ざあざあとうるさい雨が降っている。しかし、ヴァリアーのアジトはしんとしていた。
…そりゃ、私しか居ない(はず)だし、当たり前か。
雨の日は少しだけ憂鬱な気分に私をさせる。窓から見上げた空は黒に近いような灰色の雲が覆っている。私は雨があまりすきじゃない。雷はもっときらいだ。
…あ、べつにレヴィがきらいって訳じゃないんだけど。
マーモンとレヴィは任務らしくここには居ない。ルッスーリアは買い出しのためにここには居ない。ベルは…たぶんここら辺りの殺し屋を殺しに出掛けているのだと思う。いつもなら、私が起き出してくるとここにいるのに今日はその姿を一度も目にしてないからだ。
私には彼が、なぜあんなにも人を殺したがるのか理解ができない。
ボスはもちろん、自室から出てきてはいないと思うし。スクアーロはこの雨によろこんで剣術磨きに励んでいると思う。
それにしても、スクアーロはいつも元気だよな…。
この言葉の裏を返してみれば、いつも彼がうるさい、と言うことだ。しかし、そのスクアーロがここに居ないとなれば静かなのもしっくりきた。
立て込んでいた仕事も一段落つき、やることが無くなった私を襲うのは睡魔だった。
(自室まで行くのも面倒だし、ここで寝るか)
私はそう思って、リビングの二人掛け…と言ってもたくさん座れるソファーに近づいた。このヴァリアーのアジトの家具から食器などのありとあらゆる物は全て豪華だ。もちろんこのソファーだって、ふっかふかである。…眠るにはちょうどいい。
「ふわぁぁ……ねむっ………………へ?」
ソファーの背もたれで向こうからは見えなかった位置にスクアーロが横になっていた。思わず私は声がひっくり返る。だって、ここには居ないはずのスクアーロが眠っていたから。
(なんで……出掛けたんじゃなかったんだ…)
私は気配を断って、そっと彼に近づいて寝顔を盗み見る。小さな寝息が聞こえる。
眉、目、鼻、口、顎……整ったスクアーロの顔のパーツ。そして、さらさらの髪。この髪は毎日ヴァリアークオリティーで洗っているんだと。
「はぁ……(スクアーロの所為で眠れないじゃんか)」
私は眠る場所を奪われて、溜息をつく。
「何、人の顔見て溜息ついてんだぁ?名前」
スクアーロの声が聞こえた途端に、私は左の腕を引っ張られて彼の上に倒れ込む。…起きた……のかな?
「寄って来たと思ったら…そんなに人の顔見て面白いのか、お前はぁ?」
「面白い訳がないでしょ…」
何だ、コイツ…起きてやがったな。
私は急いで体勢を戻そうとするが、スクアーロが手を放してくれないので起き上がれない。って言うか、腰に手が回ってきたような気がするんだけど…。
「ねぇ、ちょっと…っや、どこ触ってんのっ!」
「そんなに驚くなよ」
スクアーロは悪びれるようすもなく、にやにやと笑っている。絶対にこの状態を楽しんでやがる…何か腹立つなぁ。でも、久々だ…こんな風にスクアーロとじゃれたりするの。
「名前、お前……痩せたかぁ?」
「こら変態!放せっ!!…って何で私が痩せたこと知ってるのよ!」
「ああ…ほら、ウエストがこんなにもくびれて…」
「っ…調子良く、お腹触ってんじゃないわよっ!(くびれて…って不覚にもよろこんじゃったじゃん!)」
バチンッ
私は勢いよく、スクアーロの右頬を叩く。
「痛ってぇなぁ!叩かなくてもいいだろぉ、名前。減るもんじゃねぇし。」
「…た、確かに減るものじゃないけど…っちょと、だから触らないでって!」
私が抵抗するのを強めると、スクアーロは私を押さえる力をさらに強めた。…はぁ、何だか疲れてきたのですが。
「なあ、」
「なに…って、きゃ!」
スクアーロが突然、私を強く抱きしめた。そして、私の視界は天井とスクアーロの銀色の髪でいっぱいになった。
「なぁ、名前。お前って…ボスの恋人なのかぁあ?」
「ぼ、ボス?…ボスってXANXUSのこと?」
「…そうだぁ」
私がボスの恋人だって…?
あ、り、え、な、い。たとえ天と地がひっくり返ったとしてもありえない。どこがどうなったら、そんな話になるんだ…。見上げるスクアーロの顔が切なげだったが、私は込み上げる笑いを抑えずにそのまま大きく笑った。
「ふっ…ははははっ!」
「っあぁ!?…何笑ってやがるっ名前!」
スクアーロは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「誰からそんな…ふふっ…出任せを聞いたの?(どうせベル辺りからだろうと思うけど…)」
「…ベルからだぁ。」
「そうか(やっぱりな…)」
ようやく、私の腕を掴んだスクアーロの手が緩んできたので、私はするりとスクアーロの下から抜け出した。そのあと私は寝転んでいるスクアーロの足下に、体勢を整えて座る。
スクアーロは私が抜け出したことに不満を持ったのか、顔が不機嫌になった。が、寝転んだ体勢から起き上がって私のすぐ傍に腰を落ち着けた。そして少し間を置いてから、スクアーロが口を開いた。
「…お前はボスのことが好きなのか?」
「別に…ボスとしてはすきだよ?…でも恋人としてはちょっと……乱暴だからね。」
私がそう答えると、スクアーロは、ほっとしたように溜息をはいた。
「……じゃあ、名前はオレのことは好きか?嫌いか?」
「えっ…?」
・
・
・
一瞬の出来事だった。
スクアーロに腕を引っ張られて、私は……スクアーロにキスされた。触れるだけのキス。なんでだろう…さっきまでは眠かったのに。すごく、うれしい。
「お、おい!!!泣くなよ…そんなに嫌だったのかぁあ?」
(えっ……私、泣いてるの?)
スクアーロに言われて、そっと頬を指先で触れてみると確かに濡れていた。私は服の袖でなぜか流れた涙を拭う。
「わりい…オレの所為だよ…な…いきなりキスなんかして、」
「…そうだよ、スクアーロの所為だよ。」
私とスクアーロの間に何だか重たくのしかかってくる空気が流れる。スクアーロが二度目の謝罪の言葉を言おうと口を開くが、
「ほんとわる…「許さないんだからね、ばか。大好き」
「…………………………はぁ?……うおっ!」
私がそう言いながら、スクアーロに抱き着くと、彼は固まっていた。それから、ぎこちなく回された腕はこわれものを扱うように、やさしく。
やさしく背中に手を当て私が泣き止むまで、撫でてくれた。
さっきまでは、このうるさい雨と灰色に憂鬱な気分にさせられていたと言うのに…今、窓から見える空と雨音はなぜだか、とても愛おしいように思えた。
やさしい雨に包まれて…そんな雨の日の午後。
end
20100330
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