風も光もない。虚無の中漂いながら思うことは「センセイ」と慕った存在だった。ゆらゆらと漂ううち、それすらも薄れていく。意識は拡散して誰のものとも区別がつかなくなっていく。薄れゆく意識の中、これが死かと思った。
志半ばで戦場を去ることに心残りはあるが、悔いはない。
刀を手に、戦場に立つことは二度とない。刀を握る手も、立つための足もない。なにもない。何も。
拡散する意識、かつては自我と呼ばれていた最後のひとかけらが遠い戦場の記憶を再生する。
舞い降りる――踊るかのような姿、その、声。
「 」
なだれ込む大量の情報が遮断した回路を強制的に解放する。
命じられた。逃げろと。身を隠せと……ついてくるなと。最後まで共にいたかった。いや、彼は生きている。どこかに身を隠し、再び姿を見せるはず。
記憶と称される情報と思考の合間に耳障りな音が鳴り響く。
スカイブルーの双眸。死を拒むように輝く強い光。だから私は、彼を殺さねばならないと思った。
身体が構築と崩壊を繰り返す。崩れていく。とどめることができない。
駄目だ。私は生きねばならない。彼が生きている限りは、私は。
「ドリフト」
混乱する記憶と思考、それらを覆い隠す崩壊の騒音すら貫いて声が聞こえる。生きねばならない。彼が生きている限り、彼が、いるかぎり……彼たちが、いるかぎり。
騒音が消え、構築が止まる。一瞬の静寂の後、身体が叩きつけられた。
暗闇と静寂。遠い戦場の記憶がよみがえる。
なぜ、彼を殺すことができなかったのだろう。彼はなぜ、私を殺さなかったのだろう。お互いに、お互いの命を奪う機会はあった。私は常に空を仰いだ。降下する幾つもの姿の中に、彼を捜した。
あの時のように、彼を捜すように、目を開く。
白み始める藍に朱を掃いた空、星の輝きは太陽の光に薄れ、消え去る。身体を起こそうとすれば、錆びついたような音をたてる。身体が重い。指先すら動かせない。己の身に何が起こったのか、ドリフトには全く理解できなかった。
敗走する記憶を最後に、記録が途絶えている。目を覚ますまでの間に何があったのか、記録された思考は支離滅裂で意味を成さない。記憶を遡り、身を守れ、逃げろと命じた「センセイ」の声を聞く。どうして彼は、ああまでして人間を傷つけまいとするのか。同胞を失ってまで、自らが悪意に晒された瞬間でさえも。
視界が陰り、胸部に衝撃を受ける。軋む音と共にうめきが漏れた。
胸にかかる圧力が重く沈む。頭を動かすことすらできない今の身では抵抗などできたものではない。耳障りな音と共に感じる圧力を、ドリフトはなぜか懐かしいと感じた。遠い、遠い昔の記憶。続く光景は銃口のはずだ。しかし今、見たのはスカイブルーの双眸だった。
「殺してやる」
笑いもせず、静かに囁く声が心地良い。彼に殺されると思うと、とても愉快な気分になった。
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