短編ログ | ナノ
置いていかないで

さよならの前に覚えておきたい。君とのいくつものこと。
君が僕にやさしかったこと。僕が心細かったり、困ったり、泣きたいときには、いつも君が黙って傍にいてくれたよね。
君が僕に吐いたいくつかの嘘のこと。いつかきっと元通りになるよって、君は幼い僕を慰めてくれたよね。
眠る君の頬のふくらみ。柔らかく閉じられた目蓋。僕の手を握る君の手は、いつだって白くて細くて、弱々しい。
それなのに、僕を見詰めるその澄んだ瞳だけは、いつだって鋭く僕の本心を射抜くんだ。何もごまかせない。だから僕は君に何も伝えずに行くよ。嘘を吐いても、君にはいつもばれてしまうから。
初めて触れた君の唇のこと。顔を離した後、お互いに真っ赤になって笑ってしまったね。
初めて見た君の涙のこと。僕はまるで自分のことのように胸が痛かった。けれど、君の大切なもののために流れる、その涙の美しさを知れたんだ。僕のためにも、君はあの涙を流してくれるのかな。
「レギュラス」と僕を呼ぶ、君の声のこと。いつも穏やかに話す君の声が、僕はずっと好きだった。君の声が別の人の名前を呼ぶと、僕は心の中がもやもやしてるの知ってたかな。
「レギュラス、愛しているわ」と僕を抱き締める、君の体温のこと。いつだって君は、僕よりほんの少し温かい。冬はいつも、君にくっ付いて暖をとっていたね。僕が腕を背中に回すと、嬉しそうにもっと擦り寄ってきて、まるで一つになれたみたいだって笑うから、僕はもっと腕に力を込めてた。

「ごめんなさい、私にはやっぱりあなたを嫌うことは難しい。今でも愛しているのよ。レギュラス、心から・・・」
扉越しの君の声は、涙に濡れていた。
「わたしのために家を捨てろとは言えないわ。私があなたを愛しているように、あなたがお家を愛しているのを知っているもの。あなたの幸せは、あなたが決めること。でもね、だからこそ、お願いよ・・・私のレギュラスを奪わないで!お願い、たとえこの記憶が私を苦しめることになっても、あなたからの痛みならすべて覚えておきたいの」
彼女は決して言わなかった。その言葉は僕を困らせると知っていたから。置いていかないで≠ニ。

20190915(880字)

:::「さよならの前に覚えておきたい」で始まり、「置いていかないで」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字程度)でお願いします。

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