十月二日晴レ



 腹が減った、と兄上が云うのです。ですので私は気の利く妹宜しく、お櫃から白米を取りお握りを作りました。そうして美味しく漬けられた梅干しを、白色の中へと優しく包みました。
 勉学に励んでおられる兄上の側に行き、何も云わずにお握りを渡しました。すると兄上は少々驚きを孕んだような顔をしましたけれども、直ぐに嘲笑して「料理とは云えないな」と乏すと片手で乱暴に食べ始めます。
 私は何だか面白くなくて、自分の口内を空気で満たして膨らませると今度はお味噌汁を作ろうと考えました。生憎私は姉上とは違って三従四徳だなんて出来そうにもない粗末な出来損ないでありますので、手の込んだ味噌汁なんて作る事も出来ずに、適当に味噌を溶かして若布と豆腐を入れただけの、味気ないものを作ってしまう結果になりました。それでも一応味噌汁と呼べよう代物でしたのでさきと同じく無言で兄上に差し出しますと、兄上は「今日はどうしたんだ」と云うのを忘れずに、私の用意した箸で味噌汁を呑み始めます。兄上は泣き黒子のある方の目を軽微に細くしましたが、何も云わず味噌汁を全部平らげました。兄上はそうして何も残っていないお椀を私に返すと「次からは昆布か煮干しで出汁を取れ」と云うのです。私は兄上の高圧的な態度に多少の不満を感じましたけれど、全てを呑み干した事と文句がなかった事から美味しかったのだと、詰まり出汁以外に文句の付けようはなかったのだと考えて実のところ誇らしくなりました。
 とんだ愚かしい間違いでした。姉上が帰ると鍋の味噌汁を見て味見をしまして、そうして不味そうな顔をして「濃い」と云うのです。自信のあった私は疑心を抱いたまま味噌汁を呑みますが、次には自分の愚かさに気付いて自信など吹き飛んでおりました。私は味見もしないでこんな濃い味噌汁を兄上に出したのかと忸怩たる思いで一杯になりましたけど、兄上は然し私の味噌汁を確かに平らげたのです。
 その晩兄上が私の部屋に来て、金平糖を渡して行きました。やるとそれだけを云って渡されたそれは沢山の色鮮やかがあり、私は嬉しくあれどどんな風の吹き回しかと猜疑する程でしたけど、それは恐らく兄上も同じでしたのでしょう。
 頬に含んだ金平糖は大変甘くて幸せを食べたような錯覚ですらあり、私は気付けば自然に顔を綻ばせておりました。




戦争文学で著名な女流作家の唯一の随筆作品『日記』から一部抜粋をした。


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