→あなたは元四番隊、現十三番隊
「―――あの時、」
言いかけた言葉を私は飲んだ。それを出してしまってもいいものか、と微かに悩む。出歩くにはまだ寒い、如月の夜の中。私はただ、ひたすらに月を眺めている。
そんな一人と一つの闇の中。「寝ないのかい?」と、浮竹の声が私に問いかけた。
「こんばんは、浮竹、隊長…今夜は体調大丈夫なんですね。」
「ああ、この通り!名前はどうしたんだ?こんなところで…身体冷やすぞ。」
ぽっかりと空いた、心の隙間に浮竹の言葉が入ってくる。月は高い高い真っ黒な夜空に堂々と浮かんでいる。その姿はなんとも言えない、妖しさと禍々しさに満ち溢れている。
「…浮竹…隊長……」
「他人行儀だなぁ名前。二人で居る時は隊長なんて使わなくて良い、それに敬語も無しだ。」
浮竹はいつものやさしい表情で言った。
「今夜だけは眠れないんだ…どうしても。」
「……。」
「どうしてかなぁ…なんでこんなにも月は…っ」
「…無理するな、名前。」
「…っ、浮竹。」
今は昔、遠い記憶の中…あの人は笑った。
私には兄がいた。とてもやさしく強い兄で、私は兄が大好きだった。そんな兄は死神だった。もちろん、私も兄の背中を追いかけて必死に勉強し、何とか四番隊に入隊することが出来たのだった。
そんな昔、私は兄の紹介でこの浮竹に出会った。彼は身体は弱いが、その人柄で皆に好かれていた。私たちはすぐに仲良くなった。
▼▼▼
如月の月の綺麗なある夜、四番隊に緊急の任務が舞い込んで来た。
『死者、重傷者過多―――至急現地へ―――』
万全の準備をして、現場へ向かったが、そこは惨いものだった。煤煙が舞い、埃っぽい空気に混じって濃い血のにおいが辺り一面に漂っていた。一度に大量の虚が出現した為に、たくさんの死神が犠牲になった。その犠牲者の中に、私の兄がいた。私がもっと早くに兄の元へと駆け付けていたならば、兄は死なずに済んだだろう。
私の強い、やさしい兄。兄を失って、心が死んだ。私は私自身を恨んだ。
「―――あの時もこんな綺麗な月だった。」
「…そうだな。」
如月の夜に…ちょうどこんな月の明るい日にはあの時の辛い記憶が去来する。
「あの時、もっと…もっと……私が、もう少しでも早く駆け付ければっ」
「……名前。」
「私はっ…私は、っ…兄を、」
――コロサズニスンダノニ――
「名前!」
浮竹の大きな声が私を呼んだ。私の頬を伝う無数の涙が、浮竹の白い指で拭われた。それから腕を引っ張られて、倒れ込むようにすっぽりと浮竹の腕の中に私はおさまった。そしてぎゅっと強く抱き締められる。
「何も言わなくていい…今夜はおれの胸の中で泣きなさい。」
「ぅっ…うわぁぁぁああぁぁあああああーーーーーーーーッ!!!!!」
こんなに泣いたのはいつ以来だろうか…こんなにもすっきりできたのは。
私は浮竹の腕の中で大声で泣いた。浮竹はその間、ずっと私を抱きしめてくれた。強く、強く。
「…っ、浮竹…すまない。」
「ふぅ…大丈夫か、名前?」
「あぁ…大丈夫だ、すまない…着物を濡らしてしまった。」
「おれが聞きたいのはそんな言葉じゃないぞ。」
浮竹のいつもよりも真剣なまなざしがわたしを射抜く。
「……ありがとう、浮竹。」
「どう致しまして。」
夜が開ける時刻、東の空が白んで辺りがうっすらと明るくなってくる。そうすれば、あの忌々しき月ともおさらばだ。…私の胸にあの日の記憶を残して。
「…名前、大丈夫だ。おれが傍に居るだろう?」
「……浮竹。」
「誰もお前を責めたりしていない。だから、お前も自分を責めてちゃいけないよ…
お前はもう少し、おれを頼ってくれ……名前…。」
「……ありがとう―――」
だけど、そんな時に傍で浮竹が慰めてくれるのならば、私はこの月にもう少しだけ辛い記憶と罪の意識を覚えていよう。
そして彼、浮竹十四郎を…わたしは望んでいよう。
end
20100404
20101113 修正
----------
初夢なのにこの重さ\(^q^)/
::5::
×|◎|×
ページ: