭を足蹴にし、状況に着いて行けていそうにない刃香冶と目を合わせると極上の笑みを見せた。

「お前、誰あるか」







足蹴にされた事が余程不服なのだろう、小鳥遊が刃香冶を無言で睨むものなので刃香冶は肩身が狭い思いだった。何故俺が睨まれるのだと思うけど、この理不尽な仕打ちは今に始まった事ではない。襲われていると思えた彼女は大胆に胸元を開けたまま、勝手に刃香冶の持ち物である緑茶を呑んでいる。小鳥遊と彼女の関係が解らずに刃香冶は溜め息も吐きたかったけど、何とも云えない空気を破ったのはアースラだった。

「全く。小鳥遊は乱暴者あるなあ」
「ああ、確かに俺もそれは賛…痛っ!」
「貴様は余計な口を叩くな」
「本当顔だけも良いところある。…ああ、顔だけで思い出した」

隣に腰掛ける小鳥遊に頭を殴られた刃香冶はそんなところが乱暴なのだと涙目で思ったが、もう一度殴られたくはないので懸命に黙っておく。そんな2人のやり取りに一瞥もくれないアースラはブレザーのポケットから一枚の折られた封筒を取り出すと、目の前の小鳥遊に投げて渡した。小鳥遊はごみを投げられたと思ってアースラに喰ってかかろうとしたけれど、アースラはすっかり乱れてしまった髪を直そうとリボンを外しながら、

「テメーに手紙ある。受け取る宜し」
「手紙だと…? 誰からだ」
「テメーの友人のアリスあるよ」
「あ、アリスさん?!」

アリスの名前を聞いた小鳥遊は誰が見ても解る位に喰いついて、その様子はあの冷静沈着な小鳥遊だとは到底思えなかった。アースラは勿論付き合いも短くない刃香冶も彼の態度に驚くが、小鳥遊は彼等の存在など最初からないようなそぶりで封を手早く且つ丁寧に切る。封筒に入っていたのは一枚の羊皮紙で、その手紙に書かれた黒色の細くて綺麗な文字は忘れもしないアリスのものだった。
何て書いてあるかと尋ねるアースラの言葉に聞く耳持たず、小鳥遊は羊皮紙の一文字一文字を一つも零してしまわぬようと大切に目を通す。全部読み終えた小鳥遊が嬉しそうな顔をしたのに刃香冶は我が目を疑うが、考えれば昔小鳥遊が士官学校を休んで髑蠱の家に出入りしていたのを思い出す。そう云えば昔はよく聞いたのに今はアリスの名を聞かないと刃香冶が疑問を持った時、小鳥遊は椅子から立ち上がってアースラを見下ろした。

「貴様がどうしてこれを?」
「我はあっちでのアリスの友人あるから頼まれただけあるよ」
「成る程な。…良し、返事を書くから少し待ってろ」
「はあ?」

アースラから直ぐに視線を外すと小鳥遊は己の机に着き、引き出しから一枚の便箋を取り出した。アリスからの手紙は引き受けたけど小鳥遊からの手紙は引き受けたくないのか、アースラは椅子から立ち上がると小鳥遊の背中に抗議の声をかける。刃香冶は最早状況に着いて行こうとは思わなくなったけど、アースラの露出された胸元はどうにかして欲しいと視線を小鳥遊に向けながら思った。

「何勝手な事吐かすあるか、我はテメーの手紙を渡す気はないある」
「気がなくても渡せ」
「はああ?! それが人にものを頼む態度あるか、我はもう帰るある!」

アースラは自分には関心を微塵も向けなかったくせにアリスの手紙に大きく反応した小鳥遊の態度が気に喰わないのだろう、綺麗に整えられた眉を吊り上げると怒ったように自分の学生鞄を取ろうとする。…然しその前に小鳥遊はアースラの方を向き、軍袴の衣嚢から2つの手裏剣を取り出すとアースラ目掛けて投げ彼女の両肩を壁に固定した。ブレザーを壁に縫い付けられた彼女は一瞬反応が遅れたが、自分を固定する手裏剣を見て怒ったようにもがく。彼女から視線を外すと小鳥遊は筆を取り、達筆な字で文を書き始める。同じ綺麗でもアリスの繊細な字は何処となく女性的で、小鳥遊の豪快な字は男性的なものだった。

「ちょ、軍人の癖に忍者のような真似ってどう云う事あるかー!」

アースラの言葉は無視されて、小鳥遊は黙々と文を書く。そんな2人を見ながら刃香冶は何なんだこれと思ったが、彼女を解放すると小鳥遊が目に見えて怒るのは誰でも解るものなので、大人しく独逸語の勉強でもするかと近くにあった小鳥遊の独逸語の教材を取る。書き終えた手紙を渡された時のアースラの口と態度は悪く刃香冶は見ていて苦笑する他が無かったが、それでも手紙を引き裂いたりせず渋々ポケットに入れる彼女は何だかんだ良い子なのだなあと思った。






「あー! 最っ悪だったあるー!」

遥々遠くの島国からまた島国へと帰って来た彼女はご機嫌斜めであり、旧友の事を聞こうと思っていたアリスはさてどうしたものかと思う。アースラはアリスを見上げると頬を膨らませたまま彼の足を軽く蹴り、そうして「どっかで奢れある」と傍若無人に云う。
アリスが彼女を連れて来たのは彼女の好みそうなピンク色のカフェで、アースラは膨れた頬を緩ませるとご機嫌顔でカウンターで店員にドリンク2つと大好物の杏仁豆腐を頼んだ。日本でフレンチメイド姿の女の子達が接客するカフェに入らされたアリスからしたら、このカフェは全然許せるものだった。
席に着くとアースラは紫色のストローを唇で挟み、珈琲を呑むアリスと目が合うと、

「小鳥遊はどうだった?」
「んー。顔だけの男だったあるな」
「はは…」
「ああ。写真よりも成長してたある」

アースラは携帯をブレザーから取り出すと、利き手でもない左手で素早い操作をする。それを見るアリスは素直に感心し、自分も此処までとは行かずとももう少し携帯を操作出来たら良いのにと思う。電話は何とか出来るがメールは随分苦手で、おまけに他の機能の殆どを扱い切られていない。何も携帯だけでなくあらゆる機械の操作が苦手な方であり、バイク以外の文明のそれと共存は出来ていなかった。
アースラはアリスの眼前に携帯を突き付けて、小鳥遊ある、と写真を見せる。アリスが携帯を受け取って見てみるとそれは確かに小鳥遊だが、顔は以前と比べて大人らしくなり全体的に成長が窺える。また随分恰好良くなったものだと思うと何故だか顔が緩んだ。

「? どーしたあるか」
「いや、恰好良くなったなあと」
「はあー? テメー等何だか怪しいある。小鳥遊もアリスの名前出した瞬間凄く反応して」
「え?」

聞くと小鳥遊は自分からの手紙を読んだ後は何処か嬉しそうであり、そこが気に喰わなかったと彼女は云う。目の前でストローを弄りながら不平不満を漏らす彼女には悪いけどアリスは何だか嬉しくなって、嫌われたと思っていたがまた何時か笑って話せる時が来るだろうか、なんて遠い未来に思いを馳せる。
彼女はそこで手紙の存在を思い出したかのように、ポケットに入れた手紙をアリスに渡す。髑蠱アリス殿、なんて宛名に律儀に書かれた文字を見て思わず吹き出しそうになったけど、その達筆な字はああ確かに小鳥遊のものだと思って懐かしくなった。

「……で、お互いに何て書いたあるか」

アースラはその中身が気になっているようで、アリスの顔を真剣に見る。顔だけだなんて毒を吐いたけど多分何だかんだ小鳥遊が気になっているのだろうな、とアリスは思って封を開けた。便箋には彼の文字が蚯蚓のように走ってて、少し長くなりそうなのでアリスはまた帰ってからゆっくり読もうと便箋を仕舞う。然しアースラが尚もアリスに尋ねるものなのでアリスは教えようとしたが、この様子では小鳥遊は多分教えなかったのだろうし、だとすると教えてしまうのも何だか共有の秘密がなくなってしまうように思え。

「…『お元気で』」
「はあ? 嘘あるな、アイツすげー色々書いてたある」
「そうか? なら秘密」
「……何あるか、それ」

アースラは薄く笑って答えを教えようとしないアリスにムッとしたが、多分この調子なら教えてくれはしないだろう。アリスも何だかんだで意地悪で狡い事を、アースラはよく知っている。
アリスが思った通り、彼女は何だかんだで小鳥遊が好きだった。こんな事なら日本語を勉強しておけば良かったとアースラは思ったが、取り敢えずアリスから拗ねたように視線を逸らしたまま「やっぱテメー等怪しいある」と呟いた。



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小鳥遊の手裏剣は本編で出したかった…!結構アースラと小鳥遊の組み合わせは考えていたので若干惜しく感じたり。


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