半年前位に募集させて頂いたリクエストの挫折詰め合わせです。今更な上不甲斐なくてすみませんん……!!




1.ラビアリで病んでるアリスが網タイツ履いたり真っ赤なルージュしたりな女装するお話




「わ、あああ!」

 英国のと或る町外れ。
 アリスがその悲鳴を聞いたのは、夜遅くの事だった。仕事帰りのアリスは裏の路地を1人で歩いていたが、街灯で照らされる周囲は暗く森閑としている。そんな中で若干高めの悲鳴はよく目立ち、切羽詰まったような声にアリスは足を止めて声のした後ろを素早く見た。すると闇夜で光るナイフを持つ大柄の男から、スカートを穿いた人物が走って逃げている光景が目に入る。この光景と先程の悲鳴を聞けば、誰でも今の状況が理解出来るだろう。意識せず反射でアリスがそちらに向かって走ると、逃げている人物はアリスを視認するや否やアリスの背中へ回り、後ろに隠れた。
 ナイフを持った男はアリスが逃げないでそのまま己を見て来るのに些か驚いたようだったが、ナイフを構え直すとそれを肩目掛けて振りかざして来る。然しアリスはそれを避け、男の右手を掴むと捻り上げた。予想以上にある力に男は目を見開き、巧みに捻られて悲鳴と共にナイフを地面に落とす。そうしてアリスは男の腕を引くと身体を引き寄せて、襟を掴み巨大な体格を――思い切り投げた。
 巨体の男はなされるがまま技をかけられて、地面に叩き付けられた強烈な衝動でその場に伸びる。それを確認したアリスが小さく溜め息を吐くと、後ろに隠れていた人物が突然アリスの右手を両手で強く掴んだ。アリスは突然の事にたじろぎ顔を見るが、その人物は口紅の塗られた唇を上げ、笑顔でアリスにお礼を述べた。

「アンタ強いんだなっ! 助かったよ、有り難う!」
「あ、ああ」
「マジで死ぬかと思った。アンタが居て良かった、恩人だよ!」

 その人物はご機嫌でアリスに捕まったまま飛び跳ねて、頻りに礼を述べて来る。このノリと云い状況と云いアリスはデジャヴュを覚えたが、直ぐに帽子屋との初対面を思い出した。成る程今の人物も、帽子屋と似ているような気がする。もしや類縁の人物かとアリスは改めて顔を見るが、そこで違和感を覚える。よく手入れされた肩までの金髪にマスカラのつけられた水色の瞳、ピンク色の口紅が塗られた唇。服装はスカートで、ピンク色のバッグも女物だった。
 然し小柄とは云えしっかりとした体躯に、通った鼻筋に細長い顔。女性と押し切ればそうかも知れないが、どうも違和感がある。アリスは暫し見つめたがその違和感が払拭出来ず、上目遣いで「ん?」と可愛らしく首を傾げるその人物に尋ねた。

「…お前、男か?」
「えっ」

 云った後で例えそうだとしても失礼な言葉であった事に気が付いて、アリスは慌てて繕おうと何事かを云おうとするが、然し肝心の内容が出て来ない。すると幾つか瞬きをしたその人物は笑い出し、アリスの肩を強く叩き出した。そうして人懐っこそうな笑顔を見せ、身体を小さく捩らせる。

「そうだよ。オットコ。やっぱ解る?」
「あ、その――」
「俺はパブで身体売っててさ。女にはなれないけど、こうするとケッコーイイって男達が来んの。さっきアンタが倒してくれた奴はしつこい客」

 巻き込んでごめんな、と彼はさばさばと笑う。砕けた英語で話すような彼の性格も、帽子屋とよく似ていると思った。恐らく縁云々ではなくて、同じタイプの人間なのだろう。
 彼はそれだけを云うと噤口し、じっとアリスを見上げる。見られるアリスは多少の居心地の悪さを感じるが、女性のよう化粧で飾られた目で見られては視線を外す事も出来ずに何だと思って何らかの言行を待つ。顔を見ると云うよりは、その下の首を見ているようだった。ややして彼はピンクのマニキュアを塗った人差し指を己の唇に当て、楽しそうに笑んだ。一々の所業が女性らしい、とアリスは思う。

「…首」
「え?」
「キスマークついてる。」
「――…ッ!」

 アリスは見られていた首の箇所を思わず左手で覆う。「そんな顔してやる事やってんだ」と云われ、羞恥で顔が赤くなる。あんまり可笑しそうに笑われるものなので忸怩たる思いをしたアリスはこの場を早く後にしたく感じたが、右手を依然としてしかと固定されている。一体何時になれば解放されるのだとアリスが思っていると、彼は厭らしく笑ったままアリスへ揶揄を始める。

「そんな強くつけられちゃって。激しい女なんだな」
「おっ、女じゃない!」
「え?」
「ッ」

 恥ずかしさで怒鳴ったが、思わず出てしまったそれにアリスは口元を押さえる。然し彼の耳には無論入ってしまったようで、彼は顔色を明るくしてアリスを見上げてくる。アリスは話を無理矢理絶つべく帰ろうと足を進めるが、彼はアリスの腕を掴んだまま離さないばかりかついて来る。まるで恋人のよう腕を絡めたまま、肩へ頭を当てて「なあなあ」と話し掛けて来る。アリスは変なのに捕まってしまったと思うも、彼は帽子屋と同じで中々引かなさそうだった。

「アンタもしかしてバイセクシャル?」
「な、何なんだお前っ…」
「やっぱり! そーんな綺麗な顔だもんな! なあ、ネコ? タチ? タチっぽいけどネコが良いな、俺の仲間だ!」
「あのなあっ」
「あ、待てよそっちじゃない」

 彼はアリスの腕を強く引き静止した。間違った道を行ってないアリスは「はあ?」と彼を見るが、左手で左の路地を指差される。そちらは白兎への道ではないし、第一彼はアリスの帰るべき場所を知りはしないだろう。アリスはまさかと思ったが、彼はアリスの腕を引くと左の路地へと入って行く。真っ赤なピンヒールの音が響き、アリスは慌てて彼の腕を振り払おうとした。然しその前に、彼はアリスの方を笑顔で見る。

「折角会ったんだし、お礼もしたいしちょっと俺の家寄ってけよ」
「なっ。お、お礼なんて良い、俺は」
「アンタと話したいしさ! で、アンタはネコ? どっち? 恋人居る…よな、そんなキスマークあんだし」
「こらっ、引くな!」

 強引に腕を引かれてアリスは彼に抵抗するも、彼は云う事を聞きそうにない。こうなれば無理矢理逃げようとも思ったが、「さっきの奴がまた来たら怖いし頼むよ」と上目遣いで云われ、アリスは腕の抵抗を止めた。自分の知った事ではないと帰りたいのも山々ではあったが、ナイフを持つ男がまた追い掛けて来ては彼が無事では居られないであろう事は、容易に推測出来る事だった。
 自分のとんだお人よしさに呆れながら、どうしてこんな事になったのかとアリスは大きく溜め息を吐いた。






「はい、カフェラテで良かったよな」

 彼の住む家とは小さなアパートで、彼は二階の一室に住んでいるようだった。室内は狭く、女物のバッグやヒールがそこここに散らばっているものだから、更に空間は窮屈に感じられた。二人掛けのソファーに座らされたアリスは差し出されたカップを受け取って、単簡にお礼を述べる。ファー付きのコートを脱いだ彼は今はタートルネックのセーターにスカートの姿であり、アリスの隣へご機嫌顔で座る。スカートから出る下肢はタイツで覆われて、恰好は完全に女性のそれだった。
 ネコかタチかの、あまりにも執拗な質問に観念したアリスの答えを聞いて彼は更に懐いたようだった。同じネコだなと云うと抱き着いて、何が嬉しいのか始終顔を緩めている。彼の性格もあるだろうが、職業柄こうあるのだろう。

「なあアリス、彼氏の事教えてよ。どんな彼氏?」




挫折。この後は
仕方なくラビの話をする→でもアンタそれなら可愛くしなきゃ捨てられちゃうよと云われてアリスがエッとなる→「だって可愛い奴が好きなんだろ、ソイツ」と云われて確かにと捨てられたくなくてアリスは顔が青くなる→弱くなったアリスは此処ぞとばかり制服着せられたりタイツ履かされたり化粧されたり→してる内に彼氏がやってきて、アリスの姿見て「何だ3Pでもする気か」とかふざけた事吐かしてネコ絶望→アリスプッツンして「彼氏なら自分の恋人大切にしてやれ」って彼氏の首に日本刀突き付けて不機嫌でマンション出る→出た後に自分の恰好に気付きぎやあああてなってると帰り遅くて心配して迎えに来たラビと遭遇→「その恰好どうしたんだ」って聞かれて慌てて何か言い訳始める→で、この時から何かアリスやっぱり可愛くなきゃ駄目なんだろうかと色々可笑しく考えるようになって自分で女物買うようになってって話でした!今思うとテラシュール…!!書き切れませんでしたがリクエスト有り難う御座いました、貴女様とは話が合いそうです(笑)



2.ラビ×グリム



君、悪を赦す事勿れ。

汝、異邦を見逃す勿れ。

主、此の者に救済を。







「――で、協会側の人間は何時来るって?」

 英国の町外れの教会。そこの地下へと繋がる石の階段を降りる、2つの影があった。前を歩く人物は絵本に出て来る王子のような見目を持つ牧師であり、それに続く人物は今し方言葉を発した――、本物のビスクドールのような姿をした牧師である。彼等は各々右手に豪奢な金色の燭台を持ち、暗い足元を照らして灯を頼りに靴を動かしている。黒色のローブははためく度に壁に恐ろしい影を作ったし、ビスクドールの革靴は歩く度に大きな音を辺りに反響させた。
 王子のような牧師が、口を開く。

「この雪なので、当面は解らないと」
「そんな! 全く非道い話だ、あんな汚れた存在を未だ此処に置いとかなきゃならないなんて」

 ビスクドールは牧師の言葉を聞き、信じられなさそうに首を横へと振る。そうして歩き続けると階段は彼等を目的地へと誘(いざな)い、最下層まで着いた2人は地下室の扉の前へ立つ。厳重に錠前で閉じられたその扉は仰々しく、錆びた色からも余程古くから在る事が窺える。王子のような牧師――名をグリムと云うが、はローブのポケットから沢山の鍵をつけたオールドキーリングを取り出すと、然るべき鍵を挿してその錠前を開ける。
 扉を開けると同時、厭な感覚が辺りの空気を包む。それにビスクドール――クイーン、は顔を不機嫌に顰めて中を見渡した。中は実に殺風景で、在るのは中を仄かに照らす1つのランタンと牢屋のみだった。牢屋の前には手も付けられていない食事が銀のトレイの上に置かれてて、そうしてその牢屋の中には微かな人の気配が在る。グリムは牢屋まで近付き、その存在を燭台で照らした。

「…一体何時まで食べない気ですか」

 燭台で照らされたその男の髪は白い。包帯が巻かれていない側の左目は兎のように赤く、問われて上げた口角により真珠のような色をした鋭い八重歯が露となる。
 ――2人の牧師から詰問されるかの如くあるその男は、埃で汚れはしたが上質な素材の黒色のローブから、鋭利な爪をした左手を徐に出す。銀色の指輪が嵌められたその左手を自分の頬まで持って行くと、そのまま2人を見上げて不敵な顔をする。クイーンはこの時に、彼の襟にはループタイが結われている事に気が付いた。女性の横顔が彫られた白色のエンブレムで、リボンは深緑色の物だった。
 まるで吸血鬼のような出で立ちのその男が、緩と口を開く。

「子羊のローストは可哀相で、食べる気がしないんだ」
「よく云うよ。君のような存在は、人の血を吸うくせして」
「それでは何なら食べるのですか」

 ミントソースで緑色に染まったその料理をトレイごとグリムが持ち上げると、男は口角を上げたままグリムと目を合わせる。朝に持って来た子羊のローストは一口でも食べた気配はなく、そもそもこの男を捕まえてからの一週間、彼が何を食べた気配もない。牢屋を走る鼠はそのまま居るし、第一男は今まで一度たりとも歩きはしただろうか、とグリムは思う。ローブの裾を見ると、グリムの疑問へ答えを差し出すかの如くうっすらと埃と土が被っている。
 矢張り人間ではあるまいとグリムが感じていると、男が先程のグリムへの問いへ答えを述べる。

「苺のケーキ」
「…益々ふざけてるよ、グリム。ケーキを食べる『吸血鬼』だなんて、僕は聞いた事もない」

 完全に呆れ返るクイーンの横で、グリムは男の目をじっと見る。右目は巻かれた包帯で隠されて(クイーンは以前「きっと人の血を吸う時にヘマをして、杭で打たれたんだろうさ」と云っていた)、左目の赤色は生憎何を考えているのか解らない。
 抵抗もしない、脱出を試みもしない、食べも呑みもしなければ動く事すらない。男の思惑が到底解り兼ねるグリムは息を吐き、「また明日」と云うと踵を巡らせて牢屋を後にする。クイーンもそれに着き、さりげにもう一度牢屋の側を一瞥すると男はクイーン達を見て薄く口角を上げている。理解しかねるその男に気味の悪さを感じながら、クイーンは扉を閉めた。
 再び静寂が支配した牢屋の中で、男は左目を閉じた。





「…僕はあの男が解らない。もっと逃げようとするんだと信じてた」
「ええ、私も。…彼が特殊なのか、吸血鬼は皆ああなのか…」

 教会から離れた小屋の中で、クイーンとグリムは食事を取っていた。木の机の上にはグレイビーソースをかけたローストビーフがあり、それを自分の小さなお皿に盛りながら、クイーンは不可解そうにエメラルド色の目を細くする。小屋の窓からは歪な形の三日月が見えて、グリムはそれを何となしに見ると再び机へと視線を戻す。

「全く喰えないんだ、それに彼の名前」
「ラビ、と名乗りはしましたが」
「それだよ。嘘っぽいよ、ユダヤ教の教師じゃあるまいし!」

 クイーンはローストビーフを刺したフォークをステッキのように一度振ると、口元へと運び一口大のそれを食べる。グリムも確かに本名を名乗ってはないだろうなと考えながら、ローストビーフを切ってそれを口元へと運んだ。ナイフとフォークが食器に当たる音が主にこの空間の静寂を包んだが、外からの羊や山羊の歩く音も空間に微かに侵入する。
 少しして、クイーンが聖歌隊の話をし出したので、2人はその話をして夜を過ごした。






 嘘か誠かは置いておいて、ラビと名乗る吸血鬼を捕らえたのは今から一週間前の事だった。グリムが月末にある聖歌隊の演奏の為に教会のパイプオルガンを弾いている時、教会の扉をノックする者が現れた。




挫折。吸血鬼と牧師パロでした
この後は聖歌隊の演奏中にラビの仲間である吸血鬼の帽子屋がクイーンの気を引きラビの脱走を助ける→グリムは異変に気付き脱走したラビを捕まえようとする→ラビはもう逃げる手前で、やってきたグリムに「良い演奏だった」と笑うとちゅーする→グリムが呆気に取られる中ラビは去って行ってグリム放心状態。
帰りに帽子屋が「何で貴殿は捕まったままにしたんだ、直ぐに抜け出せられたろ!」「少し興味の湧いた人物が居て」「アリスが怒るぞ!」と叱咤。ラビは「ああ、奥さんが。…キスすれば許してくれるかな」「益々怒るだろ!」
実はラビとアリスは付き合ってて(笑)帽子屋はノット腐女子。それで最後にラビは「(他の人間とキスしたと云えばアリスは嫉妬で怒ってくれるかな)」なんて最低な事を考えるって話でした。挫折してすみませんんんん、リクエスト有り難う御座いました!



3.5使の相違を表した短編




フォークの使用法



1.
 金糸の髪とエメラルドの瞳とのビスクドールのような少年が席を外した時、私は銀細工のフォークを誰にも見られぬようにポケットの中から取り出した。そうして食べかけのクロテッドクリームを塗ったスコーンの置かれた皿と 砂糖の少々入れられたアップルティーのカップの前へとそれを置き、私は素知らぬ顔をしてシルクハットを深く被り、闇色のマントを翻すと革靴の底を鳴らす事なくその場から出て行った。
 少しして戻って来た少年は先程迄は無かったそれに気が付いたようで、軽微に眉を顰めるとフォークを小さな右手で上げてみる。鷹の装飾を持つ銀細工に見覚えはないようで、少年は丸々としたティー・ポットを腕に抱えて歩くメイドを呼ぶと これは君が? と尋ねた。お下げ姿のメイドは右手のフォークを凝視したが、当然覚えもなくて イイエそのようなフォークは金輪際見た事が御座いません と云う。少年はメイドを下げさせると不思議そうに首を傾げ、然しまあ害はないと思ったのだろう(加えて恐らくあのフォークの形が実に美しく細工も丁寧で何より価値のある事が、彼が棄てなかった事へと起因する)――少年は。




と云ったようにフォークで相違を表す積もりでしたが無理でしたすみません…!クイーンはこれをラビに譲り、ラビはこのフォークでケーキを食べ、アリスはラビからケーキとフォークを没収し、フォークを云う事聞かないジャバウォックの直ぐ側の壁に投げ〜とフォーク1つで巡るお話。出来れば書き切りたかった…!!リクエスト有り難う御座いました!



4.背徳的なグリム



 「俺はキリストの生まれ変わりだ」と或る教会で主張する男がおりました。教会に集まった者は次々にやめろと云いましたが、知識に乏しい男は聞かず、声高に得意げに、我こそがキリストであると云うのです。男の声は村中に知れ渡り、その存在は忽ち皆の知るところとなりました。


 翌日、その男は消えてしまいました。血も、肉も、臓腑も、歯も、眼球も、髪も、男のものは全て消え失せていたのです―――。
 何せ死体がないので何とも云えません。ですが推測するに、多分男は死んだのでしょう。







 燭台を片手にローブを羽織った老男は、或る教会の地下を歩いていた。通路を両の壁の蝋燭が照らすもののその明かりは乏しくて、暗闇が巣くうこの地下は年中夜のようだった。
 老男は黴の臭いのする木の扉に手をやって、 ギィィィイ と古臭い軋む音をさせながら扉を開く。老男の銀と緑の混じったような老いた双眸は、次には立派な長机を捉えた。

 金色の机だった。机には白色のテーブルクロスが掛けられて、そのまた上には燭台と聖杯、果物、パン、葡萄酒と云った、豪華だが何処か質素な食べ物と飲み物が置かれていた。
 金の装飾の為された臙脂色の椅子に座る者は1人であり、扉近くに座る青年は結果的に老男に背を向けていた。老男と同じローブを羽織り、胸に十字架のネックレスをかけ、革靴の先まで真っ黒だった。
 扉を開けて入って来た老男の存在に青年が気が付かぬ訳もないのだが、青年は振り向きもせず、一心不乱にパンを貪っている。マナーは悪くないどころか上品な方であるにも関わらず、そのがっつく姿は犬のようとの表現がよく似合う。老男は然し驚く様も呆れた様も見せないで、唯唯淡々と青年を見据えると、

「君は日曜日のパンと葡萄酒以外を口にしないと聞いた。だからこその凄まじい食欲かい?」

 すると青年の動きが止まり、青年は多少驚いた顔で後ろを振り向いた。青年の蜂蜜色の髪も水色の瞳も天使のよう遥かに美しいにも関わらず、青年の目元には隈が出来、その頬は不健康に痩せているように見えた。健康的であったなら、その王子のような容姿に惹かれる者はきっと幾多に居そうなものを。(嗚呼、何と勿体無い)
 礼儀正しくお辞儀をして挨拶する青年を横目に、老男は青年の前に置かれた皿を見た。バターもジャムも塗られていないような簡素な固いパンと、葡萄酒を入れた数本のビン。真っ赤な肉には一切手は付けられず、パンだけが青年によって貪られている。
 辺りに漂うオリーブの香りを嗅ぎ、老男は青年の斜め前の椅子に腰掛ける。そうして藍色の指輪を嵌めた皴だらけの両手に顎を乗せると、皹の入った唇を静かに動かす。

「乗っ取る気かね」
「何をでしょう」
「キリストをだよ」

 老男の言葉に驚いたのか、青年は小さく目を見開いた。青年は惘然としたよう開いたままの唇を動かせないでいたが、数秒後には否定をしようと唇を動かした。然し発言は老男の手によって遮られ、青年の言葉は行く先に迷ってその場で消えた。

「君の姿は、キリストの体を貪る悪魔にも見えるよ」

 悍ましい悪魔だ。
 老男の言葉に青年は不本意と云うよりは不快そうな顔をして、パンを持った手を食器の上へと下ろす。老男は然し青年を侮蔑するでもなければ揶揄している訳でもなくて、誠に真実のみを告げたように見えたので、青年は大人しく老男の次の言葉を待つ。老男の持って来た燭台の炎は静かに揺れて、その場は森閑としていた。

「自分こそキリストに成りたいのだろう? だからそうしてパンと葡萄酒を食す」




エウカリスチア。以下老男の台詞

「でも駄目だった、焦燥する君にもっと手っ取り早い『方法が現れた』」
「――私は見たよ、君があの男の死骸を貪欲に貪るのをね」
「生まれ変わりの男は嘘だよ。だってあの男の血肉を食べても、君の望みは未だ叶わない」
此処でグリムの口の端からぽたぽたとワインが落ち、血の池のようになる。
「迷える子羊よ」
「神よ、どうかこの憐れな生き物に。一筋の救済を」


リアルカニバとイエスに対するカニバ思想でした。挫折すみません……リクエスト有り難う御座いました!



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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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