それはまだまだ寒い日が続くある二月のこと。
「白哉」
聞き覚えのある懐かしく、そして愛しい声に振り向くと、そこには名前がいた…。
「現世はどうだった。」
「別に?…でも忙しかったかな。」
名前はそう言いながら私の隣へと腰を下ろした。そこは昔からの名前の指定席であった。
「そうか…」
隣に座る名前はいつもの仏頂面。それを私は横で眺める。
「あ、そうだ…」
名前が何かを思い出したように呟いた。
「白哉…一回来てたらしいね、現世に。」
そう言った名前は、にへら、と無邪気に笑う。私の中の愛おしさが膨れ上がる。
「あぁ、ルキアを迎えにな。」
そのとき名前は八年にも渡る長期任務で現世へと出張していたところだったのだ。それがこの年の二月に帰ってきた。
心配はしていたが、今こうやって元気な姿を見せに来てくれたから取り敢えず安心した。
「ふふっ、それはそれは…義妹(いもうと)思いの義兄(あに)ですこと」
そう、二月に帰ってきた。ここが重要だ。私は立ち上がる。
「どうしたの?…私も一緒に、」
「待っていろ。」
名前の言葉を遮りそう言うと、私は自室へと、ある物を取りに行くために歩き出す。
「……白哉?」
朽木邸にある池では、赤や橙、黒の斑といった美しい鯉が泳いでいる。庭の木々はさわさわと、葉の付いていない枝を風に遊ばせていた。
春の訪れには、まだ遠く。名前を待たせている縁側は寒かろう。そう思った私は、手の中にある物をそっと握り、足を速めた。
少しでも早く、名前の傍へ行く為に。
「名前、」
「ん?…わぁ、」
それは桜の髪飾りだった。
これは以前、名前の長期任務出発前に二人で出掛けたときに顔には出さなかったが、名前が物欲しげに眺めていたものだった。それを白哉が見逃すはずも無く、こっそり買っていたのだった。
「もしかして…これ……覚えててくれた…の?」
「そなたの事なら、なんでも覚えている…私が名前を忘れる筈がなかろう?」
「ふふっ…うれしい。……ありがとう」
***
今、腕の中で花のように笑う名前はとても愛おしい。どうか、この愛おしい存在とこの先もずっと…
「白哉、これ大切にするね!」
この喜ばしき日をあなたの隣で祝えますように。
end
20100404
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ボツになった捧げ夢でありんす
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