幼い頃からずっと私はザンザスを見てきた。
だから私には分かる。
たとえ言葉を交さずとも。
たとえ目を合わさずとも。
「あ。今ザンザスのとこには行かない方が身の為よ?」
「何故ですか、名前様?」
数人の部下達がザンザスの部屋の扉の前で立っていた。
そして私は今朝のザンザスの姿を思い出して呼び止める。
「今のザンザスはイライラしてるから、あなた達が行ったらかっこうの餌食よ」
「そ、そうだったんですか!ありがとうございます!名前様!」
「いいえ」
私のかわいい部下達がザンザスによって怪我をさせられるのを黙って見ている訳にはいかないので、忠告をしてあげた。
「しかし、名前様?」
そして、そのうちの一人の部下が私に声を掛けてきた。
何だろう?と私は耳を傾ける。
「なぁに?」
「何故名前様は、今のザンザス様のご機嫌がよろしくないことが分かるんですか?」
「そうですよ!今日はスクアーロ作戦隊長だって殴られているところをわたしどもはお見かけしていません!」
ザンザスは今、機嫌が悪いと言うことを知っていた私に疑問を持ったらしく部下達は私の言葉を待っていた。
「ふふふ、あなた達には分らないのねぇ…。今日のザンザスったら寝不足で朝から機嫌が悪いのよ?」
「ね、寝不足ですか?知りませんでした…」
ザンザスが寝不足だと知った部下は知らなかった、と口を揃えて言う。
そんなにもザンザスが寝不足だと言うことは分かりずらかったのだろうか?
「スクをまだ殴ってないとなると、身体を動かすことも億劫になるくらい眠いのねぇ」
私には手に取るように分かったのだと言うのに…
そして私は、少しだけザンザスの部屋の扉を開けて中を覗き込んだ。
「名前様、何を…!?」
「大丈夫よ、心配しないで?」
中を覗くとザンザスはいつもの椅子に座っていて、机の上に積み上げられたまだたくさんの書類整理を行っていた。
「あれは絶対、寝不足よ」
そしてその私の行動を不思議そうに眺めていた部下達にちょいちょい、と手招きをして開けた扉の隙間から部屋の中を覗かせた。
「ほら…目の下にうっすらと隈も出来てるし…」
「…あ、本当だ。」
部下達はそれぞれ頷いた。
そして私は小さい声で付け足した。
「それに、書類整理だって全然進んでないもの。」
「言われてみれば…」
「いつもだったら、あの程度の量の書類だったらとっくに片付いてるわよ」
私はそおっと音を立てないように扉を閉めた。
そしてもう一度部下達に向き直って、話した。
「今日のザンザスはあれだし、あなた達では無理そうね…」
「そんな…これ今日までの提出の報告書なんです!」
「出さなかったら、殴られるどころじゃないですよねっ」
どうしよう、と焦り出す部下達が可哀想なので私は上司として一つ、彼らに提案をした。
「だったらその書類、私が出してきてあげるわよ?」
「え!いいんですか、名前様!!」
「いいわよ。かわいい私の部下の為ですもんね?」
「「…! あ、ありがとうございます!名前様!!」」
部下達から報告書やら、重要な書類を受け取って私は彼らを下がらせた。
ザンザスの表情はそんなに読み取り難かったのかな?
そんな疑問を抱いて、私は扉をノックした。
やっぱり、私の予想は当たっていた。
中からはいつもよりも低めのザンザスの声が聞こえてきた。
「誰だ。」
「私よ、報告書を出しに来たの。」
「…入れ。」
静かめにその扉を開いて部屋の中へと入る。
ザンザスは先ほどと同様に、いつもの場所で書類を見ていた。
「失礼します、」
何となくさっき部下達と話していたことを思い出して私はしばらく彼の姿を眺めることにした。
「…………」
「何だ。」
私の視線に気付いたらしく、ザンザスは面倒そうに書類から視線を外して私をその赤い目で見た。
「別に?何でもないわ。」
「フン…」
ザンザスは鼻で笑うと、私を見るのを止めて再び視線を書類へと戻した。
「あ、そうそう。これここに置いとくね。」
「あぁ…」
そう言って部下達から受け取った書類をザンザスの机のまだ他の書類にうまっていない空きスペースにとん、と置いた。
「紅茶…淹れて来ようか?」
「…いや、いい…………名前、」
「―――え、何?どうしたっ きゃ!」
ザンザスに紅茶を淹れて来ようか、と聞いたが断られたので自分の分だけの紅茶を入れにいこうとザンザスに背を向けた。
すると名前を呼ばれたので振り向いたら、ザンザスがすぐ傍まで寄って来ていて、ソファーに押し倒された。
「っ…ザンザス?」
「……」
彼の名前を呼んでみても、返事をしてくれない。
それに、表情を見たくても私のお腹あたりに顔があるのでこちらからは真っ黒な髪の毛しか見えない。
「ね、寝てるの?」
「……」
「ちょっと、ザンザスってば!まだ報告書が残ってるでしょ!」
「…るせぇ。」
私がちょっと大きめの声で言うと、返事を返してくれた。
だけど、体勢は変化無しでザンザスが私の上に乗っている。
「眠いのも分かってるよ?…昨日の夜は遅くまでお仕事頑張ってたから…でもダメだってば!」
「…寝かせろ。」
「こんなところで寝たら風邪引いちゃうわよ?…それに、」
「……」
私は一旦そこで言葉を区切る。
ザンザスは言葉の続きを聞きたいように体を擦り寄せてきた。
「す、スクが来たらどうすんのよ!この体勢はかなり恥ずかしいの!!」
私のその言葉に、一瞬だけどザンザスはピクリ、と反応を示した。
それから、彼はもっと私のお腹に顔を押し付けてきた。
(な、何よこれ…ザンザスがかわいい…)
「…いいじゃねぇか、見せつけてやれ。」
「何がいいじゃねぇか、よ。私がよくないわ!」
そう私が叫ぶと、ザンザスはもっと私に寄ってきた。
何で今日に限って、彼の行動のひとつひとつが可愛いんだ?
「ザンザスってば、重たい。ってかどいてよ。」
「……」
「無視しないでよ!起きてるんでしょ!ねぇったら…」
大変だ…ザンザスは本当に寝に入ってる。
これはいけない、と私は思ったので、無理矢理起き上がろうとした。
「ぅるせえ、お前は黙って俺と寝とけ。」
「…! っんんーーーっ」
それは一瞬の出来事だった。
ザンザスからキスされたのだった。
「―――っはぁ、」
「分かったな。」
「……はぃ。」
私の返事はそれ以外無かった。
ザンザスは満足そうな顔をすると、今度は正面から私に抱きついてきて、そのままソファーへと寝転んだ。
ザンザスの大きな腕の中は思いの外やさしくてそして、とても温かかった。
幼い頃からずっと私はザンザスを見てきた。
だから私には分かる。
たとえ言葉を交さずとも。
たとえ目を合わさずとも。
目の前にはいくらか前髪の伸びた、ザンザスの顔。
そっと昔の傷に触れると、くすぐったそうに顔を背けた。
見た目以上にやわらかい彼の黒髪へと手を伸ばし
私は久し振りにザンザスの頭を撫でてやった。
好きだ、と言わなくても。
愛してる、と言ってくれなくても。
その言葉は暗黙のうちにある。
私には、分かる。
end
20100607
20130608 修正
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卯魅様リク
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