パロディ。





 規則的な呼吸による真っ白な息で暗闇を照らしながら、ラビは森閑とした街道を一人歩いていた。ピアスが多く開けられた耳は真っ赤な果実のよう色付いて、ケイ孔雀石のような色の制服の端から出る両手の指も、矢張り寒さで真っ赤な色を纏う。身体を覆う寒さに肩を小さく震わせて、茶色のブーツで雪の上に足跡を残す。ざくざくと踏み固められる雪の感触を噛み締めて、雪が沢山頭に積もったのだと見間違いをしてしまうかのような頭髪を持つラビは、足を進める。
 今宵は天満月だ。ちかちかと光る街灯の下で、四辻を曲がろうとした際に、煉瓦の上の白猫が一声鳴く。ラビはマフラーの上から覗く包帯のない左目を細め、自分も猫の鳴き真似で鳴いて返した。猫は胡桃のような大きな双眸を瞬かせ、喜悦したようもう一度鳴いた。


 蔦から好かれた白色の掠れた螺旋階段を上がり、臙脂色の扉を鍵を入れて開ける。魔女が人家に紛れて住んでいるかのような長細い家の中へ入ると、団欒して食事をする為の長テーブルに、ランタンの灯を頼りにパンを食べている少年が居た。金糸の髪を生やしてエメラルドをアイホールに入れたビスクドールの少年は、戻って来たラビを見ると陶器の小さな左手を振る。振り返し、ラビは先ず隣の洗面所へ行った。手洗いと嗽を清てつな水で行う為だ。
 戻って来ると促されるままラビは深緑の椅子へと着座して、左手に持った1枚の手紙を少年クイーンへと差し出した。少年は溶かされた星のかけらが元になったバターの塗られたパンを口元へ銜えると、フリルの袖から出る右手を差し出して手紙を受け取る。朱色で封蝋のされた退黄色の手紙の宛名には、インディゴのインクで細くクインテット様とだけ。差出人の名前は書かれてはいない。クイーンが彩りの星のかけらの入った硝子瓶を左手で退けながらラビを見上げると、ラビは机上にあったふっくらとしたポットを持ちながら説明をする。

「三つ編みの小さな女の子から貰った」
「ラブレター?」
「と云う名の、熱烈な星採人(ほしとりびと)への就職希望」
「何だ。なら宛名は僕ではなく、星採人と書くべきだったね」

 クイーンは頬杖をつくと、少しして体勢を変えて、月の石で出来たペーパーナイフで封筒の端を切る。中から紙を取り出すと、幼い字で書かれた星採人への憧れの節が、事細かに書かれてる。カップをミルクティーで満たし、星のかけらで出来た砂糖菓子を数個カップの中へと入れるラビと対峙して、手紙を読み終えたクイーンは机上に置かれた本の山から一冊のバインダーを取り出した。そうして他の手紙で犇めくその中に、今の手紙を滑り込ませる。カップを口元へ遣るラビへ、クイーンは溜め息を吐く。

「まあ、彼女が大きくなるまで星が空へ戻って来てくれてたら、彼女の採用も夢じゃないかもね」
「星採人も、随分現実的な問題にぶちあたったものだ」
「星を採って生計を立てる職業、なんて響きだけが素敵ではあるのにね」

 星のかけらで作った生クリームのシフォンケーキをクイーンが手渡すと、ラビはどうもと云ってケーキに辰砂のフォークを刺した。砂糖のような包帯でコーティングのされてない左目で窓の外へと視線を遣ると、大木の枝から垂らしたハンモックで寝る1人の少年の姿が目に入る。チェシャ猫のような髪の色をした小柄な少年は、寝息を立てて星空の下で夢を見ていた。
 耳を澄ますと、屋根裏から洗練されたピアノの音が聴こえて来る。白いイヤリングをした女性が糸車で紡ぐような優しさの音色を持つピアノは、聞き馴染むショパンのノクターンを奏でた。星のかけらの報酬として金の代わりに頂戴した木製の時計を見ると、大きくて繊細なデザインの針は9を指している。ラビはソーサーへカップを置き、本をぞんざいな態度で重ねるクイーンを見た。

「お風呂に入っても?」
「勿論だよ。君が最後だ、今日の入浴剤はパロル星の薔薇だし。ごゆっくりどうぞ」
「ああ、そうするよ」

 ラビは椅子から立ち上がり、バスケットの中の真っ白なタオルを取る。それと白蝶貝の釦の一枚のシャツとを取ると、バスルームへと向かう。
 クイーンは1人になるとピアノの音色がするその室内で、立派な羽根ペンとインクを持ち、仕事用の手紙を書く事にした。今年の星は文明の発展による黒い煙のお陰で不作です、収穫量は去年の12キロも減ってしまいました。これでは満足行く美味しいジャムも紅茶も望めません。どうかご検討下さい、そんな節をどうあの帽子屋へ宛てるべきか。星採人の最高権力者のクイーンは、小さな頭を抱えて唸って懊悩した。





 ラビがバスルームに繋がる脱衣場の扉を開けた時、その中に居たのは黒髪の青年であった。青年はラビが入って来たのを見ると少々の驚きを見せ、然し直ぐに濡れた髪を再びタオルで拭く動作へ戻る。見ると青年はもうお風呂から出た後であるようで、頬は満足気にほてり、服も靴下を履いてはないものの、シャツとズボン、ベルトはしっかりされていた。ラビはバスケットの中へタオルを置くと、自分の黒のネクタイを外しにかかる。先着の青年アリスは両手を動かしながら、ラビの方を見ずに唇を動かした。

「…お疲れ」
「ああ、アリスも。もう出たのかい」
「ついさっきな。お前が後もう少し帰って来るのが早かったら、風呂場の中でかちあう最悪なケースが生じてた」
「それは残念。分っていたら、早歩きで帰っていたのに」
「お前は乗るのが好きだな」

 ネクタイを外し、シャツの釦に左手をかける。アリスは濡れた髪を右手で掻き上げて、不機嫌そうな顔でラビの顔を一瞥すると裸足を扉の方へ動かした。脱衣場から出ようとしたその時に、アリスは思い出したようラビの方を振り向く。ラビは3つ目の釦を外しているところだった。

「ラビ」
「何だい」
「星を入れる瓶が1つ壊れた。明日街中へ行く予定は?」
「午前中に行こうかと」
「そうか。なら序でに瓶を1つ頼む」
「了解」

 ラビが了承したのを確認すると、アリスは念を押して扉を閉めてさっさと脱衣場から出て行った。ラビはその背中を見送ると、再びシャツの釦を外しにかかる。
 シャツを脱ぐ時に、甘みのあるミルクティーの味がじんわりと舌の上で溶け行く感覚に見舞われる。ラビは苺のような舌を出し、ぺろりと唇を舐めて肩からシャツを脱衣した。



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途中で終わらせる。
きらきらしたお話が書きたいなあ
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