「動いてるな」
「……ああ」
眼下では、バンブルビーとドリフトがじゃれている。一見、争っているように見えるが、あの程度なら遊びの範疇だ。
二晩続けてエネルゴンを注ぎ込んだのだから、動いてもらわねば困る。じゃれあいをぼんやりと眺めていたクロスヘアーズはハウンドの何気ない呟きを耳にして固まる。
「三度は辛いだろうからな」
聞き間違いか、違う事を指した呟きだと片づけて、聞こえないふりをすることにしたクロスヘアーズを追いつめるように、なおもハウンドが呟く。
「余力は残してあるんだろうが、よくやる」
「……何の事だ」
「軍医もいない中じゃ最も効率的な手段だと思うぞ」
じゃれていた二人は何事かを言い争っているが、内容など耳に入ってこない。目だけ動かすと、ハウンドは笑っていた。
「新たに精製するよりも、精製されたものを流し込む方が早い。何をどうしたかは、知らんがなあ?」
食えない親父だ、とクロスヘアーズは内心毒づいて視線をドリフトへ移した。眩い光に青がよく映える。
「ビーは気づいていないようだ」
慰めにならない一言をおいて、ハウンドは岩を伝い降り始めた。巨体が砂地に降りたことを確認して、クロスヘアーズは呟く。
「……バレてんのかよ」
我ながら、自分らしくないとクロスヘアーズは思う。ドリフトが女に組み変わったあたりで何かがおかしくなったのは自覚している。その上、朦朧としたドリフトが見る夢ときたら。
混沌とした戦場。中心には常に、クロスヘアーズがいる。夢に伴う思考からは殺意と狂った喜びが伝わってきた。殺したい、殺してほしい、殺される前に、と回路を通して囁き続けられればおかしくもなる。よくもまあ、ここまで変貌できたものだと感心すらした。
そして満足した。
かつてドリフトの心を占めた者が、名も知らぬ空挺兵だったことに。
引き合わされた時、すでにドリフトは変わっていた。狂気など捨ててきましたと言わんばかりの言動に、双子か何かかと疑った事すらあった。あのときはわからなかったが、失望したのだと今はわかる。有象無象を切り捨てて、殺意をむき出しに迫る白刃はクロスヘアーズを虜にするだけの魅力があった。
ドリフトには、何もなかった。
無益な言葉に従い命を投げ出すマゾヒズムに浸りきっているドリフトが哀れで、このまま死ねばいいとすら思っていた。だから、殺してやろうかと囁いた。昔、どうしても殺せなかった白刃を殺し、オールスパークの彼方まで送るつもりでいた。
「何だって、女なんかに組み変わるんだよ」
……殺せなかったのだが。
「そのナリでセンセイセンセイつきまとうって言うのか? やってらんねえな」
殺してやろうかと囁けば、殺してと笑う顔を隠して、何事もないように立ち振る舞うのか。
クロスヘアーズは舌打ちをすると立ち上がり、じゃれあいを続ける三人とは逆の方向に飛び降りる。空は青く、うっすらと輝く星が見える。星の瞬きが映える夜には、まだ遠い。
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