僕の目の前にはスーツを気取った風に着こなした男が居る。彼の顔は(決して被り物の類ではなくて)(何故男かと解ったかとのナンセンスな質問には「体格から」とだけを云っておく)針ネズミそのもので、白手袋を嵌めた両手には何を持ってもいない。僕と彼の距離は数Mしかなくて、真っ暗なこの空間をスポットライトが照らすは矢張り僕と彼の2人だけだった。
 カンカンカン。男は表情を読み取る事が出来ない針ネズミの顔を傾けると、まるで胡桃を食べる胡桃割り人形のように口をパクパクさせる。歯は黄色くて汚らしく、歯医者が見たら恐らく「嘆かわしい!」と大仰に云うに違いない。それにしても針ネズミの癖して前歯が発達しているのは可笑しいなんて思っていると、男の口からヒュウヒュウと、すき間風のような空気と共に低い声が出た。

「私は今から、」
「?」
「君に選択を迫ろうと思う」
「選択?」
「モン・シェリとコパンの2択だ」

 カンカンカン。そう云った彼は後ろを向いて、恐らくそこにあるのだろう(僕からは角度と暗さから生憎確認出来ない)何かをガサガサと漁り始める。脈絡もなしに唐突に選択を迫られて僕は不快な気分になったけど、所謂『恋人』と『仲間』を選ぶ選択に好奇心がなかった訳でもなくて僕はその場に黙って立っていた(だとしても、選択は自分が選択したようでその実していないから、何処か腹が立つのは勿論の事なのだけど)。
 カンカンカン。男はくるりと僕へ向き合うと、ピアノ線で垂らした鳥籠を右と左の手にそれぞれ持っていた。右手の鳥籠には黒色の小猫が居て、左手の鳥籠には赤色の目をした白兎が居る。これがモン・シェリとコパン?と不思議に思った僕は男を見上げたけど、男は黄色の前歯を厭らしくカチカチと鳴らして 右手と左手を交互に上下に揺らす。小猫は小さく鳴き、白兎は怯えたように身体を震わせた。

「さあ、どっち」
「そんなものがモン・シェリとコパンなんて! ふざけるなよ」
「ふざけてなんて。本当は君も解っている筈だ」
「何、」
「果たしてどっちがどっちかを。そして君は、どっちを選ぶべきかも」

 カンカンカン。笑っているのだろうか、男は肩を揺らして小刻みに動いてみせる。先程から聴こえる踏み切りの音が至極耳障りだ。ピアノ線を摘んだ男の姿はまるで天秤のようで、僕は今ウェイトをどちらに置くかの選択を迫られている。莫迦莫迦しい、と一蹴してやりたいが泣きそうな小猫の鳴き声が痛ましい。白兎だってきっと怖がっている。ところでこの選択をする意味と、選択をすればどうなるかが解らなくて僕は段々と苛立ちが募って来る。大きくなる踏み切りの音に負けないよう、僕は口を大きく開けて声を張り上げた。

「そんなものを天秤にかけられるものか」
「綺麗事は結構。私が欲しいのは選択だけだ」
「だから無理だと云っているだろ、」
「そうかい? そうかな。私はそうは思わないけれど、それも1つの答えなら仕方ない」

 カンカンカン。男の芝居じみた台詞に不快さは増すばかりだが、男はすると何とピアノ線で吊った鳥籠を思い切り後ろへと投げた。僕が あ、と声を出すと同時に風を切りながら列車がやってきて、2つの鳥籠は列車にぶつかると宙で舞って ガシャンと地面に落ちた。僕は驚いて反応が遅れたが直ぐに怒りが湧き、眉を上げると男を睨んで喰ってかかろうとする。然し男の前には何時の間にか椅子があり、その上には頭に袋を被せられた男が拘束された状態で座っている。針ネズミの後ろには絞首縄を首にかけられた男が(こちらもまた頭に袋を被せられて)高い処刑場に立っている。その男の近くには鼠の顔をした男が立っていて、彼の手には斧がある。よく見ると針ネズミの手にも斧があり、全てを察した僕が悲鳴にも似た声を出す前の事だった。

「残念です」

 ――針ネズミと鼠が同時に斧を振り上げて、獲物目掛けて容赦なく下ろした。針ネズミの方では男の頭がぱっくり裂け、鼠の方では男がぶらんぶらんと肢体を垂れ下がらせる事になる。振り子のようにくるくる回るそれを見ると気をてらってしまいそうで、僕は小さく呻きながらその場にガクンと落ちて膝を付く。針ネズミは僕を一瞥もせず、椅子に座る死体の肩を掴むとその前歯で齧りつく。カリカリカリ、と小気味良い音が真っ暗な空間へ不気味に反響し、縄の音がギシギシとして、僕は聞きたくなくて耳を両手で塞ぐ。カンカンカンと踏み切りの音が脳内でこだまして、 ――やめろ!と僕は大声を出した。







「クイーン?」

 名前を呼ばれて顔を上げると、そこには眉を下げたアリスが居た。気付けば汗塗れの僕は目を瞬かせたが、直ぐに悪い夢を見たのだと悟って小さな息を吐く。心配するのが趣味らしいアリスは困ったような顔をして、何も云わない僕に再び声をかける。

「大丈夫か、うなされていたけど」
「…平気だよ。悪夢を見ただけ、」
「どんな」
「どんなって……、」

 僕は云い淀んだが、アリスはそれでも答えを待っている。もう忘れたよと云おうとしてアリスの方を見ると、彼の首に薄い線が入っているのに気が付いた。まるで切ってしまったようなその線に今までに見覚えはなく、それは何処か不自然でもあった。
 …どうしたの、それ。
 そう聞こうとして右手の指で指す前に、アリスが薄く笑う。その微笑みは(顔はアリス以外の何物でもないのに)アリスの微笑みとは到底掛け離れたような気味の悪いものであり、僕は言葉をなくして怯んでしまう。アリスは微笑んだまま僕から視線を外す事もなく、右手で自分の首の線を指差すと 何時も通りの綺麗な声で、恐ろしくなる程に明るい調子で云った。

「もう死んじゃったし、お前はもう取り返せないよ」



 ごとん、と彼の頭が床に落ちた。





---

或るサイトのゲーム?か何かが気になっているんですが、PC環境なくて出来ないので聞いた話から推測してパロをと思ったけど大体間違ったものになりました。二度目はありませんって好きです
それと最近首吊りをよく映画で見るのですが、撃たれるとかよりも余程静かで怖くて印象に残ります。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -