小説 | ナノ
04


 珍しい事に、朝からバンブルビーが目の前をうろちょろしている。
「ちょっと動くようになった」
「昨日よりはな」
 小首を傾げたバンブルビーが差し出したのはエネルゴンをスティック状に固めたものだ。
「あげる」
「それはおまえのおやつだろ」
「早く動けるようにならないと困る」
「それもそうだな」
 今、襲撃をうければ元も子もない。人間だけなら逃げ切ることもできるが、バウンティハンターのロックダウンが一枚噛んでいるなら話は別だ。身動きできないドリフトは破壊され、残る三名も逃げきれるとは限らない。足手まといになるのも不本意な話だ。素直に手を伸ばすと、バンブルビーが手を遠ざけた。
「おまえな……」
 両手は動くようになったが、脚はまだ動かない。身を乗り出してスティックを奪おうとするが、バンブルビーはひょいひょいとドリフトの手を避けてスティックをぷらぷらさせた。
「動けないと困ると言ったのはおまえだろ」
「訓練」
「こんなのが訓練になるか!」
 明らかに遊んでいるバンブルビーに怒鳴ると、上から笑い声が降ってきた。昼の眩い光を背にした巨躯と、斜め後ろにもう一つの影が見える。ハウンドとクロスヘアーズだ。
「楽しそうだな、おい」
 岩を飛んで降りるハウンドよりも早く舞い降りたクロスヘアーズは、バンブルビーの頭をわしづかみにすると有無を言わせずスティックを奪い取った。抗議音を立てるバンブルビーをよそに、クロスヘアーズは奪ったスティックをドリフトの口元に突きつける。
「チビのお裾分けだ。食え」
 スティックを受け取り、口に含みながらドリフトは昨夜の出来事を思い出した。何を流されたのか知らないが、気がついたらクロスヘアーズの姿は消えていた。体の重さが消えたところを見ると、妙なものではない事だけは確かだが、クロスヘアーズに訊ねて答えが返ってくるとは思えない。何より、バンブルビーとハウンドを前にして訊ねる事ではない気がした。クロスヘアーズは二人に見られたくないと口にしたのだ。もくもくとスティックをかじっていると、ようやく砂地に降りたハウンドがドリフトの隣にスクラップを落としていく。
「食事?」
 まさかと思い訊ねると、ハウンドは腹を揺らして笑った。
「早いとこ動いてもらわないと困るからな」
「……錆びてるのもあるぞ」
 スティックをくわえたまま、スクラップの一つをつまみ上げると錆びた部分が崩れて落ちる。
「よけて食えばいいだろ。ぜいたく言うな」
 ハウンドはあれか、食べれば治る系か、と思いつつもドリフトは好意をありがたく受け取ることにした。視界の隅では緑に詰め寄る黄色が見える。徹底してお子さま扱いされているバンブルビーがクロスヘアーズに勝てた試しはないが、今日はどうなることかと諍いに視線を向けた。
「若いってのはいいもんだな」
 妙にしみじみとした呟きが隣から聞こえる。ハウンドは時折、年寄りじみた台詞を口にする。もう年だといいつつも、戦闘能力はずば抜けているから始末が悪い。
「また年寄りじみたことを」
「実際、年寄りだからな。女が来たからって色めき立つわけでもない」
「誰が女だ」
 おまえ、と言葉にせず視線で表現したハウンドはにいっと口元をゆがめた。
「いいところ見せたいんだよ、あいつらは」
「中身は男でもか」
「……同族の女なんて滅多にお目にかかれないだろ」
 絶対数が少なく、戦力的にも劣る女が表舞台に立つことは滅多にない。それだけに女を巡る争いも熾烈だ。それはわかる。わかるが中身は男で、それなりの時間をともに過ごした仲だ。外見で扱いを変えてもらっては困る。
「見た目がちょっと変わったからといって……」
「変わってないのはカラーリングぐらいだぞ、わかってんのか」
 ドリフトの悪足掻きに、砂埃をあげながら取っ組み合いをしているクロスヘアーズとバンブルビーを眺めていたハウンドがつっこみを入れた。
「あー……ありゃあ、ビーの負けだな」
 マウントポジションをとられたバンブルビーが様々な音声を使ってクロスヘアーズを罵って暴れている。生きてきた長さも要因の一つだろうが、空挺兵と偵察兵の違いでもある。
「……クロスヘアーズには、勝てないだろう」
 混乱を極める最前線に幾度となく投入された空挺兵。そして、ドリフトも同じ地にいた。
「戦ったことがあるのか、クロスヘアーズと」
 ハウンドの視線を感じながらドリフトは頷く。
「何度か」
 何度も。ドリフトは心の奥で呟いた。


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