「アリス。心理テストです」

 少し冷めたカフェオレを呑んでいたアリスに、帽子屋は朗らかな笑みでそう云った。帽子屋の変わった趣味(例えばこのような心理テスト)に馴れていたアリスは厭な顔一つする事もなく、ふっくらしたカップから口を離して帽子屋の心理テストに付き合う事にした。帽子屋は笑顔のままで、アリスから視線を外さずに心理テストを話し出した。

「貴方はある人間の家を物色している。然しそこで家主が帰ってきた。見られた貴方は家主をナイフで殺そうとするが、家主はクローゼットの中に隠れてしまった。さて、貴方はどう殺す?」

 普通の心理テストを予想していたアリスはその物騒さに少し眉を顰めたが、帽子屋は依然として微笑みを崩さなかった。アリスは仕方なく答える事にした。

「クローゼットの扉を、」
「うん」
「開けてナイフで刺す」
「素晴らしい解答だ」

 人殺しが題材の心理テストで、しかも殺す事を解答にしたにも関わらず、帽子屋はアリスを称賛した。帽子屋の意図が理解出来なかったアリスは何を云う事も出来ず、無言を使用して帽子屋の次の言葉を待つ事にした。帽子屋は自分のシャツの胡桃ボタンを手で弄りながら、アリスに自分の真意を教授した。

「サイコパスだよ」
「…サイコ?」
「診断だよ。貴殿が果たして正常なのかのね。因みに不正解――否、正解と云うべきかな? 立つべき観点が不明だから何とも云えないけれど、サイコパス…詰まり異常者の出す解答を教えよう」

 帽子屋は口をクロワッサンのような形にして、大きな笑顔を作った。

「他の人間にも、出してやると良いさ」






 アリスは先ず、アフタヌーンティーを楽しんでいるクイーンとグリムのところへ行った。さきの質問をしてみると、クイーンは紅茶の砂糖をティースプーンで溶かしながら、グリムは砂糖もミルクも何も入れていない紅茶のカップを持ちながら、答えた。

「扉を開けて、刺して殺すよ」
「私もです」

 クイーンとグリムの答えはアリスと同じものだった。

 次に、アリスは放送室の中で積み木で遊んでいたジャバウォックと双子に尋ねてみる事にした。ジャバウォックは存外飄々として答えたし、双子は元気良く答えた。兄弟は積み木で要塞を作っているようだった。

「んー。血が嫌いだから焼くかな? クローゼットをガムテとかでぐるぐるにしてさ」
『手榴弾を置いて、家から逃げるよ!』

 双子の答えは少し普通とは違うような気がしたが、それでもサイコパスじみた答えではなかった。

 次にアリスはソファーでフレッシュジュースを呑んでいたケイティに尋ねてみる事にした。ケイティは黙ってアリスの話を聞いていたが、答える時は迷わずに普通に言葉を発した。

「クローゼットごと『壊す』でんすね」

 ケイティらしい解答だとアリスは思ったが、これもまたサイコパスじみた答えではなかった。

 最後に、アリスはホットミルクに砂糖を入れていたラビに尋ねてみた。彼は繊細な動作で、ティースプーンで砂糖を混ぜていた。アリスが話している時は、彼はアリスから視線を外さなかった。話が終わった時、彼は少し考えているように小さく呟いた。

「…そうだな、」

 アリスは知らなかったが、サイコパスの特徴と云うものがある。彼等は饒舌で、息を吐くように嘘を吐き、とても魅力的。けれど彼等は人を人として見る事がなく、何時だって自分本位だ。冷淡で不誠実、衝動で行動し、常識的要素が大いに欠けている。

(扉を開けてナイフで刺すと云う解答は、一般人の解答だよ)

 アリスは彼の解答が大体想像出来ていた。銃を使う彼が、ナイフを使って殺すだなんて思えなかった。だからアリスは、彼は扉を開けて銃で撃つか、開けずにそのまま蜂の巣にするんだと思った。
 けれど違った。彼はじゃり、とした砂糖の音を響かせて、指輪をした左手を止めた。アリスは不思議に、周りが静かになったような気がした。

「…銃の安全装置を外して、左手で銃を持って、。」

(でもな、彼等は違うんだ。彼等はナイフを構えて――、家主が出て来るのを、)

「椅子に座って、」

 どくん、とアリスの心臓が鳴った。白色の壁を背に、彼が臙脂色の椅子に腰掛けている光景が容易に想像出来た。彼の両手は脚の間に無造作に下げられて、左手の指は銃のトリガーにかけられている。そして彼の赤色の瞳はクローゼットを捉えていて、そこから真っ直ぐ動かない。果たして彼が何を考えてクローゼットを見ているのかアリスは解らない。
 只、そこに在るのは一人の殺人犯と一人の哀れな被害者で――、…コチコチと規則的な時計の針は一体幾つの時を刻んだなら、断末魔の悲鳴と銃声がして、フィナーレを迎えるのだろうと思った。


「出て来るまで待つかな」

(…じっと、待つんだ)



---

意識して(このお話限定で)文体変えてみたら大変な事になりました



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -