「大丈夫?」と聞かれて我に返る。ポンと肩に置かれた手を辿って振り返るとそこには、ハッフルパフカラーのタイを締めた生徒が立っていた。その人が腕に抱えている本を見れば、どれもイモリ試験のための参考書のようだった。どうやら、上級生らしい。
「後ろから声をかけてごめんなさいね。もうすぐ閉館時間だよ」
「いえ、ありがとうございます」
一番手前の分厚くて、おどろおどろしい表紙のそれは、魔法薬学の書籍だろうか。勤勉なハッフルパフ生らしく、いくつもの付箋が突き出していた。その上級生は、僕が机の上を片付け始めるのを見届けると、そのまま司書のいるカウンターの方へと歩いて行った。
夕食の大広間で、僕はなんとなくハッフルパフの長テーブルを眺めた。あの上級生は、友人らしき人たちに囲まれて食事を楽しんでいるようだった。柔らかく頬笑みながらキッシュを口に運ぶその人を見て、僕も自分の皿にキッシュを装った。
クィディッチの練習を終えて、シャワーを浴びた。ユニフォームに洗濯篭に入れて練習場を出ると、山の端に日がかかっていた。チームの仲間がポツポツと城へと戻って行く。僕はその背を眺めながら、気紛れに中庭を通って戻ることにした。
すると、どうして、あの上級生が石造りのベンチに座って読書をしていた。そこに、昨日談笑をしていた友人たちはいなかった。あの人は、ベンチの空いたスペースに本を積み、付箋を貼りながら読み進めていた。わざと音を立てて石畳を歩くと、顔を上げたその人が僕に気付いた。
「あぁ、昨日の・・・練習お疲れさま」
「昨日はありがとうございました。おかげで夕食を食べ損なわずに済みました」
「お礼なんていいわよ。だって、起こそうかどうか正直迷ったんだもの。でも、声をかけてよかったわ。レギュラスくんって、案外律儀なのね」
そう言って、頬笑むその人の表情に、僕の心臓はトクリと温かなものを吐き出した。僕は昨日のあの時までこの人のことを知らなかったと言うのに、彼女は僕の名を、僕がクィディッチの代表選手で、今日がその練習の帰りだということも知っていた。僕は、この人の名前すら知らないと言うのに。
「私ね、あなたのクィディッチのファンなのよ。もちろん、ハッフルパフとの試合のときは自分の寮を応援してるけど、それ以外のときはあなたを応援してるの。もちろん、友だちには内緒だけどね」
その人は、僕にそれだけ告げると、本を鞄に片付けてベンチから立ち上がった。そして、真っ直ぐ僕の目を見詰めて「あなたのデビュー戦を見て、雷に撃たれたような気持ちが芽生えたわ。レギュラスくんほど、自由に空を飛べるシーカーっているのかしら!って」と言った。
「次の試合、グリフィンドールとでしょう? がんばってね」
「あの、待ってください!」
踵を返そうとするその人を、僕は思わず呼び止めた。再びこちらに向き直った彼女は、よく見ると夕焼け色に染まった頬をしていた。何かを言おうとして開きかけた口が、渇いてパサパサする。柄にもなく、緊張している僕がいる。
「僕のこと、そんな風に言ってくださったのは、あなたが初めてでした。次の試合、必ずスニッチを取って、グリフィンドールに勝ってみせます」
「う、うん!怪我しないでね、レギュラスくん」
それだけ言い残し、彼女は荷物を抱えると、今度こそ足早にその場を去って行ってしまった。僕の心にも確かに芽生えた温かな気持ち。
「いつか僕を見つけてください」
20190915(1399字)
:::「大丈夫?ときかれて我に返る」で始まり、「いつか僕を見つけてください」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば10ツイート(1400字)以内でお願いします。
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